肉
今日もまた私が先に目を覚ました。
ふと手のにおいを嗅いでみると、ものすごく臭かった。夜中に何度もあそこを掻いたのだろう。
今日はシャワーを浴びよう。
シャワーを終えて部屋に戻ると、シマはもう目を覚ましていた。
「最近早ぇな」
ふははは、すごいだろう。
「老人みたいだ」
あぁん?
「うるさい!」
まったく、憎まれ口ばかり叩く男だ。こんなんじゃ誰も嫁に来てくれな⋯⋯
ちゃんと顔を洗って歯を磨く。ここまでちゃんと出来た朝は初めてだった。
「おはよー」
相変わらずモグラさんは朗らかだった。
「ユキちゃん、今日は臭くないねぇ⋯⋯ハッ! ごめん!」
モグラさん、いつも私のことくさいと思ってたんだ。でも、当たり前のように言ってくる失礼なヤクザどもを見てきたから簡単に許せてしまう。
「いいんですよ、臭い私が悪いんですから」
「そんなことないよ〜! ユキちゃんはいい匂いだよ〜! めっちゃいい匂い!」
気を遣わせてしまった。
気まずい雰囲気で現場まで送ってもらい、またいつものように2人で穴を掘り始める。もちろんモグラさんは監督ポジション。
「ユキちゃん、慣れてきたね〜」
モグラさんに褒めてもらえるとなんだかやる気が出る。
「俺の方が掘ってますけどね」
「そりゃ腕力が違うんだもん! 当たり前でしょ!」
「あ? 結果が全てだろ」
なんでこいつは素直に褒めてくれないんだろうか。まったく、これだから筋モンは。
「まぁまぁ2人とも、どっちもすごいからね〜、助かってるよ〜」
えへへ。
それにしてもモグラさんは大人だなぁ。それに引き換えこの小学生は本当にずっと小学生だな。
「ねぇシマくん」
モグラさんがシマを呼んでいる。
「はい、どうしました?」
「そろそろこの子に夜の方もやらせてみようかな〜なんて思ってるんだけど」
「そうですか、でもこいつはまだまだ心の準備が足りねぇと思うんで⋯⋯」
「でもやらせてみようかなーって思ってるんだ〜」
「いや、ちょっとまだやらせないほうが⋯⋯」
夜の方。私、あそこ臭いけどいいのかな。
「2回も刃向うんだな、お前。覚悟は出来てんのか?」
モグラさんが怖いモードに入ってしまった。私が間に入らねば⋯⋯
「モグラさん! 私、夜の方は慣れてますんで、やりますよ!」
「ユキ、お前は黙ってろ」
シマが口を挟んだ。いや、挟んだのは私か。
「どうしてもやらせたくないんだね〜、しょうがないなぁ。じゃあまた今度の機会にするかねぇ」
シマの凄みのある表情を見てか、モグラさんは大人しくなった。
しばらくして、私はこっそりシマに話しかけた。
「エッチくらい別によかったのに。モグラさんに逆らっちゃって大丈夫だったの?」
「黙って掘れ。それに、夜ってのはセックスの事じゃねぇよ⋯⋯」
シマが私を睨んで言った。怖かったのでこれ以上なにも言えなかった。
気まずい雰囲気のまま、また日が暮れた。朝の車内の気まずさのほうがどれだけマシだったか⋯⋯
「シマくん、お腹減ってるとこ申し訳ないんだけど、ちょっと連絡があったから残ってってくれる〜?」
「⋯⋯分かりました」
どうしたんだろうか。トリヤマからだろうか。
「車呼んどいたから、悪いけどユキちゃんは先に1人で帰っててくれる〜? もうすぐ来ると思うからぁ」
「はい」
モグラさん以外の人と2人きりになるのか。食堂で見かけたことはあっても、誰とも喋ったことがなかったので少し緊張した。
まだかなぁ。
疲れたなぁ。早く車に乗って座りたい。
それにしても、シマは元気そうだなぁ。あんだけ掘って疲れてないのかな。なんであんなに掘れるんだろう。どんだけ筋肉詰まってんだろね。ラオウかな? ヌオーかな? あ、ヌオーはポケモンか。
そんなことを考えていると、遠くにライトが見えた。迎えだろうか。
「あっ、来たね〜」
そうだったみたいだ。
「ごめんねっ! お待たせっ!」
「この子、最近よく話題になってるユキちゃんね〜。頼むよゴンちゃん」
この運転手はゴンちゃんというのか。
でもさすがにゴンちゃんなんて呼べないよね。ちゃんと本名で呼べよな、モグラさん。なんて呼べばいいか分かんないよ、んもう。
後部座席に乗り込むと、ゴンちゃんがこちらを向いた。
「よろしくねっ! ユキちゃんっ!」
「こちらこそよろしくお願いします!」
ゴンちゃん、全部の語尾に「っ」が入るんだね。なんかスタッカートみたい。スタ爺と呼ぼう。もちろん心の中でね。
初対面だったこともあり、あまり会話は弾まなかった。少しだけ好きな野菜の話をしたり、好きなアニメの話をしたり、好きなパチンコ台の話をしたり、昔のドジっ子エピソードを話したり、ゆかり派VSのりたま派で論争をしたりしたくらいだった。ゆかり派の私は見事勝利した。
食堂の近くに車を停め、2人で中に入った。
今日もカレーの匂いがする。一生カレー生活か? 好きだけど、さすがに飽きるな。毎日こんなにお腹空かせてるのに飽きるって、人間って贅沢だなぁ。
そういえば、なんでこんなにお腹空いてるんだっけ⋯⋯
そうだ! モグラさんがまたおにぎり忘れたんだった!
いつものように私は表面張力を利用して、カレーをギリギリまで皿に盛った。
「ユキちゃんは面白いねっ! おかわりし放題なんだからそんなリスク侵さなくてもいいのにっ!」
スタッカートすぎてなんか笑えてきたんですけど。
「負け戦こそおもしろいのよ!」
「おっ、慶次だねっ! よっ! パチンカスっ!」
「ゴンちゃんこそ、そんなちょびっとでいいの? 慶次だったらこう言うよ? 『勝ち戦で手柄首をかせぐのか? そんなうすみっともないまねができるかよ!』って」
もう私とゴンちゃんは仲良しだから、こんな言葉遣いしても大丈夫なんよ。
シマが特殊だっただけで、基本的に私はコミュ力高いのよ! だてに接客業でナンバーワンやってなかったわよ!
「僕は慶次じゃないからねっ! どんな手を使おうが勝てばいいのっ!」
「ジャギじゃねーか!」ボカッ
「ギャハハハハっ!」
ついつい手が出ちゃったけど、ゴンちゃんも喜んでるしいいか! ゴンちゃんめっちゃおもしれー! すげー気が合うし、サイコーのコンビじゃんよ!
さー食べるぞ!
「ユキちゃんっ! ちゃんといただきますしないとインド人に怒られるよっ!」
「なんでインド人? カレーだから?」
「そうだよっ! この村ではインド人は神様なんだっ!」
すげーなおい。
「私、実はインド人に育てられたんだ。もう縁は切られたけどね」
「えっ!? ありがたやぁ⋯⋯っ! ありがたやぁ⋯⋯っ!」
どうやって発音してんだよ。
「まぁ私は日本人だけどね」
「なんだよっ」
めっちゃ冷めるじゃん。もう食べていいかな、お腹減った。あ、いただきますしないと。
「いたーだきま」
「ユキちゃんっ」
なんで邪魔すんのよ。お前が言えっつったんだろーが。
「外の世界のカレーってどんな感じっ?」
「え? 知らないの?」
「うん、71年間ずっとここにいたからねっ!」
マジで!?
「じゃあ、もしかしてカレー以外食べたことないの?」
「カレー以外に食べ物ってあるのっ? カレーの種類があるだけじゃなくて、カレー以外に食べ物が存在するのっ!?」
そこまでなの!?
「はいはいワロタワロタ」
どうせ嘘だろうから私はスルーしてカレーを食べ始めることにした。だって腹ぺこだもん。腹減りコプターだもん。え? 2点? うっさいな。
ん、今日の肉なんか硬いな。まぁ余裕で食べられるくらいではあるけど、前のより硬い。でも文句言っててもあれだし普通に食べるよ。
そういえばこれ、なんの肉なんだろう。牛肉ではないよな、味違う気がするし。てかスパイスすごすぎてよく分かんないけど。とりあえず違いそう。
かといって豚かといわれてもなんか違う気がする。ラム? いや、ラムなら大嫌いだからすぐに分かる。てことは⋯⋯
なんだろう。なんか他にあったっけ、肉って。クマとか? あ、山の中だからクマとか捕まえてカレーに入れてるんだな! だから肉入ってる日と入ってない日があるんだ!
なんてね。認めたくないけど、なんとなく分かっちゃったかも。
人間、だよね。これ⋯⋯
おげえええええええええ!!!!!!!
「どうしたんだいユキちゃんっ! ハイドロポンプかいっ? 激辛のハイドロポンプかいっ?」
そんな場合じゃねーわ! ポケモンの話なんか出来るわけねーだろアホが! てか、ハイドロポンプって口からじゃなくね?
こいつは知ってるんだろうか、この肉が人間の肉だということを⋯⋯いや、確定しているわけじゃないから黙っておいたほうがいいか。
「ごめんなさい、スカトロプレイした時のことを思い出しちゃって⋯⋯」
「カレー食べてる時になんてこと言うんだ⋯⋯っ」
ゴンちゃんが絶望した表情をしている。なんか、ごめん。
結局私はご飯だけをモリモリ食べ、部屋に戻った。シマはまだ帰ってきていなかった。
そうだ、シマ⋯⋯
だから吐いてたんだな。
でもさ、ならなんで教えてくれなかったの? 確かに体力はつけなきゃいけないけどさ、人食べるくらいならご飯だけで我慢するのに!
もしかしたら、私にはなにも知らせないまま逃がすつもりだったのかな。逃げ延びれても人間を食べたっていう事実は一生つきまとう。だから、シマは私のことを思って⋯⋯
いやでも、あいつ中身は小学生だぞ? そんなこと考えるか?
でもでも、こういうツラさは人一倍味わってるわけだから、本当に私のことを思ってやってくれていたのかもしれない⋯⋯
12時を過ぎてもシマは帰ってこなかった。
もしかして、シマの身になにかが! 昼間にモグラさんに逆らったからなにか酷いことをされているのでは!
1度そう思い始めるとそうとしか思えなくなる。
しかし、睡魔はやってくる。昼間にあれだけ働いたのだ。抗おうとしてもまぶたがどんどん降りてくる。
シマ、大丈夫かな。
シマ⋯⋯