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「けど私も本当は、そういうお母さんの期待に応えることで、自分のスキルが上がっていくことが嬉しかったのかもしれない。なんでもできないよりはできる方がいいじゃない? 学校で自慢はできるし、一目置かれる。そうやって気を張ってるうちに、大切なものはどんどん離れていってしまうのかもしれないけどね。大事な友達とか、先輩後輩とか」
うーん、と伸びをして彼女は力なく笑った。
自分のこだわりを貫くがあまり、大切なものが遠ざかっていく。
柚乃が言った言葉に私ははっとさせられた。
人の言葉を受け入れられずに自分の殻に閉じこもることで、私も大切な人たちを失ってはいないだろうか? ふと、母の顔が頭に浮かぶ。いつも疲れた顔で「勉強しなさい」という母のことを、私は心の中で疎ましいと思っている……。
思春期の子供なら、誰でも親に反抗したくなる。意見の合わない友達や、心が通じない片想いの相手に「どうして」って問いたくなることがある。でもきっとそれは、相手も同じなんだろう。通じ合えないイライラが、お互いの間に積もっていく。
私はこれまで、柚乃のことを知ろうとしなかった。だって自分を苦しめる相手のことをどれだけ知ったところで、理解できないのだと思っていたから。
けれど、『SHOSHITSU』のアプリを使ったことで、柚乃と私の間に強者-弱者の関係がなくなり、対等な立場になった。私はようやく、彼女の心に一歩踏み込むことができたのだ。
そう考えれば、『SHOSHITSU』アプリって、決して悪いものではないのかもしれない。
最初は使ったことを後悔したのだが、もしこんなふうに荒れていた人間関係を修復できるようなことができるのなら、今後も使う価値はあるのかも……。
「春山さん、どうかした?」
腕を組んで考え事をしていたからか、いつのまにか柚乃が私の顔を覗きこんでいた。
「う、ううん。なんでもない。それより、遠藤さんってすごい頑張り屋さんなんだね。今まで知らなかった。なんか私、勘違いしてたみたい」
「頑張り屋ってことないよ。生真面目なだけ」
「それでもすごいよ。私だったら絶対投げ出してるから」
「そう? ありがとう」
クラスの中ではカースト上位にいるお嬢様の柚乃。華やかな見た目に彼女を好いている男子たちがかなりいて。
みんなからはきっと、憧れの存在として見られている。でも話を聞けば見えないところで他人の期待に応えようと努力してるんだな……。
私はそういう彼女の裏の姿を、何も見ようとしていなかった。




