61
「あのね、今日の昼休みのことなんだけど……遠藤さんが運動場にいるのを見ちゃったんだ」
下手な前置きはせずに、私は単刀直入に本題に入る。彼女と雑談をできるほど会話にネタがなかったというのもある。
柚乃は一瞬ビクッと肩を震わせて私の方を見た。いたずらがバレてしまった小さな子供のように、次に何を言われるのか覚悟している様子が伝わってきた。
「雨の中、傘もささずに立ってたよね。しかも、上級生に囲まれて。あの人たちって、やっぱりバレー部の先輩?」
思ったよりもはっきりとこの目で見たことを口にできたことに、自分でも驚く。
「……見られちゃってたか」
両足を投げ出して座っていた柚乃が、右足の爪先で左足の爪先をちょんと触
る。気がつかなかったが、上履きは泥だらけだ。さっき、上履きのまま運動場に出ていたんだろう。
「なーんかさ、標的にされちゃったみたいなんだよね。あの人たち、常に後輩をいじめていないと気が済まないらしいの」
あの人たち。同じ部活の先輩をそんなふうに呼ぶ彼女の心は、ぽっかりと穴が空いているように感じられた。
「それは最近のことなの? 遠藤さんが標的になる前は誰に……」
「うん、最近。というか今日いきなり? 昼休みに呼び出されたかと思ったら
ご存知の通りよ。先週までは一年生の女の子が標的だったな。さっき知ったんだけど、辞めちゃったんだって。そりゃそうだわ、毎日あんなのにいじめられてたら辞めたくもなるわ。周りで何もしなかった私たちのせいでもあるし」
柚乃といじめの話をするのはかなりおかしな状況だった。これまでは私があなたにいじめられていたんだよ。でもおそらく今の彼女には私をいじめていた時の記憶などない。私がアプリを使ったせいで、柚乃と私を取り巻く環境が変わってしまったと解釈できる。つまり、いま私がこうして柚乃と話している世界は異世界みたいなもんだ。




