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「ええ、そんなことがあったのっ?」
昼休み、私は穂花と中庭のベンチでお弁当を食べていた。普段はどちらかのクラスで食事をとるのだが、教室では話しづらいことがある時には、よくここに来ている。
「うん。いやになっちゃうよね」
「それ、ぜっったいやばいやつじゃん。先生には言った?」
「うーん、そんなに大袈裟なことでもないし……」
「いやいや、大袈裟じゃん! 大事件じゃん! 日和、天然なの?」
「穂花に言われたくないって」
「でもさ——」
すっかり会話に熱が入ってしまった彼女は、突然遠くを見つめて「あ」と声を出した。
「永遠、やっほー!」
「え、永遠って」
私が反応する暇もなく、彼女は大きく手を振った。
彼女の視線の先にいたのは、間違いない。うちのクラスの神林永遠だ。
何をしているのか、一人ふらふらと一階の渡り廊下を歩いている。ちょうど、廊下の窓が全開になっていたため、穂花の声に気づいたのだろう。神林はふっと顔をこちらに向けて、小さく手を挙げた。
その仕草が、妙に色っぽくて、不覚にも心臓が鳴った。
神林永遠。普段は大人しくて教室で話しているところをほとんど見たことがない。でも、彼が他人に向ける視線はいつも柔らかく、優しい人なんだろうなとすぐに分かった。
それ以外のことは、ほとんど知らない。
エスニックな顔立ちがかっこいいと言う女子も時々いるが、内面を知らないままかっこいいと思える彼女たちが不思議だ。
神林は、穂花に少し手を振ったあと、すぐに歩いていってしまった。
「まったく、愛想がないなあ」
「穂花、彼と知り合いなの?」
「知り合いっていうか、幼馴染み! 幼稚園から一緒なんだ」
「まじで」
まさかあの神林に幼馴染みなんていう友達がいるとは思っていなかった私は、思わずお箸で掴んだウインナーを落としそうになった。