「人分」
「おい、起きろ」
シマの声で目を覚ました。時計を見たら8時を回っていた。なにが「朝が早い」よ。人気嬢だった頃はもっと早くから出勤してたわよ。
「おはよ〜」
外に出るとモグラさんが運転席の窓から挨拶をした。
「おはようございます」
私たちは挨拶を返して車に乗り込んだ。ギリギリに起こされたので顔を洗ったり歯を磨いている暇はなかった。
「着いたよ〜」
昨日と同じくトランクからシャベルを取り出し、穴掘りに向かう。昨日掘っていた途中の穴を見つけ、私はそこまで歩いた。
隣の穴は埋められていた。シマが掘っていた穴だ。
私はゾッとした。もしかして、この中には人が⋯⋯
「シマ、もしかしてこの下って⋯⋯」
「余計な詮索はするな、死にたくねぇだろ?」
シマは怖い目をしていた。
恐らく昨日私たちが帰ってから夜中にでも埋めたのだろう。この下にはどんなことをした人が埋まっているのだろうか⋯⋯
掘りながら隣の穴を見つめていると、周りに赤い鱗のようなものがいくつか落ちていることに気がついた。拷問されて埋められたんだ。私も使えなくなったらこんな風に殺されてしまうのだろうか。なんとしても生き抜かないと⋯⋯!
「そういえばシマ、あなた何歳なの?」
「黙って掘れと何度言ったら分かるんだ」
私は昔から静かにしていられない性格だった。
学生時代も先生がテスト範囲の話をしている時に水戸黄門の話を始めたり、風俗の客が喋っているのを遮って百葉箱を舐めた時の話をしたり、とにかく落ち着きのない女だった。
「手を動かしながらだったら喋っててもいいよ〜。そのほうがやりやすいだろうしねぇ」
モグラさんが私の味方をしてくれた。
「でも⋯⋯」
「なんだ?」
「そうっすね⋯⋯」
シマがここまでモグラさんの言いなりになるなんて、彼はいったいどれだけの力を持っているのだろう。
「そういうことだからユキ、何か喋れ」
清々しいほどの手のひら返しだ。さっきの質問しよ。
「何歳なの?」
「34だ」
私のちょうど10個上だ。といってもオッサンというわけではなく、どちらかといえばかっこいい部類に入るだろう。まぁ私は大男は好みじゃないけど。
「お前は?」
「24よ」
「ガキが」
なんでいちいちこういうこと言うかな。全然ガキじゃないのに。
私も何か言ってやりたい。
「あんた、好きな食べ物なんなのよ。私は激辛カレーよ。大人だから」
「お見合いみたいな話題だねぇ」
モグラさんが暖かい目で見ているが、そうではない。今度は私がシマをガキ扱いしたいのだ。
「大人だから、じゃなくてインド人だからだろ。俺はプリンが好きだな」
「インド人じゃないわよ! インド人に育てられただけ! それにしても、プリンが好きだなんてお子ちゃまねぇ〜」
やり返してやったが、シマはまったく気にしていないような顔をしている。
「ギャップ萌えってやつだねぇ」
モグラさんは人を褒めるのが上手なんだな。
「好きな女性のタイプは?」
「ぼくはゴボウかなぁ」
モグラさん、もう次の話題行ってるから。それにしても渋いな。ゴボウて。まぁ私も好きだけど。
「ゴボウは俺にはちと細すぎますね、ムッチリがいいな」
あ、ゴボウって体型の話だったの? そうだとしてもなんなんだよ。ゴボウみたいな子が好きですって男なんて見たことないぞ。
「まぁお前以外なら誰でもいいよ」
また憎まれ口を! これはもはや男子小学生が好きな子にやるちょっかいのかけ方と一緒なのではないか。
相変わらず手の痛みは続いている。
でも、シマとの会話のおかげで和らいでいる気がする。ムカつくけど。
そういえばシマは指輪をしていたな。女性のタイプは奥さん一択じゃないのだろうか。まぁ所詮タイプの話だし、この場のノリで言っただけか。それにしてもムカつくな、私以外って回答。
「はーいそろそろ帰ろうね〜」
モグラさんの合図で私たちは手を止めた。
今日はなんとか1個分は掘れた。
いや、待てよ? 1個分てなんだよ。今、当たり前のように人を埋めるために掘ってる穴だって思ってたよね、私。
実際そうなんだろうけど、もうちょっとこのことに対して抵抗あれよ、私。2日目にして私の脳はヤクザに染まっちゃったの?
シマの方を見てみると、2.5人分くらい掘ってあった。
いやいやいや! 「人分」って言っちゃダメだろ私! いつのまにヤクザになったんだよ! 私は被害者なんだから、こっち側に来ちゃダメだろ!
「さっきから何やってんだお前。幽霊とチョップで戦ってんのか?」
チョップじゃなくてツッコミだよ! 幽霊じゃなくて自分に突っ込んでたの! それにしてもよくこんな場所で幽霊とか言えるな! 怖いわ!
「なんでもないわ、行きましょ」
言えないもんね。
「なんでもないわけないだろ。あんなキモイ動きして」
「はぁ!? どこがキモイのよ! やっぱあんた片想いちょっかい小学生ね!」
「なんだそりゃ、やっぱお前イカれてるよ。はは」
「なんですって!?」
「早く乗れ、クズども」
モグラさんの鶴の一声で私たちはいがみ合いをやめ、仲良く後部座席に座った。おててもちゃんと膝の上に置いた。ルームミラーに写るモグラさんの目が怖かったからだ。
食堂に行くと、誰もいなかった。私たちがいがみ合っている間に食べて帰ったのだろうか。
今日も激辛カレーだった。シマは白飯だけを皿によそい、モリモリ食べていた。私は当然激辛カレーをいただいた。7回おかわりした。
「6」の家に帰った私たちは疲れていたせいか、すぐに眠ってしまった。シマはともかく、私もシャワーを浴びずに寝てしまったのだ。何時間も肉体労働をしたにもかかわらず、シャワーを浴びずに⋯⋯