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「そのことなんだけどさ。あれからちょっと思い出したんだ。春山さんと屋上で話したこと」
「え、本当に?」
「ああ。といっても全部じゃないんだけど。話の内容は正直あんまり覚えてい
ない。でもあの日、春山さんに傷ついてほしくないって思ったのは本当なん
だ」
俺は、春山さんが傷つくところを見たくないんだよ。
確かにあの日彼はそう言ってくれた。私が消してしまった柚乃を元に戻そうかと迷っていると話したとき、彼は反対だと言った。
その瞬間、素直に嬉しかった。彼が自分の悩みを真剣に聞いて応えようとしてくれているということが、枯れかけた私の心に水を垂らしてくれたんだ。
「それと、あの時春山さんのことをもっと知りたいって思ったこと。それを思い出したんだ」
「そっか……」
胸にこみ上げる安堵。押し寄せる喜び。ここ2週間ほどずっと曇天模様でモヤモヤとしていた心が、急に晴れ模様に変わり始める。
神林は私との思い出を忘れたわけじゃない。
少なくとも、あの時湧き上がった感情は心が覚えていてくれたのだ。
「ありがとう」
肩の力がふっと抜けて背中に羽が生えたかのように軽くなる。神林も、私の表情が和らいだのを見て、安心したようにほっと息を吐いた。私たちはお互いに相手のことを気にしながら、肩肘を張って過ごしてきたのだ。そうと分かるとなんだか馬鹿らしくなってきた。
「あと前から言おうと思ってたんだけど」
「なに?」
「春山さん、俺のこと『神林』って呼ぶじゃん。永遠でいいから。穂花みたいに」
永遠、という響きに急に脈が速くなる。




