信じたくない…
翌日の夕方、翔太君の家に行く事にした。
昨日の私が見た光景の真相を確かめるために…。
昨日、私は散々泣いて目が腫れちゃってる。真理には心配かけたくないから、目にゴミが入って取れなくて腫れたっていかにもバレバレの言い訳を言ったんだ。
まだわからないよね。もしかしたら、親戚の人かもしれないし、なんとも言えないよね。自分で確かめなきゃわからないよね。
翔太君の家の前で深呼吸をすると、インターホンをゆっくりと押す。
すぐにドアは開き、翔太君のママが出てきたの。
「あら、瑠璃花ちゃんじゃない。昨日の運動会お疲れ様。どうしたの?」
四十半ばで優しそうな笑顔の翔太君のママに泣きそうになってしまうけど、きちんと確かめなきゃ。
「あ、あの…っ、昨日の運動会で翔太君が女の人と子供と一緒に歩いてるの見ちゃったんですけど…」
声を振るわせながら、恐る恐る聞いてみる。
私達の間に流れる短い沈黙。私にとっては、長すぎる沈黙。何もないって言ってくれたらいいのに…。
「実は、翔太は結婚してるの」
翔太君のママは嬉しそうに答えてくれた。
「一緒に歩いてた人は、奥さんと子供なの。子供は一歳半よ。二人が高校三年の時に出来た子よ」
翔太君のママがそう付け加えて言った。
その言葉に、私の顔が冷たくなっていくのがよくわかる。
「聞いてるかもしれないけど、二十日に引っ越しするのよ」
「え…? 引っ越し…?」
「そうよ。ここから車で一時間の場所よ」
私は何かで胸をつつかれたような感覚に襲われていた。
どうしよう…。失恋…。これって失恋だね…。どう考えたって失恋…だよね…。
翔太君には奥さんと子供がいて、奥さんからチョコをもらいたいって思ってるんだよね。私がチョコをあげても答えは出てる。気持ちを伝えても答えは出てる。
もし、翔太君が私の気持ちを知ったらどうなるだろ? きっとビックリすると思う。ううん、ビックリどころじゃない。私と翔太君の間が、ギクシャクしちゃうと思う。そんなの嫌だよ。
それに、二十日には翔太君家族が引っ越ししちゃう。もう会えなくなるんだ…。どんなに足掻いても無理なんだ。私、こんなに近くに住んでるのに、翔太君の事何も知らなかったよ。
「瑠璃花ちゃんどうしたの? ボーッとしてるけど…」
翔太君のママがのぞきこむ。
「なんでもないんです」
慌てて、首を振る。
「…ならいいんだけど。あとは何か聞きたい事はない?」
「はい。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げると、翔太君の家を後にした。
そして、私は公園に向かった。すると、翔太君一家がいたんだ。
「絵里、行くぞ」
翔太君が子供の名前を呼ぶの。
絵里と呼ばれた翔太君の子供は、ヨチヨチ歩きで翔太君の足元まできた。
そっか…。絵里ちゃんていうんだ…。
現実を見せられたようで、胸が傷んだ。
「瑠璃花ちゃん?!」
私を見つけると、翔太君はビックリした表情をする。
そして、この前会った公園のお姉さんもビックリしてる。
「翔太、知り合い?」
「うん。近所の子だよ」
「へぇー。この前会ったよね」
「は、はい」
「どこでだよ?」
「この公園でよ。ねっ?」
「はい」
顔は笑ってるけど心はズタズタ。
「それじゃあ、またな」
「またね」
「彼によろしくね」
お姉さん、翔太君の奥さんが私の耳元で一言言った。
「あ、はい…」
ぎこちない返事をした私。
「朝奈! 何してるんだ?」
「今行く! バイバイ」
私に手を振ると、翔太君のとこまで小走りで行った。
二月、寒い中、涙がこぼれる。
翔太君の奥さん、朝奈さんていうんだね。二人の間に子供がいるんだ。昨日までは嘘だと思ってた。でも、今ので嘘じゃないってはっきりわかった。
三人の後ろ姿。幸せそうな家族に写る。
私にもいつかこんな幸せな日が来る? 私が早くここに引っ越してれば、早く翔太君を好きになってれば、何か変わってた?
私、ホントに失恋しちゃったんだ…。
「ええ〜〜〜〜っ?! 失恋した?!」
「真理っ! 声大きすぎる!」
バンッ!
机を叩いて真理に怒っちゃう。
昨日の事、真理に話したんだけど大きな声出すからついついイライラしちゃう。
「ゴメンって…。バレンタイン、どうするの? 明後日だよ?」
「どうしよう。あげないほうがいいよね。あげる前に答え出ちゃってるし…」
頬杖をついて遠くのほうを見ながら言う。
失恋したばかりなのにあげるの? あげても何も変わらないんだよ? チョコあげても、翔太君は朝奈さんと別れてくれない。瑠璃花、一体どうするの?
「奥さんと子供がいるってわかっててもあげるか、後悔しないって思うならあげなくてもいいし…瑠璃花次第だよ」
「そうだよね…」
そう、私次第だよね。私が決めなくちゃいけない。これは私の気持ちなんだから…。あげないって決めたら後悔するのは確かだよ。だって、二十日には翔太君は引っ越してしまうもん。あげなくて後悔はしたくない。
「真理、私、チョコあげるよ。自分の気持ちに嘘はつけないし、後悔したくないもん」
「そっか…」
真理は微笑んでうなずく。
ここまできたんだからあげたい。今でも結婚してること信じたくない。だけど、これが現実だもん。受け止めなきゃいけないよね。
朝奈さん、きっとビックリするだろうな。彼女は何も知らないもん。
朝奈さん、あなたがいるのに翔太君の事好きになってゴメンね。朝奈さんがいるってわかってても、どうしても止められないの。この気持ちが…。だから、もう少しでいいから、翔太君の事を好きでいさせてね。