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シマの目  作者: 七宝


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3/7

カレー

 どうしよう。まだ50センチくらいしか掘れていないのに手が痛い。モグラさんに言ってみるか⋯⋯


「モグラさん、手が痛いです」


「つらいよねぇ、でも頑張ってね」


 続けろということだろう。


「お前、自分の立場忘れてねぇか?」


 シマが横から口を出してきた。


「忘れてないけど、痛いものは痛いのよ」


 忘れるわけないじゃない。借金を何倍にもされて返せなくされて、こんな山奥に連れてこられて、いつ帰れるかも分からない。そんな状況でも手は痛くなるのよ。


 手にマメができてきた。生まれて初めての経験だった。


「あの、マメできたんですけど」


 またモグラさんに聞いてみた。見た目で分かるようなものなら少しくらいは大目に見てくれるのではと思ったのだ。


「痛いよねぇ、でも頑張ってね」


 さっきと同じ答えが返ってきた。

 でも本当に痛いんだ。こんなに痛かったら明日なんて1日寝てないと⋯⋯そうだ!


「血も出てきてて、このままだと明日働けないかもしれません!」


 どうだ! これで絆創膏くらいはくれるだろう! 少しくらい休ませてくれるだろう!


「うるさい女だな。シマ、こいつは礼儀正しいんじゃなかったのか。最初だけか」


 モグラさん⋯⋯? 優しい人じゃなかったの?


「ここに来るような奴はみんなマトモじゃありませんよ、モグラさん」


「そうだったな」


 私はマトモよ! 私は少し借金をしただけで、勝手にそっちが返せないようにしたんじゃない! と言ってやりたかったが、男2人に強く言えるはずもなかったので、この叫びは心の奥にしまい込んだ。


 そういえば、「ここに来るような奴」って、他にも誰かいるのかしら。確か行きの車でもモグラさんが「今度の子は〜」って言っていたわね。ということは、後で仲間に合流出来るかもしれない!


「いいかユキ、どれだけ疲れようと、どれだけ血が出ようと穴を掘れ。それだけがお前の生きる道だ。穴が掘れなくなったらお前は殺されるんだ」


 殺されるって⋯⋯じゃあ私、一生ここで穴を掘って生きていくしかないってこと? そんな⋯⋯


 絶望しながら穴を掘った。手も痛かったし、腰も痛かったけど、死ぬよりはマシだと思って掘り続けた。


 薄暗くなった頃にモグラさんが口を開いた。


「そろそろ帰ろうか」


 結局私はシマの半分くらいしか掘れなかった。でも女の腕力だし、仕方がないわよね。


「モグラさん、こいつの穴小さくないですか?」


 シマが余計なことを言った。


「とりあえず今日はいいよ〜、明日続きをやろうねぇ」


 昼間の怖い口調はなくなって、優しいモグラさんに戻っていた。


「はい!」


 私たちはモグラさんの車に乗り込み、どこかへ運ばれた。


「着いたよ〜、2人とも今日はお疲れ様」


 モグラさんは家がいくつかある場所に私たちを降ろすと、そのまま車でどこかへ行ってしまった。


「行くぞ」


 シマに手を引かれ、私は歩いた。


 ひとつだけ周りより大きな家がある。シマはそこに向かっているようだった。


 近くまで行くと、カレーの匂いがした。この時初めて私の腹が鳴った。ずっと腹は減っていたはずだが、大変すぎたせいで空腹というものを忘れていたのだ。


 中に入ると数人の老人が座ってカレーを食べていた。村人全員という訳ではなさそうだった。


 部屋の奥に大きな鍋があった。私はシマに手を引かれ、そこまで歩いた。


「ほれ」


 シマが私に真っ白な皿を差し出した。


 鍋にはカレーが入っている。隣には大量のご飯もあった。


「すごい! もしかして食べ放題?」


 大好物だったので興奮してしまった。


「そうだ。体力をつけなきゃ出来ねぇ仕事だからな」


 シマは小盛で1杯、私は大盛りを3杯食べた。不味くはないけど美味しくもなかった。そして激辛だった。CoCo壱で例えると10辛くらい。


 シマは胃腸が弱いようで、それから何度もトイレに駆け込んでいた。私はインド人に育てられたので、ちょうど良い辛さだった。激辛バンザイ。


「行くぞ」


 3度目のトイレから出たシマが私に言った。口を手で拭っている。もしかして吐いていたのだろうか。どんだけ弱いんだ。


 私たちはカレーの建物を出て、少し歩いたところにあった「6」と書かれた家に入った。


「ここは俺とお前だけの部屋だ。本当は1人1部屋なんだがな、俺はお前の監視をしなきゃいけねぇんだ。それと、この部屋にあるものは好きに使え。風呂もある」


 テレビもあったし、ベッドもあった。1つだけだけど。


 思っていたより、それどころか今まで住んでいたところよりも数倍良い環境だったので拍子抜けしてしまった。もっと酷い場所で泥にまみれながら眠るのだと思っていたからだ。


 私はシャワーを浴びて1日の汚れを流した。シマは私が逃げるかもしれないからとシャワーを浴びなかった。くっさい。


 それから2人でグルメ番組を見た。


「もうこういうものは食べられないのかな」


 私がそう呟くと、シマが答えた。


「分かんねぇ」


 無理だと言わないのか、と思った。もしかして何日働けば解放とかあるのかも?


「そろそろ寝るぞ、明日も朝が早い。俺は床でいいからお前はベッドを使え」


 ヤクザのくせに妙に優しい。そこが気になったけど、気にしていてもしょうがないので私も寝ることにした。


「私が可愛いからって襲わないでね」


 シマは怖かったけど、なぜかこういうことを言っても大丈夫だという自信があった。


「襲うわけねぇだろバカ。お前クラミジア仕込まれてんだろうが」


 やっぱりこいつは嫌いだ。バカにしたり酷いこと言ったりしてくる男は全員嫌いだ。死んでしまえ。私はそう思いながら眠りについた。

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