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「そう。この前さ、春山さんが『上履き見つけてくれてありがとう』って言ったじゃん。その時、俺にはなんのことか分からなくてあんな反応してしまって。その後、誰だっけ? ああ、確か“エンドウユノ”さん。その名前も聞いたことがない名前だったから混乱してたんだ。本当にごめん」
「いや……あれは、私が寝ぼけてただけだから気にしないで」
神林が柚乃や上履きのことを知らなかったのは、いたしかたないことだ。謝ることではない。あの時は私の方が混乱してショックを受けてしまったからああいう反応になっただけで。彼の記憶からは柚乃の存在が消えているのだから、どうしようもないことだった。
「寝ぼけてた? 本当に?」
「うん。その日おかしな夢でも見てたみたい。私が学校でその柚乃っていう女の子にいじめられる夢。あんまりリアルだったから、現実と間違えちゃった。馬鹿だよね。小学生みたいだよねー」
あの日彼に伝えたことはすべて夢の話だった。そういうことにしておくのが、
この奇怪な現象を説明するのには一番手っ取り早く簡単な方法だった。私の頭がおかしくなったというマイナスな印象はついてしまうが、事実を垂れ流してもっとおかしなやつだと思われるよりはマシだった。
私は、神林がどんな反応をするのか、じっと待っていた。その時間、心臓の動きが速くなって、汗が滲み出た。今度こそやばい人だと思われたらどうしよう。
ああ、私はいつから、神林にどう見られるかをこんなに気にするようになったんだろう。
ふと、自分の胸に問いかける。
神林を、いちクラスメイトではなく、特別な存在として意識している自分がいる。ずっと前から本当は気づいていたのに、見えないフリをしていた。




