天衣と名乗る女性
女性は目を覚ました御影と会話した。
どこか不思議な御影について、探りを入れる。
“御影”
少年はそう呟いた。
「御影か!いい名前をつけてもらったな。親に感謝しないとな!それでお前、なんであの夜あそこで倒れてたんだよ。親と連絡取らないとな...無理やり家に連れ込んじまったし...」
御影は新東京の路地裏で倒れていた。人しれない場所で冷たい雨に打たれて。
「親...?わからない。」
「わからない?言葉の意味か?」
「わからない。」
「んー...、お前 わからないってそう言う意味か...?」
思い当たる節があった。察しのいい女性だった。
「わからない、親がなんなのか、言葉の意味もわからない。」
少年はそう答える。
「...」
彼女は悲しそうな目で御影を見つめた。
「そうか、わかった。ならもう聞かない。他に知ってることは?」
立て続けに問う。
「御影...名前...それしかわからない。」
「ふむ、わかった。もう大丈夫だ。今飯持ってくるから、ちょっと待ってろ。」
彼女はさっと襖を閉め、歩いていった。
______暫くすると、雑炊のようなものを持ってきてくれた。
「食いな、全部お前のだ。」
「...」
蓮華を握る手がぎこちない、震えてしまう。
「お前、食べ方もわからないとかじゃないよな!?」
「...」
「わかった、食べさせてやる。あーんしな。」
開く口もどこか震えている。あんな事件があったあとだ、無理もないと思ったんだろう。
フー、フー...
ぱくっ トロッ...
少しこぼしてしまった。
「あーあー、しょうがないな。ゆっくりでいいよ。飯は逃げたりしないから。」
黙って咀嚼する。飲み込む。ここまではできるようだ。
全部食べ終わったあと、片付けざまにこう言った。
「行く当てがないならうちにいな。今日からここがお前の家だ。嫌じゃなければな。」
(黙って見つめ返す)
結局、悪意のない純粋な優しさに、従うことにした。
お茶を持ってまたきてくれた。
「ほい、お茶...って蓮華掴めないんじゃ飲めないか」
フー、フー...
またゆっくり、飲ませてくれた。
眩しい、ニヤリとした顔で彼女はこう言った。
「ようこそ、天衣家へ。これからは俺たちが家族だ。困ったこととかわからないこととか、遠慮なく聞けよ。御影。」
天衣...この人は天衣と言う苗字らしい。その笑顔に似た表情の意味はわからなかったが、嫌な感じはしなかった。
この出会いが御影の運命の選択肢を増やし、沢山の進む道を与えた。最悪な結果も、最良の結果も、妥協した結果も、これから紡いでいくのだ。
天衣と名乗ったその女性は、御影にここにいていいと言う。今はゆっくり体を休め、話したくなったら聞けばいい。