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あの委員長が辞任すると言い出したワケ

 再開されていた上級生のサッカーは熱を帯びてきた。キャプテンが大声で怒鳴っている。下手くそな人間が混じっているらしい。

「フザケルナ! チェンジ! コウタイダ!」

 下手くそな彼はいつもボールを外へ出してしまう。

「キャプテン、そう熱くなるなって。昼休みのほんのお遊びじゃないか。」

 周りの仲間たちは苦笑いしているが、キャプテンには通用しない。

 指摘された彼も腹が立ってきたようで、穏やかではない雰囲気だ。

 ついに誰かがもう試合はやめだと言いはじめ、サッカーボールを掴んだ。ハンドだなんだと揉み合いになっている。

 私がサッカーの試合を見ていたのはここまでだ。カオルとハオの方に視線を戻す。オリガも最初からサッカーには興味がないようだし、ハオの裸体を眺めることのほうが重要のようだ。


 だが私たちは、サッカーの方をちゃんと見ておくべきだったのだ。

 

 カオルが突然踵を返し、私たちの方へ一直線に走って来た。

 何か起きたのだろうか?

 訳が分からなかったし、オリガも周りの生徒たちも状況を理解していない。ハオもだ。再び針を放った。針はまっすぐにカオルの背中に突き刺さったが、カオルは走り続ける。


 次に「何か」に気付いたのはそのハオだ。慌てて後を追って来ている。

 カオルの足がもつれた。針に仕込まれている痺れ薬のせいだ。

「逃げろー!」カオルが叫ぶ。すっかり転倒した状態で。


 ようやく私たちは理解した。サッカー試合をしていた彼らの内の誰かが、ボールを空に向かって投球したらしい。ボールに付いた赤いランプが点滅している。キャプテンが「バクハツスル」と何度も叫んでいる。軌道の先に座っているのは、私たちだ。


 恥ずかしながら驚きのあまり私は両手で目を覆った。頭を守る姿勢を取っているつもりだ。爆発に効果があるとは思えないが、本能のようなものだ。オリガが私の腕を引っ張るが、足がすくんで動かないのだから仕方がない。他の科学者たちだって似たようなものだと思う。こんな私たちを時には連れて逃げたり、護ることを強いられている武闘家たちには同情を覚える。


 誰にでも分かる。頼みの綱はハオしか居ない。私は指の間からハオを見た。

 ハオはボールを見据えていた。左大腿に括り付けていたナイフを取り、ボールの軌道を計算する。南風の吹く中、絶対の自信を持って、それを放った。


 ボンと大きな音をたて、空中でボールは爆発した。

 全員がふうっと胸を撫でおろした。


「良かった。」カオルはがっくりと地面に脱力した。両足にしびれが回っているらしい。少しも動くことは出来そうにない。「負けだな」と呟く。

 だが「僕の負けです。」とハオが言った。

「なんだって?」カオルは意外そうだ。

「僕は自分の役割を忘れていた。科学者を守らずして、何が武道家だ。」

「最終的に守ったのはお前だよ、ハオ。ありがとな。」

「いいえ。あなたが動かなければ、僕は気付くことすらなかった。僕の負けです。カオル、あなたが委員長ですよ。」

 ハオは教室の方へ戻って行った。


「お~い、なんでもいいから俺を連れてってくれ~。」

 カオルがもがいていると、女子生徒たちが集まって来た。

「ありがとね。わたしたち、危ないところだった。」私は素直に礼を言う。

「ごめんなさい、私ったら気付かなくて・・・」オリガが珍しく申し訳なさそうな顔をする。こんな顔も出来るんだ。私は感心した。


「まったく本当だよ!」カオルは憤慨する。「ハオのやつが大げさに脅すからよ。お前たちから目を離せなかったぞ。そのくせハオは全く見てねえし。」 

 驚いた。カオルは常に私たちの方に気を払っていたのだ。

 そういえばハオが言っていた。

「クラスメイトとして忠告しておきましょう。この学校では常に危険を察知し、外部からの攻撃に身を守って下さい。死んでしまいますよ。」


 試合前のハオの言葉を、カオルは試合中も頭の片隅に置いておいたのだ。

 

「ハオのやつ拗ねて行っちまったぞ! これ、なんとかならねーのか?」

 カオルは芋虫のようにもがいている。

 去り行くハオの背中を見ながら、オリガが言った。

「すっごく・・・暗い顔をしていたわ。悔しかったみたいね・・・。」

「そっとしておこうよ。」私の意見に皆同意する。 

 カオルはオリガとキャプテンに抱えられ、重いだのなぜか文句を言われながら、教室へと運ばれていった。


 翌日のこと。

「委員長、0点!」

 ナイラの声が響きわたる。

「0点?」教室内はざわついている。

 つい昨日、カオルは委員長になった。教室に運ばれた後、昼休みが終わり、次の時限でハオが皆に発表した。自分は委員長を降りるのだと。ナイラも承諾した。

 

 午後は授業があったが、カオルだけは入学時に受ける学科試験を受けていた。各々の基礎学力を測るための試験だ。

「みんなあんな問題分かるのか?」カオルは驚いている。「科学者の連中は分かるだろうが・・・」と付け加える。

「科学者はもっと上のレベルの試験を受けるよ。」私はプライドにかけて訂正した。

「僕は満点でした。」元委員長、ハオは悪びれなく言う。

 

「悪いけどここまでバカだと委員長は任せられないよ。0点なんて前代未聞だ。」と、ナイラ。

 カオルはふくれっ面だ。

「別にいいよ、俺、委員長なんてはじめからやりたいわけじゃねーんだからな。」

「就職の時すっげー有利だぞ。管理職スタートになる。」誰かが口を挟む。

「0点が管理職っていくら武闘家でも不安ねえ・・・」オリガが苦笑いしている。

 とにかく委員長はハオに戻すとナイラが言った。

「カオル、あんたはこの学校で学力を身に付けな。そんなんじゃいずれ戦闘で足元すくわれるよ。」そう付け加える。

「足元・・・」カオルは嫌な顔をする。「またすっころぶのは嫌だな。」

「そういう意味じゃないよ。」ナイラは呆れているようだ。

「僕は納得が行きませんが・・・」ハオは生真面目な性格だ。

「駄目。委員長はハオがやんな。」ナイラはぴしゃりと言う。

「先生がそうおっしゃるのでしたら」ハオはしぶしぶ頷いた。


 休み時間に入ったころ。

「委員長」廊下にて私はハオに声をかける。

「何か?」ハオが振り返る。

「カオルが帰国した日・・・その、私たちを見たの?」

「・・・カオルくんがあなたの家に泊まるのを、ですか?」

 私の顔面はあつくなった。赤面しているのが自分でも分かる。

「見ましたよ」ハオは無表情のまま。「パクスンにしか言っていないんですけどね。」

 なるほど。

「そんなの、オリガに伝わるのは分かりきってるでしょ。」

 ハオの表情を伺うに、あまり理解していないようだ。それはともかく。

「ねえ、私とカオルはなんでもないよ。変な噂立てないでね。苦手なの、そういうの。」

 ハオは少し考え込み、「何事も責任はご自身で取ってください。」とだけ述べた。

 いやいや・・・わけが分からない。意地悪~・・・!

 ハオが私に気があるわけないじゃない! オリガのバカ! 


 かくして…、私たちの学校生活は始まった。

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