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まさかそんな動物と一緒に来るなんて

 彼は象に乗ってやってきた。


 後に聞いた話によると、タブリスタンに戻る途中、とても暑い国で珍しい香辛料を物色していた時、暴れ狂う象に出くわしたらしい。当然村人たちは大慌て。象使いを呼んでいる間に屋台が次々と壊された。見かねた彼は象の「頭の良さ」を信じて必死に語りかけたが効果無し。彼の国の言葉も、タブリスタン語も、象には理解出来なかった。仕方が無いので腕っぷしに頼ることにしたそうだ。


 彼が象の大きな足を抱えて持ち上げた時には、村人たちは驚きのあまり腰を抜かしたとか。それもそのはず。寒い国のヴァイキングならいざしらず、彼の背はあまり高くないし、筋肉隆々でもない。なんだかのほほんとした空気すら漂う、典型的な黄色人種だからだ。


 とにかく彼はその象を、たとえ力任せとはいえ、一応説得することに成功した。 象は彼に懐き、旅を共にすることになったという。

 村人たちは彼の行き先を聞いて納得したそうだ。

「タブリスタンに向かわれる方でしたか! どうりで象も倒すわけだ。」


 彼の名はカオルという。苗字は知らない。タブリスタンでは苗字は必要無い。

 カオルは、私の幼馴染だ。



「アーシャ!」


 カオルが手を振りながら近づいて来る。待ち合わせ場所には一時間遅れて来たがまあ許そう。すっかり声変わりしている。背も高くなっている。何しろ五年ぶりの再会だ。


「手紙ありがとね。受け取れてよかった。あれが無きゃ待ち合わせなんて絶対無理だったよ。象とは解散したの?」


「おぉ、なんで象のこと知ってるんだ? さっき礼を言って帰したところだ。」


「みんなが噂してたよ? 変な服着てる男が象に乗ってやってきたって。」 


 


 カオルの格好はこの国では間違いなく変だった。多くの人は日差しや乾燥から肌を守る為、男なら麻製の白い布を巻きつけ、女ならゆったりとした色とりどりのワンピースを纏っていた(私はいつも白衣を着ているが)。


 カオルはと言えば腕はむき出し、膝から下はむき出しで、白い木綿製の布を胸の前で交差し、腰の辺りの黒い帯でまとめている。



 七歳の頃にカオルが父親と共に旅立ち五年。行き先は両親の国。極東の島国だ。ここから九千五百キロメートル離れている。父親はそのまま母国へと帰還したらしい。


 今日戻ったタブリスタンは、カオルの目にはどのように映ってるだろうか。


 我が国タブリスタンは、砂埃が巻き上げるセピア色で、人々は猛暑の中、芋を育て、鉱山を掘って暮らしている。


 白衣を着た頭の固そうな者と、なんとなく血の気の多い者が、街の公園や茶屋で談笑している。彼ら・・・それは未来の私たちでもあるが、いわゆる「公務員」というやつだ。


 カオルはその中でも血の気の多いほうに分類される。十二歳、まだ幼い体つきではあったが、訓練を怠った日は一日も無いだろう。喧嘩で負ける日が来るなら死ぬ日だと思っているはずだ。


 


 ところでこの私アーシャだが、身体があまり強い方では無い。遺伝子の事情で色素が欠乏している。透き通る陶器の肌、白い絹糸の髪は美しいと言ってもらえることもあるが、目があまり良くないし、この国は日差しが強いので、長時間外に出ているのは結構つらい。一言で言うと不便である。そういうわけで、私にはいつも日傘が必要だ。


 


「外国人武闘家を集めるようになってから随分経ったから変な服には皆慣れてきたけどね。でもさー、長袖にしといた方がいいよ? すぐ日焼けしちゃうんだから。」


「考えとくよ。」 


とカオルは頷いたが、あんまり何も考えていなそうだな、と私は思った。


 


 私たちは並んで歩き始めた。積もる話はあるものの、何しろ五年、話題の選別に一苦労だ。カオルも随分と成長したなあなんて思うと、なんだか照れくさくもある。とりあえず、過去はさておき、明日からの話をすることにした。


「まぁ、帰って来たのなら、カオルもこの国の義務とやらを果たさなくちゃじゃん?」


 義務、という言葉にカオルは身構えている。


「そんな御大層なもんじゃないから安心して。私たちに課せられている義務、それは、教育を受ける義務ってやつよ。」


「教育? 何の?」


「何のって、カオルの場合はさあ・・・」





 これは全てのタブリスタン人が、学校でまず最初にやる歴史の一項目だ。


 我が国は人口十万人の小さな国である。人々は横断する大河の周辺で、時々悩まされる河の氾濫に切磋琢磨しながら、平和に細々と暮らしていた。


 


 そんな中、一人の科学者により、中心部にそびえ立つファーレイ山で、「ラグナ」と呼ばれるエネルギー資源が発見された。タブリスタンはラグナを利用した科学力で周辺諸国より格段に豊かになった。ラグナは熱するとすぐに解け、冷やせば堅く固まる。気化したラグナは燃料に。工業現場から家庭まで、様々なものに利用され、また、タブリスタンは多くのものを輸出した。


 あまりに景気が良くなったものだから、人々は昼の間中、歌い、踊ったという。 だがそれもつかの間。すぐに科学力の発展と、軍事力の強化に力を入れなくてはならなくなる。


 


 突然ラグナという幸福を手に入れた人々だったが、その豊かさ故、ラグナを欲する他国からの脅威に脅かされた。ある時はスパイ容疑で何者かが逮捕され、ある時は隣国の武装集団が小さな村を焼き尽くした。


 焦った政府高官たちは、国の発展を担う科学者をより一層の予算を付けて育成。


 さらに国外から武闘家を招き、国と科学者を護るため、それなりの地位と生活を用意した。科学者と武闘家の育成。それを国策の要として掲げたのだ。





「つまりカオルの場合は武術に加えて基礎教養全般ってとこかな。五年間、どんな修行してきたの? お父さんと遊んでたわけじゃないんでしょ。校内でどれくらいの強いのかな? 楽しみだねえ。」私は目をほそめて、ついニヤニヤしてしまう。


「今更学校で何を習うってんだよ。教えてなんかもらわなくたって完璧だぞ。」


「最初はみんなそう思うから安心して。それよりまずは私の完璧な科学者っぷりを見てよ。さあ着いた。」


 


 私はカオルが続ける文句を無視して木製のドアに鍵を指す。ノブを回して引くと、乾いた砂と木が擦れる。更に地下へと続く階段が続き、私たちは小さな小部屋にたどり着く。


 私は自信たっぷりに言った。「ここ数年の成果をご覧あれ。」


 勢いよく二番目のドアを開けると、昼間のように明るく照らされている。むきだしの岩肌の模様まで目視出来るほどだ。私の大切な実験道具が所狭しと並んでいる。


 


 カオルは呆けた顔で、「なんだこれ?」とつぶやいた。


「名付けてラグナ灯!」私は人差し指を立てた。


 とにかく昼間は日差しが強いので私としてはなるだけ外出したくないのだが、夜は夜で当然暗いわけで、ロウソクや今あるガス灯では満足に出歩くことが出来ない。私はもともと弱視なのだ。なんとかならないものかと思っていたところに、「ラグナ灯」を思いついた。


 まず石を削った手のひら程度の丸い板を二枚、天井から鎖で上下に吊るした。


下の丸い板にはラグナを入れるケースを置き、、中央の穴から特殊な太い紐を通してひっぱり出す。その紐が鍵だ。頼りない太さからは考えられない程煌々と燃え、部屋全体を明るく照らすことが出来るのだ。ラグナのエネルギーをうまく調節することが出来た。


「自分用って意味では完成してる。おかげで国に提供されたこのちっちゃいラボでもなんとか作業をこなせてるってわけ。」


 


 カオルはどうやら本気で感心したようで、目を見開き、頭を傾けながらラグナ灯のまわりをぐるぐる歩いている。


「凄いなあ、アーシャは。」


 素直な性格の幼馴染だ。私の自尊心を適度に満たす。善行だ。


 


 私は満足して外に出る。日中ギラついていた太陽が、西の方で優しい顔を半分だけ出している。家々から漏れるロウソクの火の方がまばゆい。辺りはすっかり紫色だ。


「カオル、ちょっと腕貸してよ。 家まで送ってくれない?」


 私はカオルの腕につかまる。見えづらいので普段は夕方には出歩かない。助けが必要になる。


 


 予想以上に堅い腕。この腕で彼が象を持ち上げるところを想像した。表面はつるりとしている。カオルの国では、皆がこういう肌質なのだろうか? タブリスタンの成人男性は剛毛だ。もちろん私の父も。





「ラグナ灯を街の色んなところに置けたら良いんだけどねえ。」


 殆ど私の独り言のようなものだが、カオルは、それは良い考えだと相槌を打つ。


「その次は家の中ね。確実に安全な状態にしなくちゃ。」


「アーシャならすぐに出来るよ。」


「すぐには無理かなー。学校にも行かなくちゃいけないし。」


「俺も行くしかないか・・・学校。」カオルは面倒くさそうだ。


「義務だから当ー然。」


 カオルはため息をついて、暗い町並みを眺めている。まるで私たちの先行きのような街並み。だってもちろん、学校は楽しいことばかりではない。カオルのやりたくない勉強もあるだろう。腕には自信のあるカオルだが、頭のほうは果たして。今の私には知る由もない。


 


 家に到着すると母が夕食を作っていた。


 母の名はリリー。タブリスタン人の父と結婚した。元は外国人だ。茶色い髪と瞳。顔の彫りは深い。肌の色は白く、頬がやや赤らんでいる。


 彼女の国も科学がさかんだという。母は若くして第一線で活躍する科学者だった。ある日タブリスタンの政府高官がやってきて、多額の報酬と引き換えに母を引き抜いたのだ。ちょうど研究資金に困っていた母は、二つ返事で移住。


 その後、公務員の父と出会う。その父は他界している。事故だと聞いている。


 


 鍋からトマトとコンソメらしき、酸味のある香りが漂ってくる。彼女の料理の腕は・・・それなりだ。余所のお母様に比べると上手ではないと思う。だが母は否定する。彼女の母国では平均的な水準という意見だ。タブリスタンから出たことがない私には本当のところは分からない。


「たくましくなったのね、カオル。」母はカオルとハグしている。


「もう十二歳です。またこの国で世話になります。それじゃ・・・」


 恥ずかしいのか知らないが、速攻背中を見せるカオル。母が引き留める。


「ああ、待って。食事して行かない?」


「えーっと・・・」カオルは帰る言い訳を考えている。私は同情した。


 


 予想通り、母の勢いに押されて夕食を共にすることになった。


 その上、話をしているうちに、我が家に宿泊することが決まる。


「カオルが先のことを全然考えられないってことは、とりあえず分かった。」


 うすうす感づいていたが、私の嫌な予感は的中した。


 彼は、今日寝る場所も、これから暮らす家も、何一つ用意していなかったのだ。


「親父の家が残ってると思ってたんだよ。」カオルはふてくされている。


「もう他の人が住んでるわ。知らなかったなんて・・・ああ可哀想。思い入れがある家だったんでしょう。せっかく帰れるはずだったのに。」


 母は目に涙を浮かべている。私から見ても、彼女は少し大げさなところがある。


 


 ところでこの時、実は背後から見ている者が居たらしい。


 私たちは後で知ることになる。


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