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「そんなことないよ。私だっていっぱいいっぱい。私からすれば、放任主義の穂花の家が羨ましい」
「つまりあれだ。隣の芝生は青いってやつ」
「そうかもね」
穂花が羨ましい。家のことだけでなく、好きな人と幼馴染みでたくさんの思い出を共有していることも、その明るい性格で周囲の人間を和ませられることも。考え出したキリがなかった。嫉妬ほど醜くて嫌な感情はないと思っているのに、気がつけば暗い感情がひしひしと胸に広がっていく。
「てかさ、聞いた? 今度懇談会があるって」
「あーそういえば雪村先生が言ってたな。やだなあ、うちの親懇談大好きみた
いだし、何話されるか分かんない」
「懇談が大好きって親もなかなか珍しいね」
「でしょ。普通面倒だし嫌だよねえ。ああ、考えるだけで憂鬱……」
「でもさ、日和は成績良いんだし、心配すること何もないじゃん。むしろあた
しの方がやばいよ。先生に何言われるか分かんないわ」
確かに私は人並み以上に良い成績を収めているという自覚があるけれど、母が望むのは「人並み以上」のレベルじゃない。もっと上のレベルを求めてくる。そうなるといくら私でもかなりのプレッシャーになるわけで。
「まあでも確かにもし自分の親が日和の親みたいな教育熱心な人だったら嫌か
も。あ、母親としてじゃなくて懇談においてはってことね。いっそのこと中止になればいいのにねぇ」
そう言って穂花は照り焼きハンバーガーにかぶりつく。口元にソースが付いたが、ペロリと舌で拭き取る。子供みたいな仕草が可愛らしくて思わず笑ってしまった。
しかしそれよりも、穂花の言葉に私はハッとしていた。
そうだ、中止になればいいんだ。
懇談会なんて別になくなったところで問題にはならない。せいぜいうちの親みたいな懇談大好き保護者たちの楽しみの芽を一つ摘んでしまうくらいだ。それだって大した痛手でもないだろう。
「ちょっとお手洗い行ってくるわ」
「うん」
タイミングよく穂花が席を立った。私はスマホで『SHOSHITSU』アプリを起動する。
前回穂花の遊びの誘いメッセージを消したところから触っていなかったので、画面には『代償:彼女の筆箱を奪うこと』と表示されていた。
下の方へとスクロールすると、『新しく消失させるものを決める』というボタンがあったのでそこをタップした。少し待ってから画面が切り替わり、例のごとく最初のメッセージが出てきた。




