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「待って」
慌てて追いかけようとしたけれど、塀の向こうの住宅の中に降りてしまったのでそれ以上はついていくことができなかった。もしかしたらこの家の子なのかもしれない。あれだけ毛並みが綺麗なのだから、飼い主がいると考えるのが自然だろう。
思わぬところで先導者を失ってしまった私は、さてどうしたものかと周りを見回す。家からはそこまで離れていないので戻ることもできるが、戻ったところで行く当てはない。
「このバスって……」
ふと目の前のバス停に止まる予定のバスの停車駅案内が目に留まる。あまり利
用しないバスだが、とある地名が気になったのだ。そこは「浜港」という終点の駅で、穂花や神林が住んでいる地域だった。その名の通り海に面した街で、美味しい海鮮料理を食べに何度か訪れたことがある。しかしそれ以外では行ったことがないため、実際どんな地域なのかあまり知らない。
なんとなく、ここへ行ってみようという気になりバスを待つことにした。二人の故郷を見てみたいという純粋な好奇心からだった。
10分後、目的のバスがやってきた。まばらに埋まった席を見て、空いていた一番後ろの椅子に座った。後ろの端っこの席が私の好きな場所だ。通学バスでも学校の席でも私は大抵端っこに座っている。外の景色がよく見えるので落ち着くのだ。
途中のバス停で一人、また一人と乗客が降りていき、終点の浜港まで乗っていたのは私を含めて三人だけだった。四十分以上かけて移動したため、バスから降りた瞬間首回りと肩がひどく凝っていた。目一杯伸びをすると、爽やかな海風が頬を撫でて心地良い。早速漂ってくる潮の香りが港町へ来たと実感させてくれる。この自然の匂いがたまらなく好きだった。
浜港は人通りが少なく、散歩にはうってつけだった。時折港の方からボーウという船が出港する時の音がしてどこか懐かしさを感じさせる。住んだこともないのに懐かしいなんて感覚はおかしいけれど、知らない町なのにこの場所には居心地の良さが溢れていた。
しばらく歩いてお腹が空くと、目についた定食屋さんに入った。一瞬穂花のお父さんがやっているお寿司屋さんに行こうかと迷ったが高かったらどうしようと思うと勇気が出なかったのだ。
しかし偶然訪れた定食屋で食べたイワシフライ定食が思いの外美味しくてお腹も満たされた。母のご飯ともちょっと違ったテイストで、サクサクとした衣に包まれた香ばしいイワシの味が口いっぱいに広がる。また食べたいと思わせる味だった。
昼食を終えると再び散歩を再会する。歩き疲れたら自動販売機でジュースを買い、近くの公園で一服した。鳥のさえずりや母親を呼ぶ小さな子供の声を聞きながら、秋の匂いを全身で嗅いだ。本格的に寒くなる前のこの空気がお気に入りだった。二度と訪れない高校2年生の秋が、まだ終わらないで欲しいと願う。




