希望
小さな村がある。
人口11人の村だそうだ。正当な手続きを踏んでおらず、地図にも載っていないという、私のような女にぴったりの場所だ。
私は全てを失った。
お金も人も、尊厳も、何もかも失くしてしまった。私がどうしようもないばかりに⋯⋯
「おめーがバックレたせいで兄貴は大変だったんだぞ!? クソ女がよォ!」
「まぁまぁ騒ぐな。これも俺の仕事だ、仕方のねぇことだ」
ある店の隅の席で、私は3人の男に詰められていた。3人は豪華なソファに腰かけて酒を飲んでいた。
「お前に貸した1000万、返すつもりは無ェってことだな?」
私はこの男が怖かった。彼は私が勤めていた店にたまに出入りしていた〈トリヤマ〉という男で、いつも2人の部下を連れていた。
それに、私は1000万なんて借りていない。借りたのは150万。それがいつの間にか膨らんで、1000万になっていたのだ。
「なんだァその目は! 兄貴になんか文句でもあんのかァ?」
こいつはいつも女性に暴力を振るっていることで有名な、トリヤマの威を借りていつも威張っているだけの、私にでも倒せそうなただのガリガリのチンピラ男だ。
当然文句はあるが、トリヤマは平気で人を刃物で刺すような人間だということは知っていたので、私は何も言えなかった。
「返せねぇンなら仕方ねぇよなぁ⋯⋯」
トリヤマがそう言って懐に手を入れた。もしや――という悪い予感が的中し、懐から出てきた左手には拳銃が握られていた。
しかしここでは人目につくので撃たないだろう。おそらくこれは私を脅すために出したにすぎない。
「おいお前ら、ン」
トリヤマが2人に顎をクイッとやると、彼らは動き出し、私を裸にひん剥いた。おっぱいとあそこを隠したかったが、拳銃が怖くて動けなかった。
裸で立ち尽くす私の身体をトリヤマがまじまじと見ている。
「顔も身体もそんなに悪ぃワケでもねぇのになぁ。なんで売れなくなったかなぁ」
トリヤマが首を傾げて言った。
2年前、私はホストに狂っていた。その頃に3度ほどトリヤマに金を借りたのだ。
当然私は借りた金の全てをホストに貢いだ。どうしても手に入れたい男だったからだ。
それから半年ほど経ったある日、トリヤマから倍以上に膨らんだ返済額を提示された。私が「とても返せる額じゃない」と言うと、都内の風俗店を紹介された。
最初の頃からたくさん客もついて、私はすぐにその店の人気嬢になった。その頃に私は家族に縁を切られた。
稼ぎのほとんどをホストに貢ぎ、残った小銭をトリヤマに返すという生活を続けていたある日、例のホストが店を辞めた。
その時初めて私は目を覚ました。その頃には借金が700万にまで膨らんでいたが、3ヶ月働けば完済できる額だった。
しかし、それから半月ほどで客足がばったり途絶えた。私の人気はどんどん落ちていき、1日に1人入ってくれるかどうかというところまで行っていた。
店に出入りしていたトリヤマには何度も催促され、たまに来る客もヤクザのような男ばかりで、本当に借金を返すためだけに私は働いているんだなと思うと急に悲しくなった。
だから辞めた。連絡もしなかった。飛ぶつもりだったからだ。でも、見つかった。私はもう終わりだと思った。
「おい、聞いてんのか」
トリヤマが私を睨んで言った。聞いていなかったと言ったら殺されるだろうか。
「はい、聞いてます」
「嘘つけ」
トリヤマは引き金に指をかけ、銃口をこちらに向けた。
大丈夫だ。脅しだ。こんなところで撃つはずがない。いくらトリヤマでも騒ぎになるのは嫌なはずだ。大丈夫だ。大丈夫⋯⋯
次の瞬間、何を思ったのかトリヤマは銃を私のあそこにねじ込んできた。
「痛っ⋯⋯!」
「全然入んねぇな⋯⋯もっとガバガバかと思ってたんだが」
そう言うとトリヤマは銃を引き抜き、入っていた部分を嗅いだ。
「⋯⋯お前、客にビョーキ貰ったんじゃねぇか?」
トリヤマはそう言うと、右隣に座っている威を借るチンピラの鼻のところに銃を持っていった。
「クッセェ〜! おめーこんな臭ぇマンコ売ってんのかよ! 客もかわいそうだなぁ! あ、でもおめーを買うようなヤツらだ、おめーと同レベルなんだろうな、ギャハハ!」
「うるせぇ」
「すいません、兄貴」
屈辱だった。
私はどこで道を間違えたのか、考えた。
すぐに分かった。トリヤマに金を借りたことだ。ホストは適度に楽しまなければいけなかったのだ。誰にでも分かることだが、あの頃の私は周りが見えなくなっていたんだ。
そのたったひとつの間違いのために私は別世界に足を踏み入れ、社会から切り離されようとしている。
普通に戻りたい。
稼いでホストに貢いでいる時はそんなことは微塵も思わなかったが、今になってみると普通のありがたさが身に染みて分かる。
「というワケで、お前はもう売れねぇと判断した。別の仕事をしろ」
疑問符が浮かんだ。と同時に安堵した。
私はどこかに連れていかれて臓器を抜かれて殺されるか、はたまた拷問されて殺されるか、とりあえず殺される以外はないと思っていたのだ。まさかまた仕事を与えてもらえるとは⋯⋯
「お前には『ある村』に行ってもらう。お前がまた逃げねぇようにこいつも同行する」
そう言ってトリヤマは左隣の男に視線を向けた。いつも無口で、今日もまだひと言も発していない〈シマ〉という大男だ。
「頼むぜ」
「うす」
私はこれからこの大男と『ある村』で仕事をするのか。どんな仕事か分からないが、元はと言えば私が道を間違えたせいでもあるので、甘んじて受け入れることにした。
「よろしくな」
そう言ってシマが私に左手を差し出した。その薬指には、銀色の指輪が光っていた。
まさか握手を求められるとは思っていなかったので驚いたが、少しだけ嬉しかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私はシマの大きな手を握って言った。




