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最強ってのは何をしても目立っちゃうからツラいね

 学校の食堂で、俺とルシフェルはクラスメイトにして貴族のフレイアと向かい合っていた。

 周りの平民たちのひそひそ声が耳に入ってくる。


 そりゃそうだろう。貴族と平民のヒエラルキーは絶対。食事を同席するなど前代未聞だ。


 だが、フレイアはそれをおしてでも俺と話したいことがあるらしい。俺は食事をしながら彼女が口火を切るのをじっと待った。

 フレイアが口を開く。


「オウマ。君は自分が有名人であるという自覚があるかい?」

「俺が? そうなの?」

「まず、貴族が相手でもため口というのはとても珍しい」

「そうか。あまりいい生まれではなくてね。敬語が苦手なんだよ」

「ふぅん? 妹さんは敬語が完璧なようだが?」


 あ、しまった――いてぇ!?

 横にいるルシフェルが俺の足を思いっきり踏みつけた。


「ま、まあ、ジョークだよジョーク。敬語のほうがいいかい?」

「いや、わたしは気にしない。貴族と平民である前に対等なクラスメイトだからな。むしろ、しなくていい」

「そうかい。ならお言葉に甘えて」

「それより、君の己を貫く強さに興味がある」

「俺の?」

「そうだ。敬語が得意とかどうかではなくて、普通の平民なら貴族にそんな口をきけないのだよ。敬語ができないのなら口すら開かない。だが君は違う。その強さは何なのだろうな」


 いいところ見ているな――

 俺は少しばかり感心する。

 おそらくこいつは上っ面だけではなくて、ものの本質を見る目を持っている。


「買いかぶりすぎだよ」

「……そうか。二つ目は隣の妹さんだな。女のわたしから見てもとても美しい人だ」

「ありがとうございます」


 ルシフェルが恭しく頭を下げる。


「そして三つ目。これがもっとも大きな理由だが」


 じっとフレイアが俺を見つめた。


「あのラーロットを倒したことだ」

「ラーロット……?」


 俺は首をかしげた。はて、記憶にない。


「誰……?」

「え、いや、ほら、入試でお前と戦って――」


 俺の反応を予想していなかったのか、困った様子でフレイアがフォローをいれてくる。

 さすがに俺も思い出した。


「ああ、あのバカ息子――いってぇ!?」


 また再びルシフェルが俺の足を踏んづけた。

 確かに貴族の目の前でバカ息子呼ばわりはまずい。


 フレイアが怒り狂ってくるのかと思ったが――

 口元を押さえて肩を震わせている。

 おや? 笑いをこらえている?


「ふふ……わたしの立場だと聞かなかったことにするのがやっとなのだがな。君とは気が合いそうだ」


 なるほど。

 ルシフェルの言うとおり、反バカ息子派というのは正しいようだ。


「さて、話を戻そう。実はそのラーロットから君を倒すように頼まれてしまったのだ」


 ほう。

 俺はじっとフレイアの顔を見る。まさか真正面からそれをぶつけてくるとは思いもしなかった。

 この女、なかなか肝が据わっている。面白い。


「それは大変だな。で、やる気なのか?」

「正直なところ、あまり興味はないが……いろいろと事情があってな。やらざるを得ない」

「そうか」

「だがその前に教えて欲しいことがある」

「何を?」

「ラーロットは本気のわたしでも模擬試合をすれば五本に一本はとられるほどの使い手だ。それがああもあっけなく負けたというのはにわかに信じられない部分もある。で、聞きたいのだが、あの勝利は偶然か?」

「そんなこと聞いてどうするんだ?」

「わたしは興味の持てる相手と戦いたいだけだ。不純な動機などいらない。それが武人の考え方だ。油断していたとはいえラーロットをああも一方的に打ち負かした相手となら喜んで戦う。だが、ただの偶然であれば二度は続かない。君を倒すのは他の貴族でも可能だろう」

「なるほど」

「で、どうなのだ?」


 少しばかり俺はフレイアを試すことにした。


「もちろん、偶然だ」


 そのとき、俺の視線とフレイアの視線がばちりとぶつかり合った。

 俺の目からフレイアが何を読み取るのか。

 俺はそれに興味がある。

 先に目をそらしたのはフレイアだった。


「なるほど、そういうことか。邪魔したな」


 フレイアは食器プレートを持つと、さっさと立ち去った。

 立ち去る姿を見つめながら、ルシフェルが言った。


「さて、彼女自身が来ますかね?」

「来るさ。来るとも」


 あれは本物の武人の目だ。戦いに生き、強さという尺度でしか自分をはかれないどうしようもない連中の目。

 その目が、俺という最強を感じ取ったかどうか。


「来てくれなければ興ざめもいいところだ。なあ?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 午後からの授業は模擬戦だった。

 ルールは入試のときと同じ。テープで四角く区切られた床の上で戦い、相手を倒すか場外に押し出せば勝ち。武器は刃のない剣。一応の防具として簡素な革の鎧をつけている。


「次の試合は、オウマ! 君だ!」


 教師の声がかかる。


「オウマと対戦したいものはいるか!?」


 教師が生徒たちに視線を送る。

 今まで俺の相手を望む相手はいなかった。よって、いつもルシフェルが俺の対戦相手を務めているのだが、今回はルシフェルに反応しないように言ってある。

 理由はもちろん――


 手を上げる人物が現れた。


「フレイア。君か」

「よろしくお願いします」


 そっとフレイアが立ち上がる。

 貴族の生徒たちから、おお、という声があがる。


「来たな」

「来ましたね」


 俺とルシフェルはにやりと笑う。そうでなくては面白くない。


「勝ちをお譲りになられるのですか?」


 貴族たちとうまくやっていくにはここで負けてやるというオプションもあるのだろう。だが。


「俺が魔界統一時代からどれだけ勝っているか知っているか?」

「存じません」


 ルシフェルが即答した。


「そもそもその問いに答えはあるのですか?」

「ない」


 俺は断言する。魔界統一は戦いの日々だった。俺の人生は戦いという単語で埋め尽くされている。

 勝利の数など――数え切れない。


「俺自身、知らないからな」


 俺は小さく笑う。


「だが、覚えていることもある。負け星はゼロということだ」


 無敗。

 不敗。

 それこそが常勝よりも俺が誇りに思う戦歴。


「俺に勝ちたかったやつは星の数ほどいる。だが、誰ひとりそれを成せなかった。そいつらの無念を思えば、そう簡単に負けてはやれないさ。それに――」


 俺は前を見た。

 すでにフレイアが試合場に立っている。まるで髪が先立たんばかりの闘気をみなぎらせて、俺をじっとにらんでいる。


「先方もそれを望んでいないだろう」


 俺は剣を肩にかつぎ、軽い足取りで試合場へと向かった。


「やあ、フレイア。俺は偶然だと言ったはずだが?」

「獅子が自分を猫だと言ったとして、それを信じるか?」

「買いかぶりすぎだ」

「どうだろうな。すぐにわかるさ」


 フレイアが剣を構える。


「はじめッ!」


 教師の声が響いた。

 同時、フレイアが踏み込み、素早い連撃を叩き込む。

 俺はそのすべてを剣で受け止めた。

 よく訓練された剣だった。彼女がここだと思った場所に極小の時間と極小のズレだけで届く。あの貴族のバカ息子の雑な剣に比べれば芸術の域と言ってもいい。


 とはいえ、まあ。


 結局のところ、相手が悪すぎるという言葉に行きつく。

 俺にとってはすべてが同じなのだ。あのバカ息子もフレイアも。たとえば一億という値から一〇〇と一〇〇〇を比べたところでどちらも誤差。大小を論じる価値すらない。


 俺が勝つと決めた瞬間に俺の勝ちは決まり――

 俺が勝つと決めた瞬間に試合は終わる。


 これはそういう戦いなのだ。

 重要なのは勝ち方でしかない。俺がこの学校に残るのなら、それにはそれなりの配慮した勝ち方が必要なのだ。


 バカ息子は極限まで加減した一撃でノックアウトした。

 今回の場合は――


 一〇何合目かの殴り合いと同時、重い音が試合場に響いた。

 ぎぃん!

 フレイアが振り下ろした剣。俺はそれを剣で殴り飛ばした。

 受け流したのではない。

 力にものを言わせて殴ったのだ。もちろん本気ではないが。

 俺の一撃に身体が泳ぐフレイア。

 バランスを崩したフレイアに俺は剣を振り上げる。

 フレイアがしまった、という顔で俺を見る。

 俺は剣を一直線に振り下ろした。

 再び耳障りな金属音が響く。

 鈍色の物体が宙を舞った。

 真っ二つにへし折れたフレイアの剣先だった。かん、という甲高い音とともに試合場に転がる。


 俺の振り下ろした剣が、フレイアの剣をたたっ切ったのだ。


 斬鉄――

 人間界の剣術にはそういう技があるらしいが、それとは違う。ただ単に力任せにぶった切っただけ。


 いずれにせよ俺がやったわけだが。

 まあ、普通はそう思わないわけで。


「ぶ、武器が折れた!?」

「あちゃー、いい勝負だったのに残念だったな!」


 周りからそういう声が聞こえる。

 そうだろう。そちらのほうが普通だ。訓練で使われている武器が劣化して折れてしまった。その筋書きこそが常識的だ。

 なので問題ない。

 武器は不幸にも折れてしまった。


「試合続行不能! 勝者はオウマ!」


 教師がそう宣告する。

 確かに俺の勝ちだが、誰も俺やフレイアの実力とは思わないだろう。俺も貴族連中もフレイアも誰一人傷つかないラストだ。

 折れた武器を見つめて呆然としているフレイアの肩を俺は叩いた。


「運がなかったな。ま、気にするな」


 俺は試合場から下りた。

 フレイアとの話はこれで終わったと俺は思っていたのだが。

 数日後、俺の部屋のドアに一枚の紙が挟み込まれていた。

 紙には、

『果たし状』

 というなかなか勇ましい言葉が書かれている。

 部屋に入り、一緒に帰ってきたルシフェルとともにテーブルについた。


「おやおや魔王さま。入学早々おモテになられて大変けっこうなご様子で」

「差出人には不満がないんだがな」


 俺は封筒を裏返した。

 そこには『フレイア・パーティキュル』の文字が書かれている。


「『果たし状』という文字が残念だ」


 俺は封を切り、なかの手紙を取り出す。

 そこには流麗な文字で、俺への挑戦の意志がしたためられていた。

 目を引いたのは次の一文。


『本気の君と闘ってみたい』


 俺はルシフェルに手紙を回す。ルシフェルは手紙を一読すると、


「なかなか熱いラブコールですな。今晩いきなりですか。どうなされるおつもりで?」

「いくさ。せっかくお誘いくださったんだ」

「本気を出されるので?」

「出さないとは言わない。彼女に敬意を表して答えるのなら――相手次第だな」


 もしも彼女が本気を出すにふさわしいのならば、俺はそうするだろう。もちろん、そんな可能性はゼロに等しいが。


「ルシフェルはどうする?」

「わたしは周囲の警戒をしておきましょう。邪魔者が現れては興ざめですからね」


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