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その日の放課後、さっそく私は柚乃の元へ話しかけにいった。テスト期間のいま、バレー部も部活をやっていないみたいなので、彼女はカバンに荷物を詰め、今まさに帰ろうとしているところだった。
「遠藤さん」
制服がびしょ濡れになったためだろう、ジャージ姿の彼女が突然話しかけてきた私に「えっ」と顔を上げた。どうしよう、心臓がめちゃくちゃ鳴っている。まさか私が自分から宿敵の彼女に話しかけに行くことがあるなんて、アプリを使う前は考えられなかったので、この状況が自分でも信じられない。
でも、彼女の方は違った。私の顔を見て、「なんだ春山さんか。びっくりした」と眉を下げて笑った。どうやら私が話しかけてきたことに驚いたのではなく、突然声をかけられたことに反応してしまっただけらしい。
「急にごめん。ちょっと話したいことがあるんだけど、今から時間ある?」
話したいこと、だなんてもし彼女が男の子ならまるで告白でもするような前振りだなと心の中で苦笑した。
「え? いいけど」
もっと警戒されると思っていたのだが、柚乃は案外すんなりと私の提案を受け入れた。私たちはそのまま教室を出て、人気のない四階まで上がった。反射的に、この間神林と屋上に登ったことを思い出して胸が痛んだ。さすがに今日は屋上へは行けない。雨はまだ廊下の窓に張り付いている。
私たちは屋上へと続く階段に二人並んで腰掛る。こんなところまできて女の子と、しかももともと自分に嫌がらせをしていた人物と二人きりだなんて、神林と二人きりになった時とはまた別の緊張があった。
「ここまで来れば誰にも聞かれなそうだね。突然声かけたりしてごめん」
「いや、いいけど。ちょっとびっくりした」
初めてまともに言葉を交わす彼女は、思っていたよりも普通だった。確かに話しかけづらい高飛車なオーラがあるのは変わらないけれど、人を拒むほどの空気感は持ち合わせていない。




