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「私、尊敬する」
足をぶらぶらさせて両手を後ろについている彼女に向かって、自然と言葉が漏れていた。柚乃に対してこんな感情になるなんて思ってもみなかった。
柚乃は顔をこちらに向け、「え?」と目を丸くしていた。まだ完全に乾き切っていない彼女の艶やかな髪の毛が頬に張り付いている。
「……ありがとう」
照れ隠しなのか伏し目がちになる彼女は、強さと弱さを併せ持つ普通の女の子だった。
「それにしてもバレー部の先輩ひどいね。なんとかならないかな」
一瞬、『SYOSHITSU』アプリのことが頭をよぎる。もし私がバレー部の3年生たちの名前を入力すれば、彼女たちはいなくなる。そうすれば柚乃は嫌がらせをされずに済むだろう。
今度は見知らぬ上級生のことだから、罪悪感もそれほど大きくないかもしれない。心を開いてくれた柚乃に、ちょっとぐらいお返しするつもりでやってみるか。
そこまで考えて、私は思考を止めた。
たぶん、3年生たちを消してしまえば、柚乃の記憶から私とこうして話したことが失われてしまうだろう。神林や穂花のときみたいに。
それに、もしかしたらまた柚乃は私をいじめるあの意地悪な彼女に戻るかもしれない。世界を変えるということは、どんな可能性だって起こりうるということだ。私はそれを、重々承知しているはずだ。安易に人間一人を消し去ろうなんて考えるべきじゃない……。
私が深く考えこんでいたからか、柚乃は反対にふっと息を吐いて「大丈夫でしょっ」と軽く笑ってみせた。
「たぶんあの人たち、ちょっと暇つぶししたいだけだから。それにさっきは金くれーって言われただけだし。もちろん渡してもいない。放っておこう」
柚乃はけたけたとまた笑い出す。でも、その笑いの裏に強い覚悟が垣間見えて私は自分の情けなさを思い知る。
その後結局、バレー部の先輩たちによる柚乃への嫌がらせは止まなかった。
それどころかどんどんエスカレートしていって。
一学期が終わり、夏休みが終わる頃には、柚乃は学校に来なくなった。




