ねえねえ、あんなに威張っててワンパンKOされるのどんな気持ちー?
俺はルシフェルのほうを見た。
「メンドくせー賭けしやがって……」
「あれくらい言わないと帰らないでしょうからね」
「優秀だとかどうとか言ってたけどな、あいつ絶対エロ野郎だぞ。お前にあんなことやこんなことをしたいって顔してたぞ」
「まあ、そうでしょうね」
「俺が入学できなかったらどうするんだよ」
もちろん俺は頑張るつもりではあるが、今のところ理力ゼロ点なのは事実。正直、絶対に合格できるかというと自信はない。
「別に魔王さまが入学できなくても問題ありませんよ」
「ど、どうして!? あんなやつの――」
「いえ。わたしも入学しないだけですからね」
「あ」
そうだった。こいつは俺についてきているだけだった。
「とはいえ――逃げたみたいで嫌ですから、その手は使いたくありません。魔王さまは引き続き入学できるよう頑張ってください」
「もちろん頑張るさ! だけどなあ……」
「そう状況は悪くありませんよ。むしろ、そうですね、あのラーロットとかいう貴族のおかげで状況は好転した可能性すらあります」
「俺には全然そう思えないんだけどなあ……」
そして、次のテストが始まった。
次のテストは運動能力テスト。
短距離を走ったり、長距離を走ったり、垂直にジャンプしたりして運動能力を試す。
俺はここに賭けていた。
理力などというわけのわからない能力とは違う。魔王である俺の運動能力は圧倒的だ。
ここで運動神経の違いを見せつけて点数を稼ぐのだ。
「このテストで取り返せばいいんだよな、ルシフェル? 俺、本気出しちゃうよ?」
「いけません」
「え? あれか、目立つとダメってやつか? もちろん一〇〇%本気じゃなくてさ、ぎりぎり一位とれるくらいに調整はするぞ?」
「いえ、それがそもそもいらなくて――」
ルシフェルはそこで言葉を切ってから続けた。
「普通の成績で構いません。それこそが逆転合格への布石ですから、あまり頑張らないでください」
わけがわからない。
だがまあ――ルシフェルの言っていること、立てた作戦というのは間違えたためしがない。
だから俺は言われたとおりの気構えで運動能力テストに臨んだ。
走力、平凡。
跳躍力、平凡。
持久力、平凡。
たたき出した成績はルシフェルの言ったとおり平均値だ。おそろしく手を抜かなければならなかったので逆に大変だった。こんなもので本当にいいのだろうか?
ラーロットのやつは理力だけではなく運動能力も非常に高かった。全競技でトップランクのスコアだった。
「お前の言うとおりにしたが、これでいいのか?」
「はい、完璧です」
とりあえずはルシフェルの計算どおりらしい。
そして、最後の模擬戦闘テストが行われた。
模擬戦闘テストとは名前そのままの内容だ。
四角くテープで区切られた床で一対一で受験者同士が戦い、その戦闘内容を評価とする。どちらかが参ったというか場外に出れば負けだ。 俺の名前が呼ばれた。
選ばれた対戦相手は――ラーロット。
ラーロットは試合場の向こう側から非友好的な、嗜虐的な笑みを浮かべて俺を見つめている。
「やれやれ……ここであいつと戦うなんてな。偶然にしてはできすぎだろ」
「偶然ではありませんが?」
何を言っているんだ? という顔でルシフェルが言った。
「え、どういうことだ?」
「貴族の人間が負けるわけにはいきませんからね。組み合わせには作為があります。つまり、貴族の人間は絶対に勝てる相手としか対戦しません」
「あっ――!」
「ですから、理力ゼロで運動能力並みの魔王さまが――期待のトップルーキーと戦うのは必然なのです」
だからなのか。ルシフェルが俺に微妙な成績を残せと言っていたのは。俺を貴族のかませ犬にしたてるため。
「それこそが合格に至る唯一の道。貴族は不合格にできないため――必ず最後の試合で勝たなければなりません。なので、絶対に勝てる相手としか試合が組まれません。ですが、ここで大番狂わせがあれば? 期待のルーキーをたたき伏せた無名の平民を果たして彼らは不合格にできるでしょうか?」
それがルシフェルの立てていた作戦だった。
確かにそれならば、この俺にだってチャンスはある。
「対戦相手がラーロットというのはありがたいですね。貴族と戦うまでは当初の作戦で決めていましたが、その相手までは決められませんでした。それがトップスコアの大貴族というのは最大の効果を期待できます」
「俺が最弱だからこその――最強とのカードになったってことか」
「そうですね……ですが、実際は違うかもしれません」
「どういうことだ?」
「ラーロットの性格からすれば、賭けの条件である魔王さま自身にみずから引導を渡して不合格とし、わたしを手に入れる。そう考えて組織委員に働きかけた可能性はあります」
「ああ……やりそうだな、あいつ」
であれば――このカードは必然。
「ええ……そうするだろうな、と思ったからこそ、あの条件を提示しました。そのかいがありましたね」
くすりと俺の美貌の副官が笑う。
おーおー、怖いねー。うちの副官。こいつに任せていれば俺は何もせんでいいから楽だけど。
「で、俺はあいつをぶっとばせばいいんだな?」
「はい。ですが、あまり圧倒的でもいけません。死なない程度に、かつ魔王さまの力を示すような勝ち方でお願いします」
「お前、難しいこと言うね……」
俺はため息をつきながら試合場に入った。
すでに中央に立つラーロットが勝利を確信した笑みを浮かべて俺を待っている。
「やあ、来たな。ルシフのお兄ちゃん」
「待たせたか?」
「まあ、それなりにな。だが、別にいいさ。試合そのものはすぐ終わるんだから」
すらりと剣を引き抜き、ラーロットが言う。
「瞬殺だ」
ラーロットの声にあるのは圧倒的な自信だった。八〇〇〇点がゼロ点に負けるはずがない、ただただ力の差を見せつけるだけのショー。自分の勇者としての第一歩を華々しく飾る序章。
無意味な自己陶酔。
実に結構なことだ。
ならば知るがいい。
この世には決して超えられないもの、お前たちの人知をはるかに超えた化け物がいるという事実を。
その事実に、すべてを突き崩されるがいい。
「はじめっ!」
審判のかけ声がかかった。
ラーロットが床を蹴り、一瞬にして俺に肉薄した。
剣を一閃。
この剣は会場で貸し出されたもので、質の悪い刃のない剣だ。斬られても命に別状はないが、その重量に速さが乗れば一撃で相手を昏倒させるだけの破壊力がある。
おそらくラーロットは勝利を確信していただろう。
それだけ速さのある飛び込みであり、剣速だった。
だが――
俺からすればすべてが遅すぎる。
俺は悠々とした動きでその刃をかわす。
ラーロットはかわされたことに気づくやいなや、手首を返し、二閃、三閃と剣を連続で振るった。
なかなかの反射神経じゃないかと俺は感心するが――別に俺の持つあらゆるものを何一つ超えてはこない。これでは当たってやることすら難しい。俺はあっさりとラーロットの攻撃をかわした。
ラーロットの顔に焦りが浮かぶ。
「な、お前、俺の攻撃を――!?」
「そんなに驚くことか?」
「黙れ! 少し逃げるのがうまいだけで調子に乗るな! 今度は俺の本気を見せてやる!」
ラーロットの身体が消えた――
少なくともそう認識するしかないような速度で動いた。素早い身のこなしで試合場を動き回っている。
というのは、俺の想像する一般人の感覚での描写だ。
俺の視点からすると、あいかわらずラーロットはゆっくり動いていた。心なしかほんの少し速くなったかな? 程度。
「はははははは! 理力ゼロのお前ではついてこれまい!」
いや……むっちゃ見えているが?
「どこから攻撃されるかわらかない恐怖に怯えるがいい!」
右斜め前にいるよね、今?
「そろそろ終わりにしてやる!」
その宣言とともに、ラーロットが攻撃を仕掛けてきた。
ああ、さらに少しだけ加速したんだ。頑張るじゃない。
もちろん――俺の目にはたいして変わらないがな。
俺はラーロットが剣を振るよりも速く、やつの懐に飛び込んだ。身体と身体が激突し、ラーロットの動きが止まる。
「な――お前……! なぜ俺の位置が……!」
「ははは。たまたまだろ? 運がよかったよ」
「ちぃッ!」
ラーロットがすぐに動こうとするが――させない。俺は超至近距離からラーロットの腹にこぶしを叩き込む。
当然だが――加減した。
とてもとても加減した。
世界にひとつしかない古びた壺を、美術愛好家が慈しむかのようなそんな配慮と優しさに満ちた一撃だ。
脆き人の身よ、壊れてくれるなよ?
「ぶはぁっ!」
そんな一撃でもラーロットの身体は吹っ飛んだ。胃液を吐き散らしながら、試合場の外まで一直線に。
ラーロットは無様に気絶したまま、身体中を痙攣させている。
ふむ……。
まあ、痙攣しているということは死んではいないだろう。
俺とルシフェルの二人をのぞき――誰もがあっけにとられていた。無言でこの状況を見つめている。それはそうだろう。ゼロ点の俺が八〇〇〇点の大貴族を吹っ飛ばしたのだ。みんな逆の結果しか考えていなかったのだろうから。
だが、どうでもいい。
俺の試合は終わったのだ。
「審判?」
俺の声に、審判がはっと我に返る。
「勝負あり! は、早く医療班に連絡! 担架だ!」
審判が血相を変えて叫んでいる。
会場はざわついていた。
「あの、ラーロットが負けただなんて……」
「平民が、貴族に?」
「何者なんだ、あいつは……」
ま、好きなように噂しといてよ。
俺が試合場から出るとルシフェルが待っていた。
「ほどほどに――地味に勝ってみせたがあれでいいのか?」
「はい。あれで完璧です。さすがは魔王さまです」
「あとは結果待ちか」
やがて結果が発表された。
もちろん、俺もルシフェルも合格だった。
貼り出された結果を見て、俺は大きく息を吐いた。ルシフェルの理屈は信じていたが、実際ゼロ点がどう評価されるかは未知数だったからだ。
だが、最後の試合ですべてひっくり返せた。
ありがとよ、大貴族のラーロット。俺の踏み台になってくれて。