表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/67

距離感と、心配性と

 俺は、ベッドに腰かけた状態で、そっと目の前の俺様勇者の顔を見上げた。俺様勇者は立ったまま腕組みをし、口をへの字に曲げている。その表情には怒りと困惑、そしてどこか恥ずかしさが混ざり合っていて、普段の堂々とした態度とは一線を画していた。……いや、そこに座れって言われたから座ったけど、なんだこれ。


「ベッドを2つにしなかったくらいでそんなに怒らなくても……」


「違う。俺様はまず、部屋を別にしなかったことを怒っている」


 ……なるほど。でもまあそこは、別にいいじゃん。俺は中身は男なんだし。それにひょっとしたらお前は知らないかもしれないけど、部屋って2つ取ったら2倍の料金がかかるんだよ。現実で起きたらこっちの俺は消えるわけだから、わざわざ別の部屋を取るなんてもったいないじゃないか。


「私と一緒の部屋、そんなに嫌でしたか……?」


 まあ、確かに、あんまり知らない相手と2人だと気まずかったかもしれないな……。いちおう冒険の仲間だから合宿みたいで仲良くなれるかも、とか考えてた俺が大甘だったかもしれない。俺がそっと視線を落とすと、勇者は慌てたように声を上げた。


「ちがっ……! 嫌かどうかじゃない……! 距離感を、考えろ。誰に対してもだぞ。いいか、冷静に考えろ。俺様だからいいようなものの、お前、今、とんでもないことしてるぞ」


 さっきから距離感、距離感うるさいなぁ。なんだその距離感って。だいたい部屋代出してるの、俺なんだが。俺様勇者の無銭飲食とかを穴埋めした結果、館で貰った小遣いはもう既に半分を切っているというのに。


 俺が不満を交えて俺様勇者を見上げると、彼は笑顔で俺を見下ろした。しかし、そのこめかみの辺りと口元は何だかひくひくしていて、まるで何かを我慢しているかのようだった。


「……ん? 何か俺様に言いたいことでもあるか?」


「反省してます」


 俺がすまなそうに目を伏せると、俺様勇者はそれ以上口うるさく言ってこなかった。やれやれ助かった。






「ってことでお前はベッドで寝ろ。俺様は椅子で寝る」


 そのままベッドに放り込まれ、布団をどさっと頭から被せられたので、俺は頭を出して抗議する。


「いえ、私、夜になったらこの部屋から消えるので大丈夫ですよ! むしろ布団も枕も2人分使ってください!」


「おまっ……お前! さては反省してねえな⁉」


「ちがっ……! いいから聞いてくださいよ!」




 ベッドから降りようとすると俺様勇者からすごい目つきで睨みつけられたので、俺は布団に半分顔を隠しながら、一生懸命説明した。何度も何度も説明すると、ようやく俺様勇者も耳を傾けてくれた。


「つまり、お前は、夜になると消えるんだと。で、朝になったら出てくる」


「そう! そういうことです!」


「なんで?」


「……そういう種族なので」


 俺にとってはここは夢だから、起きたら消えるんだよ。というのは完全にこっちの世界にやってきてしまっている俺様勇者の前では説明しづらかったので、曖昧に濁した。すると、俺様勇者は苦い顔をして黙り込んだ。そして、なんだか疑わしいものを見る目で、こちらをじろりと睨んでくる。


「本当だろうな?」


「お姉さんが言ってたから……たぶん、間違いないです。だから、ベッドはあなたが使ってください」


 お姉さん、嘘はつかないし。いや、言動はヤバいんだけど。すると、俺様勇者は、「あの人何者だよ……」と言いながらも、いったんは納得してくれた。さて、じゃあ、そろそろベッドを譲ろうか。







 ――気が付くと、俺は現実世界の自分の部屋で、上半身だけを起こしていた。……あ。戻ってきた。まあ、説明は一通りしたしな。これで、次からは俺様勇者に理不尽に怒られることもないだろう。しかしなんだか、心配性の兄でもできた気分。











 そして、次の日の夜。俺が現実世界で眠りにつき、目を開けると。その瞬間、視界いっぱいに飛び込んできたのは、俺様勇者の顔だった。


 ……近い。




 俺様勇者がスースーと寝息を立てながら目の前で眠っているのを見て、俺は一瞬何が起きたのか考えるが、すぐに思い出す。そういえば、消える直前にはベッドにいたっけ。「消えた場所にまた現れるよ」というお姉さんの説明が脳裏に蘇ってくる。


 いや、男同士と言ってもさすがに近すぎるなこれ。大きく動いたら起こしてしまいそうな気がして、俺はじりじりと布団の中で後ずさりながら、何となく目の前の寝顔を眺めた。


 普段の「俺様」な雰囲気はどこにもなく、無防備に眠るその顔は、少しだけ幼さすら感じさせる。時折、ふにゃっと力の抜けた表情を見せるその顔が妙に可笑しくて、思わず小さく笑ってしまった。





「……ん……」


 彼が寝返りを打つように体を少し動かす。ふと、そのまぶたがピクリと動き、ゆっくりと開かれた。ぼんやりとした瞳がこちらを捉える。目が合ったので、俺は自分のできる全力の笑顔を浮かべた。


「あ、おはようございます。今日も冒険頑張りましょうね!」


「……っ⁉⁉⁉」


 ベッドでお互い横になったままで俺が挨拶を口にすると、一瞬で俺様勇者の瞳に驚愕が浮かび、次の瞬間、飛び上がるように布団を跳ね飛ばした。あ、寒っ。


「おまっ……! お前⁉ なんでいるんだ⁉」


 俺様勇者は跳ね飛ばした布団をがっしりと掴んで手繰り寄せ、体を隠すようにしながら叫んだ。その声は完全に目が覚めきっており、驚きと混乱に満ちている。……というかお前が隠すのか。


「もう、朝になったら出てくるって言ったじゃないですか」


「隣で寝てるとは言わなかっただろうが‼‼ こいつ、何が悪かったか全然わかってねえ! ちょっと座れ!」






 俺が床に正座すると、俺様勇者はベッドの上でどっかりと胡坐をかいた。いや、何で正座したかって、なんか知らないけど怒ってるから。


 俺様勇者は、しばらく黙った後、小さく叫んだ。


「……近すぎるだろ!」


 そこで布団を握る手に力がこもり、彼は歯を食いしばった。言葉を探しているのか、口を開いては閉じる動作を繰り返す。そして、その後ようやく出てきたのは、苛立ちに満ちた一言だった。


「普通に考えて危ないだろ!」


 彼の声はやや裏返り、言葉とは裏腹に顔は真っ赤だった。ふむ。近くて危ない、というのが主張らしい。だがちょっといいだろうか。


 俺は、はい、と手を挙げ、ちゃんと説明することにした。


「いえ、最初はもっと近くて、動いたらぶつかりそうなくらいでした。だから危ないって言われるのも分かるんですけど、ちゃんと距離を取りましたし」


「同じ布団の中に入ってただろうがァ‼」


「いえ、起こしたら悪いかなって」


「危ないってそういう意味じゃねえ! お前みたいなのが隣に寝てたら、その、ヤバいんだよ! 俺様だから何もなかったが、普通なら……普通ならなぁ……そのまま……!」


 そう言って、俺様勇者は頭を抱えてしまった。しばらく待っても続きが出てこなかったので、俺はそこで説教が終わったのだと理解する。


「じゃあ、まずは朝ごはん食べて、それから今日の行動決めましょうよ」


「朝食とか食ってる場合か!」


「え、食べないんですか?」


「……食うけどさあ!」







 ずっと仏頂面の俺様勇者と2人で朝食をとった後、改めて今日の予定を確認することとした。北の狼型の魔物を退治しに行きたいんだけど、お姉さんの不気味な予言もあるので、ここは注意深く行動したい。


「狼型の魔物の話って、冒険者の間でも出回ってるみたいなんです。宿の人が言っていました。だから、この街の冒険者が集まる場所に行って、情報集めをしたらどうでしょうか」


「集まる場所、ってどこだよ?」


 俺様勇者の質問に、俺は、胸のわくわくを押さえきれず、笑顔で答えた。


「ギルド、ですっ!」











 ギルドの扉を押し開けると、ぎい、と重厚な木製の扉が低い音を立ててゆっくりと開いた。中からはざわめきと笑い声、そしてかすかに漂う酒の匂いが鼻をくすぐる。広々とした室内は木の梁が剥き出しになっており、壁には依頼らしき紙がびっしりと貼られていた。その光景に、俺は胸を躍らせずにはいられなかった。




「へー、これがギルドか」


 隣で堂々と胸を張る俺様勇者が、偉そうに周囲を見渡しながら言った。その声が広間に響き、数人の冒険者たちがこちらを振り返る。


「勇者様、もう少しお静かに。目立ちすぎると余計な誤解を招きますよ」


 俺は彼にそう声をかけながら、視線を周囲に移した。傷の入った鎧や剣を身につけた歴戦の冒険者たちが、カウンターで酒を飲んだり、仲間と談笑したりしている。そのどれもが、憧れた「異世界の冒険者」そのものだった。


 





 カウンターに近づくと、そこには若い女性が座っていた。栗色の髪を軽くまとめた受付嬢は、きびきびとした動きで手元の書類を整理している。彼女は俺たちに気づくと、穏やかな笑みを浮かべながら話しかけてきた。


『いらっしゃい。初めて見る顔ね。依頼を探してるの? 見た感じ、戦い向きじゃなさそうね』


 彼女の柔らかい口調に、俺は一歩前に出て軽く頭を下げた。


『はい。ちょっと情報収集も兼ねてというか……私じゃなくて、戦いはこの人が』


 隣に立つ俺様勇者を示すと、彼女は彼をじっと見つめた後、口元に笑みを浮かべた。


『へぇ、そっちはまだやりそう。でも若くて無謀そうだけど、大丈夫かしら? 頭も良くないと冒険者は務まらないわよ』


「えーっと、若そうに見えるけど大丈夫ですか、慎重にね、って心配してくれてます」


 俺が傍らの俺様勇者に、受付嬢の台詞を翻訳して伝えると、俺様勇者は腕をぶんぶん振り回してエキサイトし、たいへん憤った。なんでだよ。これで原文ままで伝えていたらどうなったんだろう。


「当然だろ! バカにすんな!」


『えー、若輩者ですが、このように精一杯頑張りますと申しております』


 すると、受付嬢はくすりと笑いながら書類を引き出した。


『よろしい。じゃあ、今出てる依頼をいくつか見せるから選んでちょうだい』


 彼女は羊皮紙を数枚取り出し、俺たちに渡してきた。俺はそれを受け取り、中身を確認する。いや、本当は狼の魔物の話を聞けたらいいんだけど、依頼の中身も気になったから。どれどれ。








「北の草原のフェルガルフ討伐」

概要:北の草原で目撃された巨大な狼型の魔物「フェルガルフ」の討伐依頼。

フェルガルフは商隊用荷車ほどもあり、見る者を圧倒する威圧感を持つ。非常に速く、知能も高いため、戦術を誤ると危険。複数の個体が確認されているため、慎重な行動が求められる。

報酬:高額

注意:不用意に近づかないこと。音に敏感で、一度標的と定めた獲物を執拗に追いかける習性がある。



「迷子のペット探し」

概要: 町の貴族が飼う珍しい鳥が逃げ出し、町外れの森に迷い込んだ模様。

鳥を捕獲し、無事に返却するのが目的。軽い危険は伴うが、基本的には安全な依頼。

報酬:控えめだが確実。



「古代遺物の調査依頼」

概要:南部の古代遺跡で発見された謎の遺物に関する調査依頼。

遺物には古代文字が刻まれており、その用途や価値が不明。遺物を鑑定し、詳細を明らかにするのが目的。

報酬:高め







 俺が依頼書に目を走らせていると、隣の俺様勇者がくいくいと服を引っ張ってきたため、読み聞かせてあげた。よかった、狼の話もちゃんとある。


「ペット探しなんてやってられるか!」


 勇者は即座にフェルガルフ討伐の依頼を指差す。その勢いに俺は苦笑しながら、受付嬢に視線を向けた。


『フェルガルフね……あなたたちにはどうかしら……目撃場所の情報はあるけど……』


 受付嬢は少し考えるように指先で顎を触りながら言葉を続けた。


『あの草原にいるフェルガルフ、最近目撃された個体はかなり大きいわ。体の長さは商隊用の荷車くらいある』


『その……荷車ほどというのは、具体的にどのくらいの大きさなのでしょうか?』


 そして、実際に荷車のサイズについて詳しい情報を得た結果、俺は「路線バスくらいの大きさ」という具体的なイメージにたどり着いた。その巨大な狼が、全速力で駆け回る姿を想像して、少し背筋が寒くなる。確かジブリの映画でそんなの見た。たぶんだけど、首だけでも動きそう。


「そんなデカい相手なら、俺様にピッタリだな! 俺の剣であっという間に真っ二つにしてやる……!」


『いちおう、討伐隊が明日出るから、一緒に行く?』


『はい、お願いします。さすがに私たち2人じゃどうしようもないと思いますから』







『……いや、討伐隊に入れるには、力を見せてもらわないとな。ただ単に子供のお遊びで着いてこられちゃ、こっちも困る』


 背後から聞こえてきた声に振り向くと、腕組みをした中年くらいの精悍な男性が、不敵な笑みを浮かべてこちらを眺めていた。受付嬢が、『あれが討伐隊リーダーのマーカスよ』と教えてくれる。


 それに対してメンチを切っていた俺様勇者が、ひそひそとこちらに囁いてきた。こら、だから知らない人を睨みつけるのはやめなさい。


「なんて言ってるんだ? あのおっさん。舐めた感じで笑いやがって……」


「心配だから、自分で身を守れるところを見せてほしいんだそうです。ちょうど私たちくらいの年齢の娘がいるんですって。ついにこの前、「お父さんの服と一緒に洗わないで!」と言われてすごくショックだったと言っています」


「このギルド、心配性ばっかりかよ……!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
魔王軍のスパイから読んでました! うちうち先生の新作を読めて嬉しいです! 諍いが起きそうなところ、主人公くんちゃんによる通訳フィルター通してマイルドになってるの好きです
寝起きのゼロ距離美少女は火力高いだろうなぁ。てか現れる場所と勇者の座標が被ってたらどうなるんやろ。 嘘通訳に淀みがなさすだろwなんでそんなエピソードがスラスラでてくんだw臨機応変な対応が上手いなぁ。
通訳が恣意的すぎるwwwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ