勇者様、強盗に進化する
あとは館を出発するだけだというのに、俺様勇者は何やらおかんむりだった。俺がついていかないのが、よっぽど不服らしい。
「おいおい、ここの世界の奴らって日本語話せないんだろ? どうするんだよ?」
「なんか、なんとかなるシステムがあるらしいですよ」
あんまり真面目に聞いてなかったけど。確か、どんなお店も無料で使える、とかだっけ。ならたぶん何とかなるよな。RPGでも人の家の壺とか割ったりしてるし。きっと勇者はどの世界でもみな、治外法権的な存在になるのだろう。
そして、しばらくその場で不平を漏らしていた俺様勇者だったけれど、お姉さんに追い払われ、渋々ながらも去っていった。
そして、俺様勇者が去ってから、何日か後。下の街に買い物に行った俺は、市場に顔を出した。
『こんにちは、おじさん! 牛乳あります?』
すると、髭を生やした中年の恰幅のいい男性が、店の奥からひょいと顔を出す。最初は怖がられていたものの、俺が幼児並みの戦闘能力しか持たない無害な存在だということがだんだん知れ渡ってきたようで、ようやく街の人とも打ち解けることができ始めていた。
『おお、サヤちゃん、入荷してるぜ! あれ、今日も1人か? 大丈夫か?』
『ええ、1人ですけど……なんでですか?』
いつも、買い物にリリーさんがついてきてたら、すっごく怖がるのに。俺が不思議そうな顔をしたのが分かったのか、店のおじさんは親切に教えてくれた。
『なんでも、ここら一帯の街に強盗が出てるらしいんだ。1人だがとんでもなく強くて、気に入ったものがあると、とにかく無断で持っていくらしい。剣とか防具とか、食料とかな。危ないから気を付けなよ』
『そうなんですね……こわ……』
「1人」「無断で持っていく」というワードに何となくきな臭いものを感じたものの、俺はアドバイスを素直に受け入れ、今日は早めに館に帰ろうと決める。異世界の強盗ってなんか乱暴そうだし。
そして、大通りを歩いていると、不意にぐいっと後ろから腕を掴まれたので、俺は振り返った。目つきの悪い、俺と同じくらいの年齢の男子で、鎧や剣で武装している。あ、俺様勇者だ。何だか必死な顔をしてる気がする。……どしたの?
「お久しぶりです。どうしたんですか?」
「館にはなんか戻れねーし、お前はいないし……やっと見つけたわ」
「あ、忘れものですか?」
でも特になかったような……と首をかしげていると、俺様勇者は、がーっと喋り出した。買い物、とか、店、とか単語は聞こえるけど、早口すぎるのと話題変わりすぎなのと一気に喋りすぎて、うまく聞き取れない。
「ちょ、ちょっと、とりあえず話聞きますから。そこのお店行って座りましょ」
俺が大通りのカフェに入り、2人分の飲み物を注文すると、なんだか感動している俺様勇者。かと思うと、おもいっきり肩を落とした。うわ、こんなに見事にがっくりする人、初めて見た。
「無理だ」
「何がですか?」
「何言ってるかわかんねーのに、旅するなんて無理」
それを言っちゃうと海外旅行なんてできないのでは……? ほら、身振り手振りで押し切っちゃう人とかいるじゃないか。ああいうの、俺様勇者は得意そうだけど。
「無料になるって言ったじゃん! 食堂で食い逃げ犯扱いされたんだぞ」
「いや私も又聞きだったというか。無料にならないんですね。勇者なのに」
「なんか謎の踊りを始めやがったぞこいつ、みたいな顔された」
「うわぁ……それは大変でしたねえ」
じゃあそこからどうしたんだろう、と疑問に思ったので聞いてみると、そのままダッシュで店から逃げたとのことだった。俺の脳裏に、さっき聞いた噂がホワホワと蘇ってくる。強盗って俺様勇者のことだったんだ。
「言っていいですか? それって食い逃げ犯扱いっていうか、そのものじゃないですか」
「不可抗力だ! それより、ちょっといいか」
そして、俺様勇者さんは、テーブル越しに俺の肩をがっしりと掴んだ。ちょっと痛い。カフェの顔見知りの店員さんたちが、心配そうな顔で何やらひそひそと話し合っているのが見えた。いかん。心配をかけてしまっている。
「痛っ……ちょっと、離して……」
「そこでお前だ」
「あ、嫌です」
「まだ言ってねーじゃん。まあそう言うなって。やっぱりさ……」
俺が首を振って拒否しているのに、俺様勇者は構わずに話を続けようとした。……よし、逃げよう。だって俺はもう意思表示したもん。行かない⇒そうか、でこの話終わり!
「私って館のお姉さんに雇われてるので出張とかしないんですよ他の街にも行かないように言われてますし頑張ってくださいここは私が払っておきますからではお元気で!」
息継ぎなしに言い切り、そのまま立ち上がる。そして、振り向かず全速力で店を飛び出し、物陰に隠れていると、まるで人さらいのような形相をした俺様勇者が往来を何度かうろうろしたのち、姿を消した。影の薄さに感謝したのは生まれて初めてかもしれない。
次の日も、街に買い物に行くと、待ち構えていたらしい俺様勇者と遭遇し、追いかけっこになった。
「頼む! 一緒に来てくれ!」
「お断りしますー!」
身体能力だけだと俺様勇者に軍配が上がるものの、俺には影の薄さと街の人たちの協力という、強力な後ろ盾があった。というか、なかったら即刻捕まってたと思う。俺様勇者、足速い。なんか原付くらいの速さで走る。俺は小学生くらいの速さでしか走れないのに。不公平だと思う。
さらに翌日も同じ光景が繰り返されたが、1つ、違いがあった。俺様勇者の走るスピードが明らかに落ちている。昨日が原付だとしたら、今日はプールの中で歩いてる人くらいのスピードである。落差がヤバい。
なんとか逃げきれそうだったけれど、街の人から、俺様勇者がずっと野宿していたことを聞き、さすがにかわいそうに思って館に連れて帰ることにした。
お姉さんから、客じゃなくなった人間の部屋はないと冷たく言われたので、俺が使っている従業員部屋に通す。そして、いいや、とそのままベッドに寝かせた。だって俺、たまの仮眠以外あんまり使ったことないし。すると、ベッドに潜り込んだ俺様勇者は、すぐにグーグーと寝息を立て始めた。リリーさんに、冷めてもおいしい軽食を作ってもらい、テーブルに置いておく。
俺が部屋に戻ると、まだ寝ていた。よっぽど疲れてるらしい。その後、掃除を終えて部屋をのぞくと、置いた軽食をすごい勢いで食べていた。俺も隣に座る。
「なんで宿屋使わないんですか? そっちも無料にならなかったんですか?」
「どれが宿屋かよくわかんねーのに利用できるわけねーだろ」
それもそうかもしれない。俺はそっと口をつぐんだ。じゃあこいつ、異世界に召喚されたあと、宿も食事もないまま放り出されたの? ひたすらにかわいそう。
「そういやさ、そう言うお前はどこに住んでんの? 通ってるのか?」
「……住み込みです」
家から夢を経由して通っている、というのが正解だけれど、そう答えると「じゃあどこに住んでるの?」って聞かれそうなので、ここは住み込み設定にしておくか。
「ここに住んでるのか? 部屋は?」
あ、どっちにしろ聞かれるのか。……住み込みなんてしていないので、当然部屋なんてないのだが。いちおうこの従業員部屋をスペースとして与えられているから、もうここでいいや。あなたは既に俺の私室に招かれているのだよ。なんちゃって。
「ここが私の私室です。だから、そこのベッドとか机も全部私がいつも使ってるやつですよ」
すると、俺様勇者は信じられない言葉を聞いたような顔をした後、がばっといきなり立ち上がり、部屋の中を何度も見回した。……何かおかしなことを言ったかな?
俺も同じく視線を巡らせてみる。8畳くらいの広さの部屋の中には、椅子が1つと机1つ。隅に、さっき俺様勇者さんが寝ていた簡易ベッドが1つ。壁際に小さな食器棚。あとはリリーさんが緑茶好きなので、俺がお給料で買ったお茶セットが1つ。急須とか。……それで、何が不満なんだ? 住みやすそうな部屋だと思うけど。
「私物何もないじゃん! 生活感0! あと男をいきなり自分のベッドに寝かせるなよ⁉ 何考えてんだ!?」
「ごめんなさい、寝心地悪かったですか?」
「いや、道理ですっげーいい匂いした! ……そういう問題じゃねえ!」
うーん、そこで憤られても困るというか。というか、お前は何に怒ってるんだ。それに職場なので、あんまり私物を置くのもねぇ。
それから俺様勇者が落ち着くには、しばらくかかった。ようやく、椅子にどっかりと腰を下ろしながら、深々と溜息をつく。というかどうしたんだ。立ち上がるほど興奮しなくてもいいのに。
軽食を食べ終わると、俺様勇者は、ようやく落ち着いたようで、ふう、と息をついた。
「王様がまただるいんだわ……。話が長いし何言ってるかわからんし。隣にいる教皇ってやつが翻訳して教えてはくれるんだが」
あ、いちおう他の通訳いるんだ。にしても、異世界でも、偉い人の話はつまらないらしい。しかし、俺は適当に相槌を打つくらいしかできないのに気にせずしゃべり続けているあたり、彼が追い込まれているのは確かのようだった。
そして、俺様勇者は、しばらく不自然に黙った。……なんか、嫌な予感。そして、俺がその雰囲気に耐えかね、リリーさんのところに脱出しようと腰を浮かせた時だった。
俺様勇者は、真剣な顔でくるりとこちらに向き直った。そして、頭を深々と下げられる。
「なあ、ついてきてくれない? 本当に、頼む。この通り」
「だから嫌ですってば。さっき言った通り、無理なんです」
「そんなこと言わずにさ。一緒に冒険しようぜ」
絶対行かない。一緒に冒険なんてしたら死ぬ。間違いなく。俺の勘がちりちりと警鐘を鳴らしていることからもそれは明らかであった。よって、徹底的に拒否させてもらう。
「だから無理! 無理です! 私、身を守る方法とか持ってませんから!」
俺が一生懸命に手と顔を左右に振ると、俺様勇者は、それはそれは不思議そうな顔をした。どうした。いったい何が理解できない。俺にどうやって生き残れと言うんだ。
「いや、日本語があるじゃん」
「あったから何だっていうんですか?」
俺様勇者は何か勘違いしてる。お前はひょっとしたら知らないかもしれないが、日本語は魔物の吐く炎から俺を守ってくれたりはしないんだよ。
そして再度思いきり拒否する俺を見て、俺様勇者はなんだか傷ついた顔をした。何だその表情。俺がわぁいと叫んで踊り出さないのが不思議だみたいな。俺がその申し出を喜んで受ける人物だと思ってたなら、100%誤りなので今すぐ修正していただきたい。
「だって私戦えないし、すぐ死にますよ」
「守ってやるって。俺の剣を信じろ!」
「……旅に出る前から他人様の足を引っ張るのが目に見えてるのはちょっと……」
「なあ、頼むから」
めっちゃ押してくるじゃないか。いったいどうした。
「……ひょっとして、寂しがり屋ですか?」
「悪いか⁉ 1人で言葉通じないってお前の思ってる以上に負担ヤバいからな⁉」
うーん……。気の毒だから、何か力になってあげたい、とは思うのだけれど。俺がいくら話し相手になってストレスを無くしたとしても、目の前でバラバラになったりしたら、やはり収支で言うとマイナスになってしまうのでは、と思うのだ。……でも待てよ? ハモさんを見た時の俺を基準にするとそこまででもない……? いや、ともかく。
「お姉さんにも外は危ないって言われてますし。ここに来たらお相手しますから」
とりあえず、お姉さんのせいにして逃げる俺。だって館から離れちゃ駄目みたいなこと言ってたし……! そうだ、俺は旅に出ることを禁じられているはず!
ところが、俺様勇者はそれを聞いて、何かを決意したような顔になった。ああ、すごく嫌な予感がする。
「わかった。あの人に許可取ればいいんだな」
「あっそういう解釈しちゃいます? ちょっと!」
「……冒険に一緒に行くってこと? 別にいいけど。最近客も来ないし、手伝ってあげれば?」
ところが、意外にも、お姉さんは俺様勇者さんの意見にあっさり頷いた。……話が、話が違う……!