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恋の消失パラドックス  作者: 葉方萌生
第四話 二人の関係
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ジージーと、庭で鳴いているアブラゼミの声で目が覚めた。まだ朝の六時。あと一時間は寝ていたいのに、なんて日だ。

今日は一学期の終業式の日。午前中で学校が終わるので心は凪いでいるが、睡眠時間を削られたときの恨みは大きい。

一度目を覚ますと眠気がなくなってしまい、私はそそくさとベッドから這い出て一階に向かった。


「おはよう」


「あら、今日は早いのね」


台所で朝ごはんの用意をしている母がヘアバンドをつけているところを見ると、化粧の途中なのだろう。母の朝はかなり早いから、いつもバタバタと支度をしている。普段は私が起き出すのが遅いから家事をしている様子を見ていないけれど、こうして目の当たりにするとちょっと申し訳ないな、という気持ちが湧いた。


「朝ごはん、手伝うよ」


「どうしたの、気前いいじゃない。嵐が来るんじゃないでしょうね」


「なんでそうなるの。素直に手伝いたいだけじゃん」


「そうですかそうですか」


ふふ、と母が笑みをこぼす。母がまともに笑ったのを見るのはいつぶりだろう。思春期を迎えてから、私は母に反抗してばかりだ。

先月だって、五時間目をサボって帰った日には母はご立腹で私は母と喧嘩をした。とにかく「勉強しなさい」「いい大学に行くのよ」が口癖の母に物申したくなったのだ。

分かってるよ、それぐらい。

母が私に苦労をして欲しくないと思っていることくらい、私は知ってる。でもその善意が時に重荷に感じるのだ。

ザクザクとキャベツを千切りにする。包丁を握るのも久しぶりすぎて思うように手が動かない。途中で見かねた母が、「ちょっと貸しなさい」と横から手を出してきた。母が千切りを始めると、トントンと規則正しい音が鳴る。切りそろえられたキャベツも、私が切ったものとは大違いで、細い。


「まだまだ練習が必要ね」


「すぐできるようになるよ、これぐらい」


母はしたり顔で私の顔を見た。そういえば小学生の頃、母にこうして包丁捌きを教えてもらったことがある。あの頃はまだ、母と素直に会話ができていた。勉強のことで母がうるさくなったのは中学に上がってからだから、小学生までの母親大好きの甘えっ子だった。

今度は玉ねぎを切る。こっちはそこまで難しくない。だけど、途中から目に染みてうまく目が開けられなくなる。昔、母の料理を手伝った時にも同じように目が痛くなった。「大丈夫?」という母の心配そうな声が耳に心地よかったのを覚えている。ジンと目尻が熱くなったかと思うと、涙がポロリと流れた。


「ちょっと目洗ったら?」


「うん」


包丁を置いて、洗面所へと駆ける。昔からちっとも成長なんかしていない。でも、母が私にかける言葉の一つ一つが耳に柔らかく響いた。それは昔から変わらなくて良かったと思った。


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