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翅を負う  作者: 相宮祐紀
彷徨希求
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五   欲真

 振り返ったメイの表情を見て、ザオは顔をしかめた。メイはにやにやと、下衆みたいな笑みをうかべていたのだ。

「さすがだな」

 メイはやけに楽しそうに言った。

「あんな巫女さまも怖くないんだ」

 なんだそれは。のけぞっていると、グワンもしみじみと言いだした。

「すげえよ、ほんとに尊敬してるよ」

「ねえ、この人ほんとに強いよ。なんでたまに、謎の強さ発揮しちゃうの?」

「わかんねえ。とにかく最強だ」

「巫女さまって言われてる人だよ? やっぱり恐れ多いし、あんなに雰囲気あったし、ちゃんといろいろわきまえて隊長の命令受けたでしょ?」

「ほんとに最強だ」

「だってさ、あなたのお名前は、じゃないでしょうよ、そういうことはお忘れだって隊長から聞いたのに!」

「やめろ、もうやめろ、思い出したら笑いが……っ」

「ソン・ザオと申します。あなたのお名前は」

「だから……っ、やめろって物真似はきつい……!」

 メイとグワンが爆発のように笑い始める。うるさい。特にメイは、「巫女」に関われることになって喜んでいたのに。自分だっていろいろ知りたかったんじゃないのか。

 ヘイエを見て、ザオは望みを絶たれた。ヘイエまでが、くすくすと肩を震わせていたのだ。孤立無援状態。ザオはずりずりと後退して遠ざかろうとしたが、グワンに気づかれた。肩をがしりと掴まれ引き戻される。腹を押さえて悶絶しそうでいたくせに、目ざとい。笑い声に包囲され、あきらめて遠くへ意識を飛ばす。


 ザオが少女の名前を聞くことは、かなわなかった。少女は沈黙してこたえなかったし、シュエに諦観の入った睨みをきかせられたし、同じようになんだかあきれた様子のウェイゴンに、部屋からつまみ出されたからだ。そもそも少女は、自分の名前を覚えていないらしい。

 とりあえず第一蛹ダイイチヨウは、全員建物から放り出されたが、ウェイゴンとシュエはまだ少女のそばにいる。そしてグワンとメイとヘイエは今、ザオをからかうのに忙しいようだ。

 あの少女の、ささやかな表情の変化を思い出す。目を合わせたときのような衝撃はなかった。でも、もっと深いところが揺さぶられた。だってあれは、あの人はただの、ひとりの人間だった。わかっていた、そんなのあたりまえのことだった。

 あの少女がなんの目的で戦場に乗り込んできたのかは、まだわからない。でも、ひとりの人間だ。あの鮮やかなまでの瞳の力も、飲み込まれそうな独特の空気も、常のものではないのだろう。生まれついてあんなふうだというわけではないのだろう。努めている。

 「巫女さま」だかなんだか知らないが、あの人のことを、知りたい。見たいのだ。「天命を受けた巫女」として生きるひとりの少女を、ちゃんと見たいと思ってしまった。巫女だ道具だと、そうやって扱うべきだということは、わかっているのだが。わかってはいるけれど。人々の視線が、自分をすり抜けていくばかり、なんて。

 ぽんと肩に触れられて、我に返る。ヘイエだった。

「なあザオ」

 ヘイエはなだめるように励ますように、何度もザオの肩を叩きながら言った。

「巫女どのにあの調子でいくのはいいけど、あんまり肩入れするなよ」

 おまえがちゃんとわかってるってことはわかってるよ、とヘイエは穏やかに付け加えた。

「はい……」

 あの調子ってどの調子だと思いながらも、ザオは返事をした。ヘイエが大きくうなずく。

「よし。まあまあいい返事」

 ヘイエはそう言いながら、死ぬのではないかというくらい笑っているふたりの首根っこを掴んだ。

「顎外れるよ、おふたりさん」

「痛い!」

「やめてえ!」

 グワンとメイが悲鳴を上げている。ザオはふっと目を細めた。

 人のことを、その人そのものをまっすぐ見たいと、ずっと思っている。しかしそれを直接口に出したことはないし、特別何かをするというわけではなく気構えの話だった。でもさっきははっきりと行動に出たから、ヘイエにはなんとなく気づかれたのかもしれない。




***




 「天命を受けた巫女」が移送されてきたことは、その日のうちに砦じゅうに発表された。第一蛹が護衛を務めるため、「巫女」の身に危険が及ぶことはないと触れ回られた。これから姿を見せる機会を作るから、自分から勝手に来るなという命令も下された。

 それでもひとめ見たいらしく、本営の周りに集まる人たちもいたが、門番に追い返されている。第一蛹は、部屋の前でひとりずつ、交代で護衛にあたることにした。廊下を通らずに外に出るすべはないので、みこさまが間者だったとして急に逃げ出すようなことがあっても、取り押さえられる。

 何しろグワンは化け物級の強さを誇っているし、ヘイエはやさしげだが、実は民草から身を立てて黒翅隊コクシタイに引き抜かれている。メイも、攻月台コウゲツダイに入るための試験を受けて、通常の軍団を介さず直接、精鋭部隊である黒翅隊に投入された逸材だ。つまりみんな、かなりやる。

 メイは、みこさまと同じ女性だということもあってほかの仕事は免除され、常に本営近くにいてみこさまの世話をすることになった。シュエは飛長ヒチョウなのでほかの業務免除とはいかないが、ときどき様子を見ることになっている。

 戦が続くカファ国では、女性は徴兵の対象ではないが志願すればたいてい受け入れられる。後方支援をする人が多いものの、メイやシュエのように前線に出ている人も特別珍しくはなかった。特にふたりは黒翅隊の一員なので、女性だと思って油断などしていたら、首が飛ぶ。


 ザオは、みこさまの部屋へ続く廊下に立っていた。とりあえず蛹長ヨウチョウとして、護衛の一番槍を務めることにしたのだ。

 みこさまが突然砦にやってきてからここまで、半日もかからず。迅速な対応だ。さすが黒翅隊。さすが第一蛹。ザオはこっそりほくそ笑んでいた。

 さっきシュエには、巫女さまに失礼のないようにしなさいと釘を刺された。だいじょうぶだと思う。仕事を放棄してお喋りしようとかは考えない。しかし、シュエは続けて、失礼なくらい近づいて何かわかるのなら、それもまたよいかもしれませんねとつぶやいていた。

 ウェイゴンは、みこさまとの接し方については何も言ってこなかった。ただ、シュンもひっそりとみこさまの監視に配置していると教えてくれた。蠢は黒翅隊の間諜集団だ。ザオは蠢について、詳しいところはよく知らなかった。

 第一蛹にも蠢にもひたすら見張られ、みこさまはすっかり閉じ込められてしまっている。正体や目的がなんであれ、勝手な動きをすることは難しいだろう。

 そっけない廊下の上で、これからのことを考える。この仕事の内容は、危機が訪れるのに備えてただじっとしていることだけではない。きっともう少しすれば、みこさまを連れて砦じゅうを回ることになるはずだ。みこさまをずっと監禁しておいたのでは、兵士たちの不満も溜まるだろうから。それとも噂が沈静化するのを待って、なんだかんだと理由を付けながら閉じ込め続けるのだろうか。でもそれでは、使いたいときに使うことも難しくなりそうだ。それにたぶん、噂は落ち着かないだろう。あの強烈目力を直に見たら、簡単には忘れられそうにないし。しかし。あの人はどこから何しに来たのだろう。やっぱり本当に神の声を聞いて、やってきたのか。

 ぐるぐると考えを巡らせていると、ばたんと物音がした。何かやわらかいものが倒れたような音だ。静けさが満ちる廊下に、その音はよく響いた。ザオは振り返り、みこさまの部屋に歩み寄った。

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