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海月の日常  作者: 刹那翼
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凋零磨滅

この話のみ、若干の性描写があります。

気にされる方はここでブラウザバックのほど、よろしお願いします。

 好きな数字はゼロだ。正でもない負でもない。どちらにも属さない孤独な存在。無の境地に達する瞬間、それを経験することは人生の中でも多くはないだろう。

 ただ、その原点に到達する瞬間が絶頂を感じる瞬間。

 この世界の人間は『同化』すれば、無に帰す。その人物が歩んできた日々も無になる瞬間。そして、殺したことも消えてしまう、その刹那。なんともいえないバランスに保たれた瞬間こそが至福の時。そのゼロとイチが織り成す絶妙な狭間を愛していた。

 最初は人間が知を求めるように、ただの興味だったのかもしれない。『同化』する瞬間を観察したいという。器に徐々に水が垂れ、それが満たされたかのように、禁忌を抑えられなくなっていた。詳細な事柄は覚えていないが、この世から消えても問題ない人を選ぼうとした。パチンコ店に入り浸り、打つフリをしながら、周囲の人物も観察していた。毎日のように罵声を吐きながら台を殴る人物がいた。身なりは太っていないが少し不清潔で、一週間に一回選択する程度ではないかというほどの臭いがこびりついていた。こいつだと思った。それからはパチンコ店には入らず、その中年男性を尾行した。案の定と言うべきか、その男はコンビニエンスストアで若い女性店員に対して罵声を巻き散らしたり、競馬関連の新聞を買ったと思うとそれを地面に叩き付け足ですりつぶしたりしていた。また、酒を飲み干すと、そこらの茂みに何食わぬ顔で空き缶を捨てた。社会を浄化するためにも、こいつを『浄化』せねばなるまいと思った。

 存在を抹消するためにも、男とパチンコ店で関わることにした。

「ああッ、クソがッ!!!! ……クソ、金が足りなくなったじゃねえか」

「お金、貸しましょうか?」

「へっ」

 男に札をチラつかせた。すると、悪びれた様子もなく、不愛想に奪い取るかのように受け取った。

「ちっ、また負けちまった。おい、もう一回金渡せよ」

「あれ、おじさん。タダで渡すとは言ってませんよ?」

「あ? 黙って渡せや」

「じゃあ、こちらにサインしてくれます?」

 またしても、奪い取るかのように、契約書を受け取る。

「はっ。……ほらよ」

 サインを書いた契約書を受け取ると、二万円を彼に渡した。

 男が打っている最中に、横から話しかける。

「ちゃんと契約書、読みました?」

「は? 話しかけんな」

「これ、渡した瞬間から十倍の利子がつくって書いてありましたよね? あなたはそれに了承したってことでいいですよね?」

 中年は身動きをやめ、こちらを向いた。

「十倍? んなぼったくりがあるこった。あんた、ふざけるのもいい加減にしろよ?」

「それなら、これに書いてある組織に、あなたを抹消してもらいましょうかね」

 あくまでこの組織とは関わりは持っておらず、脅しとして使わせてもらったまでだ。その名前を見たのか、

「……ちょっと外で話そうや」

 騒音が鳴り響く店を出ると、近場の、人気のないカエルの鳴き声だけが聴こえる畑に歩いて向かった。

「二万返せばいいんだろ? ほら」

「ああ、どうも。でも、あと八万です」

「返したんだから許せ。な、ほら」

 肩をドスドス叩いてくる、異臭を漂わせた男に嫌悪感を抱く。やはり、許してはならない。

 男の懐に包丁を刺した。ゆっくりと体液がじわじわとにじみ出てくるのを包丁を持った手で感じ取る。

「な、おま、え。何を……」

 男の目の光が徐々に失われていくのをじっと見ていた。黄昏から闇に変わる美しさに似ていた。

 そして、その男との記憶が徐々に抜け落ちていく。部屋から不要な廃棄物を捨てたときの爽快感。膿を抜き切ったときの解放感。それらがその瞬間だけ感じられたような気がした。

 同化鬼にとってはこれ以上ない至福だった。

 同化鬼は存在の抹消を生業とすることを決めた。



 ある一通のダイレクトメッセージが届いた。

『私から金をむしりとる女を同化させてほしい』

 メッセージには女のプロフィールが書かれていて、顔写真が添えられていた。踏野舞。見た目は美人そのものだった。美しいものには毒がある、薔薇やクラゲのように。元々関係を持っていた男女。しかし、その美貌という匂いで罠へと誘う。今までの関係を使って、金を貪る。この世にいていいはずがない。

 ただ、存在を消すだけでは興奮に欠ける。関係を深めてから深淵に落とす方が良いに決まっている。瞳が光に満ちてから、闇に変わる方が美しい。

 その女の行動範囲を探り、仕事や行動時間、交友関係などを探った。勿論、名前からSNSでアカウントも突き止めようとした。判明できなかったため、女が通る際駅にあるはずのないものを置き、写真を撮るのを見送った。そして、その夜写真がSNSに挙げられているのを発見した。

 アカウントがわかったら話が早い。女の趣味や好みを探り、話が合う男を演じ近づいた。

 上手く近づくことができ、実際に会うのが決まった。

「はじめまして」

「はじめまして~! ……どうしたんですか? じっと見つめて」

「……いや、服装とか髪型とか、SNSで見るより綺麗で……。会うために色々長い時間掛けて来てくれたんだなと思って」

 女はとびきりの笑顔を浮かべた。この笑顔でこの世の男性の何人を地獄に落としたのだろう。

「やだ、嬉しい! そんなこと見てくれたの初めて! じゃあ、どこ行く?」

「舞さんが好きなブランドのお店行きませんか?」

「え! 良いの?! 行こ行こ!」

 あとは掌の上で転がすだけだ。ただ、褒めて褒めて地獄へ誘うだけだ。こいつがしてきたように。

「もう帰る時間だね……」

「……帰りたくないの?」

「もう、言わせないで」

「わかった。じゃあ、家来る? ここから近いんだ」

「え! 行っていいの?!」

 簡単な奴だ。蜘蛛の巣だとも知らずに、罠に飛び込んでいく。罠に誘うのは上手いくせに、誘われる側は慣れていないとは皮肉なものだ。

 女は先にシャワーを浴びた後、バスタオル一枚を巻いてリビングに出てくる。

「すごいお風呂も綺麗だね。シャンプーとリンスも良いもの使っているし」

「美しくあるには良いものを使わないとね」

「流石、見る目あるね!」

 女はそう言いながら、ベットに腰掛ける。肩も当たるくらい近くに腰掛ける。

「ちょっと、まだでしょ。シャワー浴びて来てよ」

 その言葉を遮るように、左手で女の口を塞ぐ。そして、女のバスタオルをゆっくり剥ぎ取り、女をベットに寝かせる。そのまま空いた右手でゆっくり首に手を当て力を徐々に入れていく。

 女は最初そういう『もの』だと思って恍惚とした目で見つめてきたが、五秒ほど経つと焦りの表情が目に滲みだした。声がより出ないように左手を一瞬女の口から離し、バスタオルを手にし女の口にあてがう。女の力が弱くなっていくのと比例して、女の目に力が失せていく。

 これだ。これなんだよ。興奮の余り、体がぶるぶると震え出す。自分の口から吐息が漏れ出る。

 そして、抵抗がなくなった。この世から、一つの生命が失せた。

 イチがゼロになる、この瞬間こそ、生きる意味だ。



 その後、依頼者から金をもらったが、『同化』させた記憶は失われ、また快感を味わいたいという連鎖に駆られていた。

 その一か月後ほどに、同化鬼は走る衝動を覚えた、横を通り過ぎていく制服を着た高校生に。

 艶のある肌、未来を見るような眼差し、夜空のように光る髪。黒い髪とは裏腹に、彼女をまとうオーラは周囲を明るく照らす太陽のように感じられた。まるで物語の主人公だ。若さの権化が目の前にいる。この手で『同化』させたい。今まで貫いてきた「社会を浄化する」精神とは違うが、どうしてもこの瞳の輝きが闇に堕ちる瞬間を見たかった。その衝動を表すかのように握った手が震えていた。

 どのように近づこうかと男は考えた。友達と遊んで一人になったときに狙おうと考えた。

 そして、その女性の名前が村井知佳だとわかった。また、一連の方法で休日に水族館に行くこともわかった。そこで近づき、交友を深めようと思った。

 その女性は、その女性を象徴するかのような純白のワンピースを着て、一人の友人と微笑みを浮かべていた。その笑顔から、天使と言われても不思議ではなかった。だが、決意は揺るがなかった。

 友人が一人でトイレに向かっているのを見届けて、純白の女性に話しかける。

「ずっとクラゲを見てますね。水族館まで来て、熱中して見るものなんですか?」

 突然声を掛けられ、女性は驚いた表情を浮かべる。

「え、ああ、変ですよね」

 やや困惑しながら、女性は応答する。声のトーンからは純朴さや上品さを感じた。きっと育ちが良いのだろう。

「変じゃないですよ。だって綺麗じゃないですか。何か興味でも?」

「興味というか……人間ってクラゲみたいだなって」

 思ってもいない返答だった。今まで多くの女性とやりとりし、大体の会話で相手を持ち上げることは容易になっていた。しかし、不意を突かれ、自分の考えに誘う質問ではなく、本心からの質問になってしまった。

「というと?」

「クラゲって死ぬと海に溶けるらしいんですよ。人間も世界と同化する。それって似たような存在じゃないですか?」

 この女性の知的な話に全く興味はないが、完全に相手のペースになっているように感じる。こうなっては、相手が言いたいことを全て吐き出させた方が上手く済むと考えた。

「へぇ、クラゲってそんな面白い生態があるんですね。

 それのどこが気になったんですか?」

 その美しい瞳は話しかけたとき以外、クラゲに向けられていた。

「存在していたものが、ただなくなってしまうことが気になるんです。

 その人の存在が完全に消えるってことは、その存在が無意味で、空虚なもののように感じたんです。

 そんな世界ってなんだか悲しくないですか?」

 母性を感じられるような凪いだ声色で問いかけられる。

 いや、問いかけというより、尋問のように感じた。まるで、今まで犯してきた罪を突き付けられるような。しかし、こうなっては逃げられない。

「それは一体どんなところが?」

 その美しい眼差しの先には、薄暗い水族館のライトでクラゲが煌めいていた。その姿はまるで闇夜を照らす星々や月のように感じた。そして、彼女の瞳も青く染まっていて、まるで小さな地球のようで綺麗だった。

「この世界は私達が存在してきたことを否定しているみたいに感じてしまうんです。

 でも、この世界は、地球はそんなに価値がない世界なのかなって。名前も記憶もなくなっても、バトンを繋いできたという事実はあると思うんです。それはクラゲも同じで、命というバトンを繋いできたから、今も海を浮遊しているんじゃないかなって思うんです。この海も生命が誕生した頃からずっと存在しているように。

 イチがゼロになるんじゃなくて、きっと残っているイチに何かのバトンを繋いでいると思いたいんです。だって、そう思わないと、クラゲの美しさが勿体なくないですか」

 連綿と紡がれてきた時間という巨壁。それは今まで犯してきた、悪の所業は否定するのに容易なものだった。

 同化鬼が今まで『同化』させてきた、いや、ゼロにしてきた”つもり”だった人間達。しかし、ゼロにはできていなかった。その事実を突き付けられた。

「そう、そうだね。話を聞けて、いや、君と出会えて良かったよ」

 自分の家に帰って自分の存在をゼロにしてしまおうと決意した。今までゼロにしてきた人物の消滅はゼロにしかならないと彼女の言葉を否定するためにも。

「警察です。署まで同行願います」

 少し白髪交じりの男性が自身の仕事を証明するカードを見せながら話しかけてくる。

 ああ、そうだよなと空を仰ぎ、大人しく男性に付いていく。



「イチをゼロにすることに快感を覚えた、か。そして、社会を浄化するためにやった、か。

 残念ながら、自分の存在をイチにできない人間が一定数存在する。あんたはその『マイナス』でしかない。マイナスのあんたが裁く権利はない。あんたは一連の『同化』事件の犯人だと実名報道された。つまり、あんたがマイナスの存在だと世界に発信されたんだ。

 確かに、この世の中は綺麗な部分もあれば、汚れている。綺麗なもので満ち溢れた方が良いかもしれない。ただ、綺麗なものばかりだったら、目が疲れると思わないか? ……清濁含めて、世界は綺麗なんだと、俺は思う。

 さて、あんたは罪を償った後、どうするか、だ。

 このままマイナスを突き進むか。これは簡単だな。マイナスからプラスになれるように進むか。簡単そうで難しい。付け加えて、あんたはマイナスに行き過ぎたからな」

 この男の達観したような声色に、自分の心が浄化されるような気がした。また、この男の優しい声色に言葉を全て受け止めようという気になれた。

「……あんたに『同化』を依頼した一人も俺が担当した。

 少なからず言えるのは、そいつはプラスに歩き始めた。

 あんたは、どうする?」

タイトルの凋零磨滅は文物などが滅びてなくなることという意味です。零が入る言葉をタイトルにしようと思っていたので、少しでも作品内容とかぶる、この言葉にしました。

本当に、念のため、弁明しておきたいのですが、私は殺人衝動に駆られたこと、ましてや主人公のようにストーカーをしたことはありません(笑)ただ、知を追い求める部分は一致しているとは思います。ただ、その知りたいという気持ちが悪をもたらすことがあると思い、それをこの作品に表現したつもりです。

この話だけは本当に難産で、登場人物の名前・一人称三人称小説どちらにするかなど、本当に悩みました。

結論として、登場人物の名前は同じ名前の人がいると嫌悪感を覚えると思うため、伏せました。また、三人称小説にした理由としては、客観的に主人公の行動を見てもらい、善悪を判断していただければ幸いです。

さて、次の投稿が最後の主人公になります。次回も楽しんでいただけると幸いです。

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