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シマの目  作者: 七宝


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2/7

 その日はシマが借りているアパートに泊まり、翌朝出発した。シマの運転する車で山奥の『ある村』へ向かうのだ。


 私は後部座席で考えていた。


 はたして山奥に私なんかが出来るような仕事があるのだろうか。

 力もなければ頭も悪くて、アルバイトをしたこともなくて、ものすごくあそこが臭くて、人より優れているのは性技だけという私に出来る仕事とはいったい⋯⋯


「シマさん、今から行くところってどんなところなんですか?」


 シマはカーブが終わるとゆっくりと話し始めた。


「とにかく人が少ないところでな、老人ばかりの11人でやってる村だ」


 私は村というものにそんなに詳しくないので、11人が多いのか少ないのか分からなかった。いや、「多い」ということは絶対にないか。


「そういやお前、名前は?」


 呆れた。何度も顔を合わせているのに私の名前を知らないだなんて、そんなに私に興味がないのだろうか。


「ビトウ ユキです」


「そうか⋯⋯ユキ、今は兄貴もいねぇしタメ口でいいぞ」


 この人はもしかしたら優しい人なのかもしれない、そう思った。


 思い返してみても彼に嫌なことをされた記憶はなかった。いつもトリヤマについて歩いていたが、もう1人のガリガリチンピラとは違って私には何もしてこなかったのだ。


「お(まえ)、後悔してるか?」


 意外によく喋る男なんだな、と思った。私のこの男に対するイメージがいつも無口でぶすっとしていて、1人が好きそうな感じだったからだ。


「そりゃ後悔してるわよ。誰が好き(この)んでこんな風になるのよ」


「はは、そうだな」


 なに笑ってんのよ、この男。やっぱりこの男も同じだ。私をバカにしているんだ。当然と言えば当然か、私みたいな女に同情する奴なんているはずないものね。自業自得だもの。


 ここで会話は途絶えたので、私は村に着くまで眠ることにした。昨日は全然眠れなかったからだ。ヤクザの男と2人きりでなんて寝られないわよ。


「着いたぞ、起きろ」


 シマの声で目を覚まし、外へ出てみると、そこには広大な土地が広がっていた。


「どこに行けばいいの?」


「ここがもう村だ」


 意味が分からなかった。ここはどう見てもただの何もない土地だ。近くに建物も見当たらないし、地面もやたらと柔らかい。


「ちょっと待ってろ」


 そう言うとシマはポケットからケータイを取り出し、どこかへ電話をかけた。

 山奥とはいえ電波が通じるところなんだなと思うと、少しだけ気が楽になった。


「着きました。ええ、西の入口です。お願いします」


 シマが電話を切ってから5分ほどで1台のワゴン車がやってきた。ナンバーがついていない。この山の中だけで使っているのだろうか。


「乗れ」


 シマの命令に従い、後部座席に乗った。後からシマも乗ってきた。


「シマくん、実はなんだけどねぇ」


 数分この開けた土地を進んだところで運転手が初めて口を開いた。ルームミラーに映る優しそうな彼の目元には、老齢を思わせる深い(しわ)が刻まれていた。


「はい、なんでしょう」


「コダイラさんが死んじゃったんだよねぇ」


「なっ⋯⋯! 誰に()られたんです?」


「風邪だよ、風邪。ぼく達ゃもうジジイだからねぇ」


「そんなことありませんよ、皆さんまだまだお若いです。それにしてもまさか風邪とは⋯⋯」


 シマのこの言葉遣い、この老人もヤクザに違いないと思った。ヤクザの大男がこんなジジイ相手に敬語を使っているのだ、只事(ただごと)ではないだろう。


「というわけでね、人手が足りないんだ。シマくんもしばらくこの村にいてくれないかねぇ」


「⋯⋯分かりました。兄貴に連絡しておきます」


 渋々、という感じだった。やはりキツい仕事なのだろうか。


「お嬢さん」


「はいっ!」


 運転手の老人に呼ばれた。いきなりだったのでびっくりしてしまった。


「自己紹介が遅れてごめんねぇ。ぼくはモグラ、この村の長だよ」


 名前、モグラなんだ。なんか可愛いかも。


「ユキです。よろしくお願いします」


「シマくん、今度の子は礼儀正しくていいねぇ」


「ええ、まあ」


 モグラさん、良い人っぽくてよかった。この人とならやっていけそうな気がする。


 やっていける⋯⋯


 そういえば、いつまで?


「モグラさん、私はここでいつまで働けばいいんですか?」


「さぁねぇ」


「私は何をするんですか?」


「行ってみてのお楽しみだねぇ」


「ユキ、質問ばかりするな」


 シマに怒られてしまった。だってなにも知らされずにここまで来たんだもの、少しくらい質問させてくれてもいいじゃない。


 しばらくして、家のようなものがいくつか見えてきた。ここで私は暮らすのか⋯⋯


 そう思っていたら、家を通り越してしまった。ここはどれだけ広い場所なのだろうか。


「不安か」


 シマが聞いてきた。


「当たり前でしょ」


「だろうな」


 そう言ってシマはまた静かになった。


 後悔してるかとか不安かとか、なんのつもりなのよ。聞くだけ聞いてそれからは興味なしみたいな反応ばかりして。バカにしてんじゃないわよ。


「そろそろだよ〜」


 モグラさんの声にふと顔を上げると、村に来た時のような風景が広がっていた。ただの土地だ。


「さ、降りて」


 車を停めたモグラさんが言った。こんな何もないところに降りるのか。


 シマは車を降りるとトランクの方に行き、中から何かを取り出した。


「ほれ」


 そう言ってシマが大きなシャベルを差し出したので、私は両手で受け取った。重かった。こんな重いものを片手で軽々と渡すなんて、やはりシマは力持ちなんだなと思った。


「ほれ」


 ⋯⋯? もう受け取ったけど。


「ほれ」


 ?


「早くほれ」


 あっ、「掘れ」か。


「どこをですか?」


「そのへん」


 そのへんって⋯⋯


「どれくらいの深さを掘ればいいですか?」


「とにかく日没まで1箇所をひたすら掘れ。あと、敬語をやめろ」


「はい」


 とりあえず指示された通りに私は穴を掘り進めた。思っていたより土が硬い。それに、シャベルが重い。なんで私にこんな仕事を⋯⋯


「私、力ないんだけど」


 隣で黙々と穴を掘るシマに愚痴をこぼした。


「そうだろうな。とにかく黙って掘れ」


 本当につまらない男だ。モテないタイプだろう。


「なんでこんな力仕事なの? トリヤマは私がここで役に立つと思ったのかしら?」


「うるせぇな、黙って掘れよ。それと、兄貴を呼び捨てにするな」


「まぁまぁ、少しくらいなら答えてあげるよ」


 立って見ていたモグラさんが口を開いた。


「こんな山奥まで来てお仕事してくれる人はなかなかいないからねぇ。お嬢さんでも十分役に立つんだよ〜」


「そ、そうですか!」


 ちょっと嬉しかった。風俗以外で人に求められたのが初めてだったからだ。


 モグラさんの言葉に元気をもらい、私はどんどん穴を掘り進めた。

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