4.迷いの森と猫子
「はあ……叫び疲れた……」
この木に転送されて数時間。俺は未だに誰にも助けて貰えず、木の上でポツンと座っている。
ゲーム内ならまだ飛べた。死んでも大丈夫だという保証があるから。
だ、だがこれが現実だと思うと……下をまともに見ることすら出来ない。
しばらくは巨大樹暮らしも考えないとな。木の実でも確保出来ればいいんだが。
俺は太い枝の間から見え下の風景にビビりながらも四つん這いで太い枝を渡る。
すると、数メートル先に果物らしき物ががちらほらと見えはじめた。
よし!あれだけあれば数日いや……数週間は暮らせそうだ。ラッキーだぜ。
俺はハイハイ駆け足バージョンで果物らしき物の方へと這い寄る。
これは何だ?リンゴ?桃?向こうはマンゴー?レモン?なんかいびつな形の果物ばっかだな。
とりあえず味見をしてみるか。
俺は太い枝の上に座って果物らしき物をかじる。
苦い……これは果物ではないな。人間が食える物じゃないと思う。
「ウグルルルゥッ!」
そう人間が食えるものじゃない。これは今、俺に殺意を向けている小型の竜が食べるものだ。
「動くな!そこから一歩でも動いたらこの俺の相棒が火を噴くぜ」
俺はライルに貰った真っ白のフード無しローブの内ポケットから例の銃を小竜に向ける。
こいつの正式名称はデバッカーと言うらしい。俺の職業名と同じで良いな。
中二心をくすぐられる銃だ。今のセリフと合わせるとよりかっこよく見える。
小竜は俺の脅しに屈することなくこちらに牙を剝きだして突っ込んでくる。
「ふん。命知らずな奴め。唸れデバッカー!」
「バグが検出できないね~♪トリガーをロックするよ」
勇ましく叫びトリガーを握ると、聞き慣れたエセ神の声が聞こえた。
瞬く間にトリガーは固くロックされ、煌めいていた赤い装飾の光が消える。
「は?え?ちょっ!おい。こら。このポンコツ」
またしてもあのエセ神が俺の前に立ちはだかったか。無念。
「えー。今回の果物を無断で頂いていた件に関しましては、私、担当者の柴田の責任です。この度は誠に申し訳ございませんでした」
俺は小竜に向かって深々と頭を下げる。小竜は動揺したのか空中から俺の様子を見ている。
「なんてな……」
俺にはまだ剣がある。今こそこのよく分からん剣を抜く時だ。
「覚悟!ぐえっ!」
剣の柄を握ると、急に蹴られたような痛みとずっしとした重みが背中を襲う。
きっとあれだろ……背後からやられたみたいな。
てことは俺は死んだふりをしなければいけないとこか。2対1とか絶対に勝てないし。
俺はだらしなく地面に倒れこむ。
死んだふりはバッチリ!
でも状況が気になるしな……バレないようにちょっと頭を上げて、様子を見てみようかな。
こっそり顔を上げると、目の前で一匹の小竜を踏みつけている猫耳の生えた黒髪の女で純白のメイド服のような物を身にまとっている獣人だった。
白メイドとは王道からは少し外れてるし……白黒もはっきりしていない。なんかすっきりしないな。
しかし、これは美少女との出会いイベントか!助けなければいけないのに助けられちまった。まあ、どういう形であれお近づきになれれば結果はオーライか。
「こんにちは!助けて頂いて……」
「お待ちしておりました。歩夢様。私はライル様の少ない部下の猫子と言います」
猫子と名乗る女の人は俺に深々とお辞儀をした。
なんだ。あれ(ライル)の部下か。何か急に興味が失せたわ。
てか少ない部下って言っちゃうんだ……。
「ではミジンコでも分かるように一から百まで説明していきますね」
「バカにしてたります?」
「してません」
何か嫌な感じがする。あれの部下であるのが何よりの証拠だ。
上司が腐ると部下も腐ると言うしな。あんまり深くは関わらないようにしよう。
「では今回の任務内容についてなんですが……」
そこから数十分くらいの長い説明がされた。正直に言うと萎えそうだった。
要約するとこうだ。
数日前にここらへんで大きなバグが発生したらしい。
種類に関してはまだ詳細は不明だがバグセンサーがピンピンしているらしい。
住民の噂によると毎回、何かしらの有名人が誘拐されるという。
あとは猫子さんにもし時間に関するバグなら俺にも何かしら影響があるかもしれないから過度な接触は厳禁と注意された。
俺も誘拐されたらひょっとしてその有名人に会えるのか?
「歩夢様?」
「あぁ……大丈夫……です」
「あと……ライル様の評判はあまり良くないのでくれぐれも名前は出さないでください」
今、そう言われて何一つ疑問を持たなかった俺が怖い。
でもありそうだしな……あの年齢であの態度だもんな。
神ってはもっと偉大なイメージだからな。あんな性格じゃ嫌われるだろう。
「ところで何で評判が悪いかだけ聞いて良いかですか?」
「し……バグのせいです。バグはライル様が起こす災いという事になってますから」
猫子さんがどこか悲しげな表情をする。
何か思ってたのと違う。てっきり性格や素行が悪いから嫌われているものかと。
「人々の信仰は神の力になりますから。信仰が絶えればライル様も消えてしまいます。あなたには関係ない話でしたね。では早く中世の街に行きましょう」
なんか君は部外者だよって言われてるみたいで虚しいな。
まあ、実際そうなんだけど。
さっさと街行って気晴らしでもしようかな……
「ちょっと待てください。どうやってここ降りるんだですか」
「私が背負って運びます。あと……敬語が下手なら無理しないでいいですよ」
女の人に背負って高い所から降ろして貰うってどうなんだ?
いや待て善良な俺。これは貴重な体験だ。もう2度と来ないような展開を失って溜まるか。
でもやはりここは男を見せるべきかな。少し照れるしな。
「分かりました。その方法しかないなら仕方がないなですね」
「では行きましょう」
俺は猫子さんにおんぶをされ、木の下どころか街まで送ってもらった。
木々を素早く移動する様子や地面を駆け抜ける速さなどを見て、改めて獣人の凄さを思い知らされた。
道中、くすくすと笑われたりはしたものの俺はこのことを生涯後悔はしないだろう。
「着きましたね。特に異常はないようにも見えますが」
猫子さんが水晶をまじまじと見つめながら不思議そうに言う。
「常にあんなアンテナが逝ったテレビみたいな景色になるわけじゃないんだな」
「例えがよく分かりませんが、空間に歪みが発生するときはバグが発生する時だけです」
こんなんじゃ過度な干渉は控えるようにと言っても無理そうだな。避けようがない。
とりあえず街の中を調査しない事には何も始まらない。入るか。
「よし。入るか」
「あの歩夢様」
なんか猫子さんがもじもじしている。もしかして私も戦えないですとか言わないよな。
「なんだ?」
「その。あなたの持っている剣は極力使わないようにしてください。危険なので」
「お……おう」
かなり強い言葉で言われたせいか俺は少し怯んでしまった。
「では私の仕事はここまでですので後は頑張ってください。何かあればライルサービスにお願いします」
え?今、バリバリ一緒にバグを探そうムードじゃなかった?もしかして俺だけ?
うわーなんか悲しい。結末を大体予想していても悲しい。
どうでもいいがライルサービスって実在したんだ。
「分かった。俺はこのために雇われたんだもんな。うん」
「では失礼します」
猫子さんもまた黒い扉を召喚して扉と共に消えていった。
俺は少ししょんぼりしながら無警戒の街の中へと入った。
ブックマークやブックマークが作品修正のモチベに繋がります。良ければ押していってください。