キレイ
朝起きると、隣でシマが眠っていた。ごま煎餅のような体臭だった。私はうんこみたいな臭いになっていた。
1日シャワーを浴びなかっただけでなんでうんこになんなきゃいけないの? なんでシマはごま煎餅で済んでるの?
世の中理不尽なのは知ってたけど、まさかここまでとは⋯⋯
『プビリポス!』
シマはよほど疲れているようで、私が隣でどデカい屁をしても目を覚まさなかった。フヒヒ、今日は私が起こす番だな。
それにしても、こんなに起きないのなら今のうちに逃げ出せたりするんじゃない?
⋯⋯いや、無理か。広すぎて方角も分からない上に、ここは山の中だ。逃げ切るより前にモグラさんたちに見つかるか遭難してしまうだろう。
私は歯を磨いて顔を洗った。その後すぐにモグラさんが来たので、シャワーを浴びる時間はなかった。シマは私が起こした。
昨日同様モグラさんの車に乗り、何も無い場所へ連れていかれる。今日は新しい場所のようで、穴が掘られた形跡は見当たらなかった。
「シマ、あんたはいつまでここにいるの?」
ふと思ったのだ。もしこれが私1人だったら、と。
「さぁな⋯⋯なんだ、俺がいなくなると寂しいのか?」
やっぱ小学生だこいつ。
「寂しくなんかありませーん!」
そういえば私の監視のためにとか言ってたけど、シマが帰ったら誰が私を監視するのだろうか。
「お前、元気だな」
確かに私は元気だ。精神的に少しおかしくなっているところもあるが、思っていたより環境が良かったからまだ正気でいられるのだ。
穴の用途も、私の見ていないところで全てが行われているようだし、寝るところもちゃんとあるし、手と腰の痛みを除けば不満はひとつもない。
「元気よ。山奥でこうやって暮らすのもいいなって思い始めてる」
「帰りたいとは思わないのか」
「うん、家族にも縁切られてるし、ご飯も作ってもらえるし寝る場所もあるし、ここは天国よ」
嘘ではない。慣れれば本当に天国に感じられるようになるだろう。
「それは良かったなぁ。ぼくとしても嬉しいよ〜」
モグラさんも喜んでくれている。地雷を踏まなければ怒ることもないし、本当に良い人だ。
「シマは帰りたいとは思わないの?」
「まぁ、こっちのほうが楽だからな」
「言うねぇ〜」
これで楽なのか⋯⋯
「でも、家族に会いたくないの?」
「あ?」
してはいけない質問だったのか、シマが私を睨んだ。この時初めて、シマの左目が義眼だということに気がついた。
この義眼にどんな背景があるのかは分からないが、ヤクザということもあって、どうしてもイヤな想像をしてしまう。
「さ、そろそろご飯食べようね〜」
作業を始めて4時間くらい経ったところでモグラさんが声をかけてくれた。
てっきり昼ごはんは出ないものと思っていたが、今日はあるのだろうか。
「ごめんねぇ、本当は毎日作るつもりだったんだけど、昨日と一昨日は忘れてたんだ」
2日連続で忘れることってあるかよ。そのせいで私たちは腹ぺこ状態で穴掘ってたんだぞ。
「はいどうぞ」
モグラさんはおにぎりを2つずつくれた。真っ白のおにぎりだ。当然腹は減っていたので、マメだらけの手ですぐにいただいた。
中には激辛カレー味のお肉が入っていてた。まあまあ美味しかった。シマは2個とも食べたけど、やっぱり吐いてた。そのへんで。
吐くくらいなら食うなよなとも思ったが、モグラさんがせっかく作ってくれたものだから気を遣って食べたのだろう。
それから日が暮れるまで3人でしりとりをしながら穴を掘った。モグラさんは相変わらず見ているだけで一切掘ることはなかった。1番掘りそうな名前なのに。
今日の夜もカレーだった。ただ、肉が入っていなかった。調達出来なかったのだろうか。昨日はゴロゴロ入っていたのに、調節して今日に回してくれても良かったじゃないかとも思ったが、不満を言っても仕方がないので我慢して食べた。なぜか今日は中辛だった。シマは10杯食べていた。
「お前、昼に家族のことを聞いてきたな」
「6」に戻るとシマが口を開いた。
「この指輪はな、形見なんだ」
「えっ」
ということは、奥さんはもう⋯⋯
「妻はこの村で、俺の目の前で殺されて、埋められた」
そ、そんな⋯⋯!
「その時に俺の左目も一緒に埋められちまったんだ」
「ならなんでヤクザなんてやってるのよ!」
1番憎んでいる相手じゃないか。なんでそいつらに協力するんだ。
「逃げられねぇんだ。唯一の肉親である俺の母親が人質に取られてる」
「そんな⋯⋯」
この男がこんなにつらい思いをしていたなんて知らなかった。知らずに死ねだの小学生だの、私はなんて酷いやつなんだ⋯⋯
「話してくれてありがとう。つらいよね。でも、なんで私に話してくれたの?」
心を開いてくれているのだろうか。
「分かんねぇ。お前はバカで臭くて嫌なヤツだけど、なんか話せちまったんだ」
臭い臭い言われるとすごく傷つくんだけどな。
「よく聞けユキ、俺は隙を見てお前をここから逃がしたいと思ってる」
突然のことで驚いた。
「でも、そんなことしたらあんたの身が危ないんじゃ」
「俺のことは気にするな。お前を逃がしたくなったんだ、お袋も多分許してくれるさ」
この時のシマは、少しだけ優しい目をしていた。
「どうしてそこまで⋯⋯!」
正直、そこまでされるような関係ではないと思った。風俗嬢時代もほとんど喋ったことはなかったし、ここでも私が元気すぎて迷惑かけてばかりだったし。
「分かんねぇ。お前はバカで臭くて嫌なヤツだけど、どうしても逃がしてやりてぇんだ」
分かんない尽くしかよ。しかもまた臭いって言われたし。
「でも私、ここでの暮らしそんなに苦じゃないよ?」
「バカ!」
ストレートに言われた。
「忘れちまったのか、働けなくなったら殺されるんだぞ? そんなとこに居ていいわけねぇだろ」
完全に忘れてた。埋められてる人たちのことを他人事のように見てたけど、そのうち私もそうなるかもしれないんだった。
「でもあんた、そのうち帰っちゃうんでしょ? だったら私を逃がせなくなるんじゃない?」
「お前どこまで嫌がるんだよ。そんなに俺に逃がされたくねぇのかよ」
そういうことではないけども。
「口だけかもしんないじゃん」
「男が嘘つくわけねぇだろ!」
男は嘘つきだよ。少なくとも、私が関わってきた男は1人残らず嘘つきだった。
「俺はずっとここにいる」
「なんで?」
「いつか帰るってのは嘘だったんだ。兄貴から正式に言い渡されたよ、ずっとここに居ろってな。島流しみてぇなもんだ」
「そんな、じゃああんたもいつか⋯⋯!」
「俺はへばんねぇよ」
「そうだったわね」
無尽蔵の体力だもんね。
「でも私、ここから逃げ出してからどうすればいいんだろう。上手くやっていけるかしら⋯⋯」
「お前なら大丈夫だ。顔もキレイだし、必ずいい男に出会える」
「えっ、今私のこと『キレイ』って⋯⋯」
シマは答えず、そのままいびきをかき始めた。もしかして、シマは私のことを⋯⋯
「臭いけど」
死ね!!!!!!!!!!!!!!