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王国の秘宝がいくつか減った日

 黒い穴から這い出てきたリリーさんを見て、刺客の目が、わずかに見開かれる。だが、すぐに表情を消し、目の前の存在を値踏みするように見つめた。


 対して、リリーさんはただ静かに刺客を見返した。


 沈黙が流れる。




 やがて、刺客が、ゆっくりとその黒ずんだ剣を掲げた。刃が星の湖の光を鈍く反射し、暗い刻印が脈打つように揺れる。


『……知っているか?』


 刺客が低く囁いた。


『この剣は、『死骨刃デス・ハーヴェスト』……』


 その名を聞いても、リリーさんは微動だにしない。刺客は淡々と続ける。


『古の時代、屍術士を狩るために作られた。生者ではなく、死者を完全に滅するための刃だ』


 彼は、剣をわずかに振った。刃の表面に刻まれた呪紋が一瞬だけ光り、湖面に黒いひび割れのような軌跡を残す。


『これは、貴き王家が封印していたもの……二度と蘇ることなき、死を刻むために』


 彼は剣を振りかざし、ゆっくりと前進する。


『これに斬られれば、お前の魂は呪われ、輪廻すら断ち切られる』


 リリーさんは、動かない。刺客は、その無反応にわずかに眉を寄せた。


『……貴様には、恐怖がないのか?』


 その言葉に、リリーさんは小さく首を傾げる。


『知ってる』


 彼女は、いつもと変わらぬ無機質な声で言った。


『『死者殺しの骨刃』……古の時代に生まれた、アンデッド専用の対処兵器。かつて死神と呼ばれた者によって鍛えられた、王国の秘宝、現存する唯一無二の武具』


 刺客の目が細まる。


『そうだ、この剣に斬られた者は、死後の世界に行くことすら許されない。死者は滅び、魂は断たれ、存在そのものが無に帰す。蘇ることはない……二度と』



 空気を裂く一閃。死を運ぶ剣が、黒い光を帯びてリリーさんに振り下ろされる。


『——永遠に滅せよ。死なぬモノと、それを守るモノ。道理の外にいる許されざる者ども』


 湖面が波打つ。刃に刻まれた呪紋が光を放ち、周囲の空間を歪ませる。振るわれた一撃は、ただの斬撃ではなかった。触れた者は、魂ごと抹消される。


 そっと、ナタを持ったリリーさんの腕が動いた。ほんのわずかな動き。しかし、その瞬間……。


 ——バキィィィンッ!!!


 圧倒的な衝撃音とともに、剣が砕けた。()()()


『ッ⁉』


 刺客の動きが止まる。


 ——伝説の剣が、一撃で破壊された。


 砕けた刃が、湖面へと弾けるように落ちていく。バラバラになった破片が、光を反射しながら空中を舞う。まるで、弾かれた魂の残滓のように、静かに散っていく。


 バチバチバチッ! と砕けた破片の断面から、呪紋の光が漏れた。だが、それはすぐに焼き切れるように霧散し——音を立てながら消えていく。まるで、絶命する生き物のように。


 湖面に落ちた破片が、星の光を一瞬だけ反射し——やがて静かに沈んでいった。






 湖面に静寂が戻る。


『……なん……だと……』


 刺客は、無言のまま、茫然と手元を見下ろしていた。


 無表情のまま、静かにナタを持ち直すリリーさん。湖面がほんのわずかに軋むように揺れる。


『……貴様』


 刺客の声が低く響く。


『貴様……何者だ……』



 リリーさんが、静かに足を踏み出した。


 一歩。たったそれだけで、湖面がざわめいた。


『……!』


 刺客の身体が、わずかに後ずさる。本能的な拒絶。だが、彼にはもう後退する場所などなかった。そして——次の瞬間、湖面が弾けた。視界が歪むほどの速さで刺客に迫ったリリーさんの一撃で、刺客の体は宙に飛んだ。


 ホームランのような美しい軌道を描いて遥か彼方まで飛んでいく刺客を見て、俺は一瞬、館の庭で遠くに飛ばされていた健斗君の姿を思い出した。






 リリーさんは、ナタを軽く振り払った。刃についた水滴が、湖面に小さな輪を作る。それだけだった。もはや、戦う者はいない。風が吹く。静寂が広がる。


 湖には、ただひとり、リリーさんの姿だけが映っていた。






 その湖の上に、影が増えていく。


 黒い衣を纏った者たちが、音もなく姿を現した。その数はどんどんと増えていく。2人、3人、5人。こちらもおそらく刺客だろう。


「……」


 リリーさんは、斜めに俯いて湖に視線を落とし、一歩も動かない。刺客たちは、ゆっくりと武器を構えた。そして、順に襲い掛かってくる。おそらく、リリーさんの方が強敵だと判断したのだろう。





『この槍は『天穿つ神槍(ディヴァイン・ピアス)』……! アンデッドに突き刺さった瞬間、魂の核を抉り、消滅させる……!』


 ——ゴシャッ!!!


『ば……バカな……』


 槍の柄が叩き折られ、先端が湖へと沈んでいく。呪力が弾ける音がし、霧散する。





『フッ……我が拳は『轟雷の破拳(ヴォルト・ブレイカー)』。一撃でも当たれば、アンデッドの肉体を粉砕し、魂を雷の檻へと封じる……!』


 ——ドゴォン!!!


『……っぐあ⁉』


 拳がナタで弾かれ、刺客の体は湖面に叩きつけられる。雷の檻は発動する前に断ち切られ、拳に刻まれていた呪紋が静かに消えた。






 刺客たちは、もはや言葉を失っていた。湖面には、砕けた武器の破片が散らばり、漂っている。


『……』


 リリーさんは、ただ静かに佇んでいた。沈黙の中、最後の3人が同時に動く。


『——臆するな! 我らの力を合わせれば、奴を消せる!』


『『いくぞ!』』





『我が剣は『黒炎断罪の刃(ブラックインフェルノ)』。アンデッドの肉体を燃やし尽くし、魂ごと消し去る呪いの剣……!』


『我が杖は『絶望の螺旋(カタストロフパイラル)』。一度呪詛を浴びた者は、再生することすら許されない……!』


『我が鎖は『魂縛の枷(ソウル・チェイン)』。一度捕えた魂は、二度と逃れられぬ……!』


 3人の刺客が、それぞれの武器を構え、空気が張り詰める。


 だが——。


『……』


 リリーさんは、何も言わなかった。ただ、ゆっくりとナタを下げた。それが、何を意味するのか——刺客たちは理解しなかった。


『……終わり』


 リリーさんが呟いた瞬間だった。


 ——ざわ……ざわ……ざわ……。


 湖面が、不自然に揺らぐ。刺客の足元。そこに映る「影」が、静かに歪んでいく。……あ。リリーさん、能力を使うつもりだ。刺客は、構えを解かず、足元に視線を落とす。


『……?』


 水面に映る影は、光の加減で揺れるものだ。だが——今、影は「意志を持ったかのように」動いている。刺客たちは、反射的に武器を振るった。


 剣が閃く。

 杖が呪詛を帯びる。

 鎖が唸りを上げる。


 ——しかし、その瞬間。


『——がっ⁉』


 刺客の身体が、突然何かに貫かれた。黒い槍。いや——「影」だった。


『な……に……⁉』


 湖に映る、彼ら自身の影。それが触手のように蠢き、刃のように鋭く伸び、彼らの身体を貫いていた。影を操る……それが、前に見せてくれたリリーさんの「能力」だった。


『ば……バカな……』


 リリーさんが、静かに手をかざす。影は、彼女の意のままに動いた。突き刺さったままの刺客たちが、影の先端ごと宙に持ち上げられる。


『……ぐ、う……』

『くそ……これは……』


 彼らは、必死に抵抗しようとする。だが、その試みは無意味だった。


 影が、強く揺らぐ。刺客の1人が、顔を歪めて叫んだ。


『……化け物め!』


 刹那、黒い触手が一気に縮み、彼らの身体を湖面へと叩きつけた。










 湖面が静かに光を反射している。


 俺は、湖を渡った向こう岸に、リリーさんと並んで腰かけ、ぼんやりと目の前に広がる湖を眺めていた。背後には、星の塔がそびえている。


 太陽の光が降り注ぐ昼下がり。風が吹くたびに、波が揺れる。そのたびに、湖の中には星がきらめき、流星のように光が走る。試しに湖面を覗き込むと、そこに映るのは自分の顔ではなく、どこまでも広がる星空だった。


「……きれいですねぇ」


「うん」


 リリーさんは頷く。そして、何の前触れもなく影に手を突っ込み、そこからおもむろに、お弁当箱を取り出した。あ、そういう使い方もできるんだ。


 ぱかり、とリリーさんがお弁当箱を開けると、そこにはおにぎりが。そのまま、リリーさんは、黙ってそれを差し出し、じーっとこちらを見つめてくる。


「……えっ? い、いいんですか?」


「食べて」


「……じゃあ、いただきます」


 俺は、おにぎりを受け取り、一口食べた。


「……!!」


 ——これは。


「おいしい……!」


 口の中に広がるふんわりとした米の甘み、絶妙な塩加減、そして中からとろりと溶け出す梅の酸味……。




 昼下がりの陽光が湖面に反射し、水の中の星々がまたたく。昼の世界と夜の世界が交じり合った、不思議な風景。こんな幻想的な湖のほとりで食べるおにぎりが、こんなにもおいしいなんて。


 いや、正直さっきの刺客達って生きてるのかなとか色々あるんだが、俺もさすがに襲ってきた奴らの無事を願えるほど聖人ではないので、深く考えるのは止めた。


「……なんだか、ピクニックみたいですね」


「……そう」


 リリーさんは、相変わらず淡々とおにぎりを食べ続けている。


「……」


 俺は、のんびりと湖を眺めた。星のような光が揺れ、静かに波の上を漂っている。


「……それにしても、みんな遅いですね」


 ふと、そんなことを思った。


「……まあ、『死なないものを殺しに来た』って言ってたので、私以外には襲ってきてないとは思いますけど」


「……」


「でも、心配ですね。友希さんとか、攻撃手段ないはずですから……」


「……」


「刺客が他の勇者たちにも襲ってたら、ちょっとまずいと思います」


「……」


「……まあ、大丈夫ですよね?」


「……おいしい」


「いや、リリーさん、それ話を終わらせる力技ですよ」


 とはいえ、俺が他人の心配をするなぞ、過ぎたことだったかもしれないな。だってみんな、俺よりずっと強いんだし。


 俺は、おにぎりの最後の一口を口に入れ、満足げに頷いた。


「とりあえず、待ちましょうか」


「うん」


 リリーさんは、もう3つ目のおにぎりに手を伸ばしていた。







「……ん?」


 ふと、静かな湖面の向こうから、何かが聞こえた気がした。


『……さ……』


 風が運ぶ、小さな声。


『……さや……!』


『……?』


『サヤさあああああああん!』


 湖面に響き渡る、叫び声。あの特徴的な叫び声は……! 俺が目を凝らすと、遠くの湖上から、1つの影がこちらへ向かっていた。


 いや、影というか。ルミエリアさんだった。


 ものすごい勢いで、湖面を爆走している。


『サヤさあああああああん!』


 彼女は、まっすぐこちらに向かっていた。足元の水面を蹴りつけるように、俺に向かって一直線に走ってくる。速度が速い。尋常じゃないほど速い。


 いや、……このままだとヤバくない? あのまま突っ込まれると、俺は死ぬのでは……?


 

 しかし、俺にぶつかる寸前で、影が網のように広がり、ルミエリアさんを優しくキャッチしてくれた。……リリーさんがいなかったら、俺って今日だけで何回か死んでたな……。








 さて、話を聞いてみると、ルミエリアさんの所に刺客は行っていなかったらしい。では、どうしてあんなに急いでたんだろう……?


『わたしが死んだあと、サヤさんがどこかに行ってしまう未来を見たんです。……いえ! 望んでなんていません! なんであんな、未来……!』


『それは、ここに掛けられた魔法のせい』


 ……だって。リリーさんの話では、この湖には、自分が死んだ後どんな未来が訪れるかを見せて、精神的にダメージを与えるという、非常に悪趣味な魔法が掛けられているとのことだった。星の塔にいるという賢者の性格が想像できるというものである。


 ルミエリアさんは、俺の顔をペタペタとひたすら撫でまわした。それは好きにさせておくとして、ひとまずまだ混乱しているルミエリアさんから、見たものとやらを話してもらった。






~ルミエリアさんの見た未来~


 邪神を無事に退治した後、風の神殿に戻ったルミエリアさんと俺は、無事に結婚した。ゴーン、ゴーンと鐘の音が響き渡る中で、ぎゅっと抱き合い、見つめ合う2人。健斗君が花吹雪を撒き、中條さんがマジックを披露し、フィール先輩とハモさん、友希さんがコーラスで祝福する中、式は盛大に行われた。


 そして、風の神殿で慎ましく、幸せに暮らしていた2人。しかし、幸せは長くは続かなかった。ある日、ルミエリアさんが不治の病で倒れ、突然この世を去ってしまったのだ。


 そして、ルミエリアさんがいなくなったことで、俺は誰にも必要とされなくなった。「私って、役に立てているのかな……?」と呟きながら、静かに一人で神殿でぽつんと座り、空を眺める日々。風の民に手伝おうと声を掛けても、誰も返事すらしない。ルミエリアさんがいなくなっても、世界は常に動いているが、誰も俺のことは気にしない。


 そしてある日、俺はふらりとどこかへ行く。

「ここにいても意味ないし……」

 その日以降、俺の姿を見た者は、いない。「私がいなくなっても、誰も困らないですよね……」と微笑んで、霧の中に消えていく。それが最後だった。








 うーん、ルミエリアさんとなぜ結局結婚してるのかとか、いろいろ言いたいことはあるが……。


『まあ、流れ的にはありそうな気はしますね』


『あり得る未来の1つを見せる魔法のはずだから』


『なるほど……。あ、ちょっとルミエリアさんそこ触らないでくださいくすぐったいです。掴まないで痛い痛い痛い』




 さてどう宥めようかと悩んでいる俺の視界に、湖に立ち上る3本の水煙が目に入った。その水煙は、だんだんとこっちに近づいてくる。……あ、なんか、嫌な予感……。

教皇「いずれも希少な、国宝級の武具ばかりです。出すのは惜しいですが、これだけあればいくらなんでも仕留められるでしょう。……え? 全部壊れた?」

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― 新着の感想 ―
お姉さんに3度も見せられたもんね・・・。こんなことってある?
もう結婚していいんじゃないかな
なんでリリーさんはこの武器を知ってるんですかねぇ…。「かつて死神と呼ばれた者によって鍛えられた」。ハッもしや
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