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「知ってるか分かんないけど、うちって結構金持ちなんだよね。自分で言うのもアレだけど」
「知ってるよ」
柚乃の家柄の噂なら時々耳にする。確か、お父さんが大手証券会社の社長なのだと聞いた。私は、彼女の家から猫を盗み出した日のことを思い出す。あまり記憶に留めておきたくはないのに、脳裏にこびりついて離れない光景。そりゃ、あれだけ立派な家に住めるはずだ。
「そか。でさ、お母さんはすっごいプライドが高くて、小さい頃からいろんな習い事させられてたんだー。ピアノでしょ、ヴァイオリンでしょ、体操でしょ、水泳、お花、お琴。こんなのいつ役に立つんだろうってことまで全部。こんなこと言っちゃ悪いけど、自分は専業主婦でお金を稼いでるのはお父さんなのに、見栄を張りたかったんだろうね。私に何でもできるようになってほしい、っていう気持ちより、他所様に自慢したいって気持ちが透けて見えたから、私は全然乗り気になれなかったよ」
一度話し出すと、柚乃は止まらなかった。たぶんずっと、誰かに愚痴を聞いて欲しかったんだろう。その相手が私でいいのかは分からないけれど。
それにしても、聞いているだけで気が滅入りそうな多忙さだ。幼い頃からそれほど多くの習い事をさせられていたら、私だって反発したくもなるだろう。
「でもさ、たちの悪いことに、一度やり出したことを中途半端にやめられない性格でさー。あ、私のことね。それが逆にしんどくて。『もうやりたくない!』って投げ出して家出でもなんでもすれば良いのに、結局お母さんの期待に応えようとしちゃうわけ。ふっ、これだから私は馬鹿なんだわ」
けたけたと、自分を嘲笑う柚乃を見ていると、いたたまれない気持ちになった。
柚乃の家と春山家は全然違う。うちはそんなにお金持ちじゃないし、習い事だってやってたのはせいぜいピアノくらい。でも、「勉強は絶対に裏切らないから頑張りなさい」と言われ続けてきたことを思えば、柚乃と自分の境遇に似ているところがある。親から期待を押し付けられる時の不快感。親が見栄を張るためだけに頑張らされているという虚無感。すべて抱えて投げ捨ててしまいたかった。きっと柚乃も同じなのだ。だから、彼女の気持ちは痛いほどよく分かった。




