俺すら知らない本気の底、出せるものなら出してみな
時間はあっという間に過ぎ――
フレイアの指定する真夜中になった。
俺は部屋を抜け出すと決闘の場所へと向かった。
それは平民の寮からも貴族の寮からも離れた、だだっ広い平原だった。そこに完全武装のフレイアが腕組みをして立っていた。
文字通りの完全武装。
おそらくは魔法の施されたものであろう赤色に輝く金属鎧を身にまとっている。左手には盾を持ち、腰には長剣を差している。
長剣から漂う雰囲気にちりっとした焼けるような感覚を覚えた。
魔王城に招待した勇者が持っていた剣と同じもの――
おそらくは聖剣。
魔族を滅するために神が授けた退魔の剣。
やれやれ。
やる気があるにもほどがあるんじゃないか?
俺はフレイアに声をかけた。
「待たせたか?」
「こちらから呼び出したんだ。問題ない」
「すごい装備だな」
「我が家の家宝だよ。わたしが勇者となったとき、すべて正式に継承することになっている」
「熊でも相手にするのか?」
「……君と闘うためだが?」
「お前はクラスメイトを殺す気か?」
「まさか。完全武装したわたしの刃であっても――君に届くとは思えないがな。違うか?」
「だから買いかぶりだって」
「そうかな? 君もそう思うからこそ、そんな服装で来たのでは?」
そんな服。つまり、学生服のままだ。鎧も剣も何も持っていない。
確かにフレイアの果たし状には『武装してこい』という趣旨のことが書いてあったが。
「お前がそこまでガチだとは思わなかっただけだよ」
「それはすまなかったな。せめてこれを使ってくれ」
フレイアが足下にある予備の剣を手に取り、俺へと放り投げた。
キャッチして鞘から引き抜く。
月明かりを浴びて、くもりのない刀身が鋭い輝きを放つ。
なるほど。業物だ。
「どうしてそこまで俺にこだわる?」
「わたしの家は武家でな。ここまで」
フレイアはとんとんと自分の頭をさす。
「筋肉でできている。強いやつを見ると放っておけない――そういう性分であり血なのだよ」
「そこまで評価してもらえるとはな。何が気に入ったのかな?」
「試合場でわたしの武器をへし折ったろ?」
「たまたま運悪く折れたんだろ?」
「いや、君は折った。間違いなく。意図的に。わたしが気付かないと思ったのか?」
俺は沈黙で答えた。
いやはや、バレバレですね。
「そんなことを狙ってできるやつが弱いはずがない。いや、そうまでして実力を隠す理由は? そうまでして隠す実力の底は?」
きん。
澄んだ音ともにフレイアが聖剣を引き抜いた。空から落ちる月光を受けて赤い刀身が煌々と輝いている。
「わたしは君の本気を見てみたい。そのための、この完全武装だ」
俺の本気か。
なるほど。確かに見てみたい。
俺ですら知らない、俺の本気の底を。
だがさて――お前ごときに届くのか?
フレイアが剣を構えた。
「いくぞッ!」
フレイアの気迫のこもった声。同時、フレイアが大地を蹴った。猛然とした勢いで俺に斬りかかる。
速い!
あの試合場で見せた動きよりも格段に速い。
これが本気になったフレイアの動き。
聖剣が赤い半弧を描いて夜気を切り裂き、俺へと殺到する。
「ふっ――」
だが、俺の口から漏れたのは余裕の吐息。
つまりは――それだけだ。
すべては人の領域内。鍛錬した人がたどり着く境地の範囲。
その程度の速さ。
それはすなわち、俺からすればぜんぜん遅い。
そんなものでは、すべての魔を統べる魔王である俺の本気の底どころか、入り口にすら届かない。
俺は鞘に入れたまま、借り物の剣を振るった。聖剣による連撃を借り物の剣ですべて捌ききる
さて――少しばかり遊んでやろうか。
俺は剣をフレイアに叩きつける。
それは薄紙をはたくかのような、本当に力を抜いた一撃。
それでも普通の人間ならば何をされたかもわからずに吹っ飛び、気絶する程度の威力はあるだろう。
これで終わりかな?
俺はそう思ったが。
「くっ――!」
フレイアが反応した。俺の鞘に入ったままの剣とフレイアの盾が激しくぶつかり合い、金属音を響かせる。
「ぬうううううう――があっ!」
踏ん張っていたフレイアだったが、ついにこらえきずれ後方へと吹っ飛んだ。地面を二転三転した後、すばやく身を起こす。
俺をにらみつける顔を見て、俺は思った。
いい顔してるじゃないか。
まだその目は戦意を失っていない。
むしろ、口元は不敵に笑っている。
「やはり……強いな」
「どうした? 俺の本気を引き出してくれるんじゃないのか?」
「失望するのは待ってくれないかな」
ゆらりと立ち上がるフレイア。その周りから、ぱしっぱしっという乾いた音がしていた。
なんだ、あの音は?
「まだ二つほど切り札があるんだから」
フレイアの周囲の音がだんだんと頻度を上げていく。
「ぬうううううああああああああ!」
フレイアの喉から力を振り絞るような声が漏れた。
ぐっと身体を押されるような圧を俺は感じる。
瞬間。
フレイアの輪郭がゆらめいた。
――!?
いや、違う。
よく見るとフレイアの身体の周りを膜のようなオーラが覆っていて、それが炎のように揺らめいているのだ。
「炎……?」
「その通り」
フレイアが横を見てほっと息を吐く。
その瞬間、彼女の口の近くが、ぱっと燃え上がった。
「これは理力の形態変化という。特定の使い手は理力を別のものに変化させることができるのだ。わたしの場合は炎」
なるほどね。
だからこその灼炎姫か。
「これはこれは手の内をご丁寧に。わざわざ教えてくれる理由は?」
「少しばかり本気になってもらえるかな……そう思っただけだ」
フレイアがすぅっと息を吸い――俺に顔を向けた。
開いた口から、炎の渦がはき出された。
真っ赤に染まる俺の視界。
俺の身体は一瞬にして炎に包まれた。