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短編集・婚約破棄/悪役令嬢/断罪/ざまぁ/よくばりセット

惨めな悪役令嬢は嫌なので、王子の体をもらいますね。


体と魂。

二元論と一元論は永遠に決着がつかないように思われる。


今風に例えるなら、二元論は心というもうひとつのハードディスクを物理的に認めているが、一元論は、脳というハードだけで、仮想ドライブとして心というものを浮かび上がらせているだけ、と言えるかもしれない。


知らんけど。


ともかく、心と体とを明確に区別すると、「体の所有権」という考え方が生み出される。


人類はずっと、入れ物としての体に苦慮してきた。時に自殺をすることで、時に整形をすることで、なんとか自由と平等を体にも及ぼそうとして来たのだ。


魂の美しさは、顔にも現れる。そんな警句はルサンチマンと切り捨てられながら。


さて、何が言いたいか、もう少しお付き合い願いたい。


状況だけを説明すればあっという間だけれど、それをしてしまうと、あまりにも味気のないお話になってしまうだろうから。


物心ついたときには、もうひとつの記憶があった。現代社会を歩んできた、故人の記憶である。


だが体は、中世のような世界にいる。「現代社会を生きていた記憶」の視点から言えばのことだ。


幼年期の子供は、自我があまりにも脆い。眠りに落ちている間だけとはいえそこで押し寄せられる濃厚な経験の思い出に、この世界の私が、幼年期の私が私によって塗りつぶされるのは時間の問題だった。


そうして私は自我を、前世側に大きく譲り渡しながら成長した。恵まれた貴族の家に生まれながら質素倹約に励む姿は、当時かなり噂になっていたらしい。


多くの悪口があり、時に母親からも苦言を呈された。どうして普通に生活できないのか、と。


私には、彼女が母親には思えなかった。彼女の娘でありながら、思いどおりにいかない育児に悩む彼女に、他人事のように同情していた。


なぜなら私は、現代社会の記憶が色濃く反映させられているから。母親と言えば前世の母。


どんなに食卓を囲もうと、この世界の住人は、他人。


前世の記憶の最大の弊害。私は家族も世界も、そして自分の体でさえ、自分のものとして受け入れられなかったのだ。


借り物の体にポツリと居座る私。息苦しい孤独がヒタヒタと私を包み込む。


暫くして、王子に近しい遊び相手として、私が選ばれた。その時の彼の心境は、私の奇矯な振る舞いを笑ってやろうと言う腹積もりだったに違いない。


ところが茶会の時間にて、私がいくつかポツポツと、現代の技術や発見を元にポツポツと語った改善案が、彼らを驚かせた。お土産に菓子をたんまりと持たされ、息子と仲良くしてほしいと言う王妃様のお墨付き。


つまるところ私は、先見性の明があると勝手に判断され、王子の婚約者筆頭に引きずり出されたことになる。


憤慨したのは王子だろう。気持ちの悪い女をからかって遊ぶつもりがいつの間にか婚約者にさせられていたのだから。


不満ありありだったのが容易に見て取れたので、私はできるだけ彼に近づかないようにして過ごした。



それでも婚約は破棄できなかった。我慢できなかったのは彼だけだったけども。


学園が終わりに近づくと、毎日のように彼はお前と手を切るのだ、と嘯いた。父や母をどう誑かしたかは知らないが、その報いを受ける日は近い、と。



その時になって急に、私は、「この世界の人間」が、「異世界の技術を我が物とするため」に利用していたことに、遅ればせながら気づいた。


彼らが求めているのは私ではなく、私のステイタスであり、他に異邦人が見つかれば容易にすげ替えられるもの。


怖かった。惨めに終わりたくなかった。


死にたくなかった。



連日図書室にこもるなか、私は起死回生の一手を編み出した。決行するには、自分が用いてきた体に別れを告げることになる。


だが、それが今さらなんだろう。私は前世の記憶のせいで、この世界に馴染めなかったのだ。自分自身の顔も、体も。ずっと違和感しかなかった。




下準備をして、パーティーに赴く。全ての準備は出来上がっていた。


王子がすっと人差し指をこちらに向けて、叫ぶ。


「皆のもの、私はこの女との婚約を破棄することに決めた!というのも……」


彼は言い終えることができなかった。


黒魔術として知られる、魂を入れ換える魔法。私はそれを使って、互いの体を入れ換えた。


そして、伸ばした人差し指をそのままに、


「取り押さえよ!」


と命令を下した。


ひどく取り乱す元私の体の中で、王子が狂乱し、もがいている。そのポケットからは、持ち込みが禁止されていたナイフがこぼれ落ちた。


たちまち衛兵が押し寄せる。意味のわからないことを叫び続ける彼女の醜態に止めを刺すべく、部屋の捜索を命じる。


王宮を爆破すると言う計画、爆発物の一部、そして王族に対する恨み辛みが殴り書きされたものが相次いで発見された。



国王も王妃も、顔色が悪い。

ついに床にへたりこんだ王子に……私が長年用い続けた体に、私は別れを告げるべく、死罪を言い渡した。


この一件で、監督責任として家族もまた罰せられることだろう。しかし私は、その事実を他人事のように受け入れた。


拳を握り、ほどく。新しくなった体も、違和感しか覚えなかった。


私は結局、孤独のなかにいる。

それでも、可能な限り生き延びてやる。そう決心した。


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