灼炎姫vsオウマ、再び(上)
時間はあっという間に過ぎ――
フレイアの指定する真夜中になった。
俺は部屋を抜け出すと、フレイアが指定した場所へと向かう。
そこは寮から少し離れた場所にある、まばらに木が生え、茂みがあちこちにある雑然とした空き地だ。
その場所に完全武装のフレイアが腕組みをして立っている。
赤色に輝く金属鎧を身にまとい、左手には優美な装飾の施された盾を持っていた。
腰には聖剣イグナイトを差している。
俺はフレイアに声をかけた。
「待たせたか?」
「――ああ、そうだな」
フレイアは閉じていた目を開き、組んでいた腕をほどいた。
「ずいぶんと待ったよ」
「……悪かったな。話があるそうだが、話し合いの格好か、それ?」
「……わたしが本気だということだ」
フレイアは俺の目をじっと見て続ける。
「以前のようなごまかしを聞くつもりはない」
つまりは実力行使もあり得る。
お前が? 俺を? できるとでも?
なんてあざ笑う気分はこれっぽっちもない。そんなことフレイアにだってわかっている。
だが、フレイアはそうすると言ったのだ。
己の覚悟を示すため。
一歩も引かぬと自分を追い込むために。
そして、そこまで追い込んだのは俺なのだ。その事実は俺の胸を強く締め付ける。
フレイアが話を続けた。
「国に戻ったとき、お前を捕らえるように命じられた」
「……国が俺を? なぜ?」
俺は笑ったみせた。
「こう見えて国王とも仲良しなんだけどな?」
俺の軽口には付き合わず、フレイアが神妙な顔で話を続ける。
「オウマ、お前に疑惑があるのだ」
「疑惑?」
「そう。お前が――魔王という疑惑だ」
ご名答。
聞いた瞬間、俺は内心でそう思った。
もっと動揺するかと思っていたのだが、それほどでもなかった。
ああ、そのときがきたか。
そんな感じだ。
リグルフォン帰還の話を聞いたときから、そんな未来に対して薄々と心の準備をしていたってのもあるが。
「もちろん、わたしは信じていない。そんなバカな話があるかとな」
その言葉には怒りがあった。
それは俺を疑うものへの怒り。すなわち、フレイアの俺への信頼を表す感情だ。
「だが、魔王の素顔を見たものが言うのだ。オウマ、お前と同じ顔だったと」
……魔王の俺の顔を見たものが現れたのか……。
誰だろうか。
リグルフォンかと思ったが、あのときは魔法で牙や角を演出していた。俺だと断定はできないはずだ。
であれば、誰だ? 魔王としての俺の顔を見たやつは。
フレイアの言葉が続く。
「そして、魔王城に残された聖剣グリービスをお前が持っていた事実とつきあわせると――お前が魔王という話がもっとも筋が通る」
はあ、と大きな息を吐き、フレイアが一気にまくし立てた。
「だが、ありえない! そんなもの! わたしは信じない! だから教えてくれ、オウマ! なぜお前はグリービスを持っていた!? 何か事情があるのだろう!?」
しん、と静寂が降りた。
フレイアは口を閉ざし、俺は口を開かない。
フレイアは俺の言葉を待ち、俺は言うべき言葉を探している。
結局――
「言えない」
俺はそう答えた。
すべてをさらけ出すのは簡単だ。大きく高笑いして「さすがだ人間! その通り。俺が魔王だ!」と叫び、転移魔法で魔王城に戻る。
それですべて終わりだ。
この面倒から解放される。
フレイアたちは勇者学校の生徒として、俺は魔王城の魔王として生きていけばいい。交差した縁を元に戻し、出会う前の関係に戻ればいい。
そのリセットはとても簡単で、最近のごたごたで疲れている俺には甘美な選択だった。
だが、違うのだ。
それは俺の願う未来ではない。
そんな紙をぴりっと破るかのように、あっさりと引き裂いてサヨウナラなんて簡単なものではない。
俺とフレイアにはお互いの心情を通わせた月日があるのだ。
都合が悪いからもう終わり、なんてのはあまりに身勝手だ。
少なくとも俺には今の関係を維持する責任がある。
なぜなら、すべて俺の身から出たさびなのだから。
ではどうする?
嘘を並べてごまかすか?
それも違う。俺はそもそも嘘が苦手だし、フレイアたちにちゃちなごまかしを超えた嘘をつきたくない。
その俺が言える精一杯が「言えない」だった。
もちろん完全武装の覚悟を示したフレイアが納得できる返事ではないのだが。
フレイアが息を吐いた。
「……お前やルシフが何か秘密を隠しているのは気づいている。だが、わたしにはわたしの従うべき責務がある」
フレイアの手が閃き――
きん。
澄んだ音ともにフレイアが聖剣を引き抜いた。雲で陰った月から落ちる光が赤い刀身を静かに照らしている。
「話せないか、オウマ?」
「悪いな。……俺は話す以外の解決策を探したい」
「決裂だな。ならば意地でも口を割ってもらおう」
言葉の直後、フレイアの髪が赤い輝きを放った。理力が変質、灼炎姫モードへと移行したのだ。
「負けるとわかっていてなぜ挑むと思っているか? ……わたしにだって引けないときがあるのだよ、オウマ」
「お前らしくていいと思うよ」
フレイアがふっとほほ笑んだ。
「行くぞ、オウマ!」
言葉と同時、フレイアが口から炎を吐き出した。まるで龍が吐き出したかのような炎の吐息が俺を呑み込む。
以前に比べて炎の温度と厚みが段違いだ。
あれから半年か……腕を上げたな、フレイア!
俺を包み込む炎の嵐を断ち割り、そのフレイアが飛び込んできた。
俺は聖剣イグナイトの連撃をかわし、さばく。
フレイアが剣を振るいながら叫んだ。
「オウマ! 王国の剣としてお前に戦いを挑む!」
俺とフレイア――
二度目の真剣勝負。
一度目とは決定的に違う二度目。
最初に俺とフレイアが戦ったとき、フレイアの声は強者との出会いの喜びに打ち震え昂揚していた。
だが今は違う。
その声は勇ましくはあったが、どこか悲しい響きを含んでいた。




