国落としの始まり
俺とルシフェルは深夜の王都に降り立った。
さっきまでの喧噪が嘘のように王都は静まりかえっていた。
まるで深海のような夜気の底――手が届きそうなほどに大きな満月に照らされて大きな城がたたずんでいる。
城のあちこちに明かりがたかれていた。
かがり火の揺らめく炎、魔法による鮮やかな明かり。侵入者を拒むかのような輝きは王城を守る屈強な衛士たちの姿も照らし出している。
「ほう……夜なのになかなか人が多いじゃないか」
「さっき教会で会った二体の魔族がいますよね? ラーロットたちが彼らを王城に放って暴れさせたのですよ。そのため、王城の警戒度は非常に高いですね。運が悪いですか?」
「まさか。むしろ楽しいじゃないか?」
「そうですね。それくらいでないと張りがありません」
俺たちはピクニックに向かうような足取りで王城へと歩いていく。
「魔王さま、これを機に勇者学校から出ますか?」
「なんで?」
「さすがに素顔で突入したらいろいろ面倒ですよ」
「あっ、そっか」
「特にほら、わたしとか超美人ですから。言い訳きかないです」
「自分で超美人とか言うなよー」
とは言いつつもルシフェルの言い分は正しい。王都で俺たちって噂になっているらしいしな……。
「学校はまだ出たくないな」
「では、変装しましょうか」
ぱちん! とルシフェルが指を鳴らす。
その瞬間、ルシフェルの真っ黒だった髪が金髪へと変わった。
「変装というか元に戻しただけだな」
ルシフェルは俺の妹という設定のため、俺にあわせて魔法で髪を黒く染めていたのだ。
「いえいえ、これだけではありませんよ」
さらに続いて指を鳴らした瞬間、ルシフェルの服が変わった。学校の制服から魔王城で着ていた露出度の高い鎧へと切り替わる。
「なつかしいな」
「鼻の下のびてますよ、魔王さま」
「え!?」
「でも仕方ないですよね。これ童貞を殺す鎧ですから」
「もう! そういうのやめろよ!」
「はい、魔王さま。すいません」
くすくす笑いながら、ルシフェルがメガネに手を当てる。メガネの形状がぐにゃりと変わり、顔の下半分を覆う布のマスクに変わった。
「え!? なにそれ!?」
「このメガネは『マスカレード』という魔法のアイテムなのです。能力はご覧の通り、ただのメガネから好きな形のマスクまでいろいろな形に変形します」
「便利だなー」
しげしげと俺はルシフェルを見た。確かにここまで変装すれば『学園のルシフ』とは誰も思うまい。
「翼は出さないの?」
「天界からの使者と勘違いされても面白くないですからね」
「でもさ、天使が城を攻めてきた! みたいに天界に汚名を着せられるぞ?」
冗談まじりに俺が言うと、返事がない。
あれ? どうしたの?
天界嫌いの堕天使に視線をやると真剣な表情で悩んでいた。
お前、ホントに神のこと嫌いなんだなあ……。
「ところで、俺の変装はどうすればいいんだ?」
「そのままでもいいのでは? 魔王さまの外見って量産型のはんこで押したみたいな感じですよね?」
こいつは主君になんてことを言っているんだ。
……否定はできないのだけど。
「たぶん印象に残らないからバレませんよ?」
「いやいや……さすがに学生服はまずいだろ」
「バレませんよ?」
「いやいやいや!」
俺は指を鳴らした。金と銀の刺繍が美しい黒いローブがばさりと俺の身体を覆う。さらに俺の頭に山羊のようなねじくれた角が生え、瞳が黄金の輝きを放つ。角とか瞳はただの幻術なんだけどね。
「おやおや。久しぶりの魔王ルックですか」
「せっかくだからな」
なんてことをしているうちに、王城への入り口たる巨大な城門が迫ってきていた。
城門の前には槍と重厚な鎧で武装した屈強の兵士が二人いた。
俺たちの接近に気づいた兵士たちは槍を構える。
「お前たち! なんだそのおかしな格好は!? こんな夜分に何をしている! ここは王城の城門だ! いますぐ立ち去れ!」
俺とルシフェルは槍の穂先の前で足を止める。
「国を落としに来たんだよ」
「は?」
「国を落としに来たんだが、ここじゃないのか?」
「何を言っている!?」
「ルシフェル、殺すなよ?」
「わかりました。無血開城(暴力)でもやりますか(笑)」
言い終わったと同時、俺は男の槍をへし折った。男の顔に狼狽が浮かぶよりも早く、男の胴体へとこぶしを叩き込んだ。鋼鉄の鎧がまるで老木のように砕け散る。
男はその一撃であっさりと昏倒した。
もう一方の男もルシフェルに投げ飛ばされたのか地面に大の字になって伸びている。
俺は城門に手を伸ばした。
ひやりとした感触。分厚い金属のかたまり。もちろん、鍵は閉ざされていて押しただけでは開かない。
超重量の城門が侵入者を阻んでいる。
「上から裏に回り込んで開きましょうか?」
「いや……せっかくだ。宣戦布告の花火は大きく上げてやろう。不意をうたれた、では負けを認めにくいだろ?」
俺は握りしめた右こぶしを振りかぶった。
「始まりだ! 覚悟を決めろよ、王国の犬ども!」
俺は叫ぶと同時、城門をぶん殴る。
雷鳴が直撃したような轟音がほとばしり、もとは城門だったひしゃげた鉄板が高速でぶっ飛ぶ。一〇数メートルはかっ飛んで、鉄板は地面に激突して壮大に弾け飛んだ。
……よかった……内側に人いなくて……。
直撃したら死んでるじゃん……殴ってから気づいたけど。
俺とルシフェルは王城へと侵入した。
そこはまだ城内ではない。城を取り囲む広大な庭だ。俺の足下から伸びている道。この道の先に攻め落とすべき城がある。
王城はまるで昼のように騒がしくなっていた。
さすがにあれだけの騒ぎ。そして城内はもともと警戒モード。騎士たちの視線が一気に城門――そこから出てきた俺たちへと注がれる。
「敵襲! 敵襲!」
「連絡! 急げ!」
「守りを固めろ!」
鋭い声が城内に飛び交っている。ぴーっ! という甲高い笛の音があちこちから聞こえる。
「貴様ら何者だ!」
「無事に帰れると思うな!」
「ひっ捕まえろ!」
血相を変えた騎士たちが剣を引き抜きながら、槍を構えながら俺たちへと突進してくる。
はっきり言って、これもまたつまらないゲームだ。
勝敗などすでに決している。落とせるかどうかは問題ではない。いかに落とすか、どれほど早く落とすか。それだけの話だ。
俺の勝利はすでに確定している。
国は落ちる。
次の朝を迎えるまでに。
そんなわかりきった戦いなのに――
それでもなお、俺の心は強く熱く燃え上がった。
弱き人の身が己の使命を果たそうと、己の忠義を捧げるものを守ろうと命を賭して戦いに臨む。
その覚悟の美しさに心地よい感動を覚える。
久方ぶりに俺は退屈を忘れた。
俺は声の限りに叫ぶ。
「我は魔王! この国を落とすものなり! お前たちが倒すべき巨悪は! 憎むべき怨敵はここにある! 千載一遇の機会なり! 卑小なる人間どもよ、我に挑む無謀を蛮勇とは笑わぬ! 己がすべてを賭し、この魔王を止めてみせよ!」
たった二人の魔と人の軍――
その戦いが今ここで始まった。




