湯上がりルシフェルの肢体vs魔王くんの理性! ファイッ!
俺の理性は部屋に戻ってすぐ大きなダメージを受けた。
「遅かったですね、魔王さま」
部屋には一足先にルシフェルが戻ってきていた。
浴衣姿で。
浴衣とは、袖のついた一枚物の薄い布で身体を覆い、腰の紐でしめるだけの簡単な作りの衣類である。
一枚物の布で身体を覆う――
覆えていない。
まったく、覆えていない。
ルシフェルの女性的に鮮やかな身体の曲線がこれでもか! というくらい浮き上がっている。
特に顕著なのが胸だ。
そのたわわに実った巨大な果実が、締まろうとしている浴衣の口を大きく押し広げている。
おさまっていない。
まったく、おさまっていない。
た、谷間が――
中途半端にゆるい衣類なので、今にも弾けそうなルシフェルの肢体をこれっぽっちも隠せていなかった。むしろ、こぼれそうな白い肌がちらちら見えて、より扇情的ですらある。
そんなエロっちい格好が視界に入ると、まるで連想ゲームのようにあの映像が脳裏に浮かんでしまうのだ。
さっき風呂で見た、あの衝撃的な(お宝)映像を……。
前門の湯上がりルシフェル、後門の全裸ルシフェルである。
ダ、ダメだ……。
俺の理性が息をしていない……。
そんな俺の気など知らず、ルシフェルはテーブルにあったせんべいをぽりぽり食べている。
俺はルシフェルの対面に座った。
「確かに遅かったな……。その……温泉が、楽しくてな……」
視線のやり場に困る。
何だか重力でもあるのかっていうくらい、ルシフェルの身体に視線が引き寄せられてしまう。
いかん! いかんぞ、俺!
部下を――俺に尽くしてくれる部下をそういう目で見るのは!
動揺している俺にルシフェルが話しかけてくる。
「さっき風呂場で誰かと話してました?」
「え?」
「悲鳴だけではなくて話し声も聞こえてきたんですけど……」
「あー、その、仲居がね。仲居が来たんだよ。あの変な身なりの。でな、湯加減がどうとか訊いてきてさ……! それだけなんだよ!」
俺は早口でまくしたてた。
我ながらいい言い訳だ! 湯加減を訊いてきたのは事実だしな。
しかし、俺の会心のごまかしにルシフェルは首を傾げ、
「ふーん」
と言った。
あ、あれ……納得していない?
「あの仲居さんがそれだけで引っ込みますかね?」
どきり!
「え、いや……それだけ、だったぞ……?」
「そうですか? あの仲居さんだったら、魔王さまに混浴にしないのかとか女湯をのぞかないのかとか言いそうなんですけど」
どきり!
俺は自分で自分を褒めたかった。
すべての感情を無にして――ルシフェルの直撃弾を受け流した。
「そんなことは言わなかったぞ」
「そうですか」
ルシフェルが首を傾げる。
「今の魔王さま、ちょっとエロエロモードですよね? 仲居さんに何かそそのかされたと思っていたんですけど」
「な、え!? エロエロモード!? 失礼だな! 何を根拠に!」
ルシフェルは無表情のまま続けた。
「知っていますか、魔王さま」
「な、何を?」
「女性はね、胸をちらちら見る男の視線に気づいているんですよ?」
俺はどきりとした。
むっちゃチラ見していたからだ。
いや、その……まるで変態みたいだが……俺は我慢しようと思うんだけど、そこに「こんにちはー!」みたいにあるからさ……目がいっちゃうのは仕方ないじゃん!
ていうか、その立派なもんしまってくれよ!
これでも頑張って抑えているんだ……。
だから、チラ見なんだよ……ガン見じゃなくてな……。
確かにチラ見してました!
とはいえ、俺にもメンツがある!
「へ、へえ、そうなんだ……」
一般論の話ですよね?
俺の話だって思ってませんよ?
だって俺はそんなことしてませんからね?
みたいな空気を出して答える。
ルシフェルがじーっと俺を見ている。
その視線が痛い。
ルシフェルが口を開いた。
「……見てもらってもいいですよ?」
「は、はあ!?」
こここ、こいつは何を言っているんだ!?
「見てもらってもいいですよ? だって――」
にこりと笑ってルシフェルが続けた。
「見せてるんですから」
そう言って、ルシフェルが身体の角度を変える。
まるで浴衣からこぼれ落ちそうな胸の谷間を俺に見せびらかすように――
ああ、俺の理性が粉みじんに砕け散っていく……。
だが、俺はくじけない!
理性がないのなら漢の意地だ!
俺は意地を総動員して首を横に向けた。
「バババ、バカ! 何やってるんだ! 俺をからかうな! さっさとしまえ!」
「しまえないんですよね……この浴衣、小さくて」
「じゃ、じゃあ! 制服に着替えろ! 俺も男だから! そういうのが見えると落ち着かないんだ!」
「そうなんですか」
くすくすとルシフェルが笑う。
「なら着替えません」
「なぁにぃぃい!?」
「キョドっている魔王さまを見ているのが楽しいですから(笑)」
「お、おいいいい!?」
「魔王さまの性的な喜びを満たすため、ルシフェルは魔王さまのケダモノのような瞳にこの身を晒すのです……」
ルシフェルは胸元に手を当て、はあ、と息を吐いた。
そして、俺を見て楽しそうに笑う。
俺はやり場に困る目の置き場を探しつつ、犠牲になった理性のかけらを必死に寄せ集めた。
俺って頑張ってるなー……。
なんでこんなに頑張ってるんだろう……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その後――
俺たちは仲居が部屋に運んできた夕食を食べた。
食事が終わった後、俺たちはだらだらと過ごした。厳密には俺だけが畳に寝転がってだらだらと過ごしていた。
ルシフェルはテーブルに向かい、何か書き物をしている。
「ルシフェル、何やってるの? 仕事じゃないだろな?」
仕事は忘れろと言ったはずだが……?
「宿題ですよ」
「宿題?」
「勇者学校の。夏休みの宿題、出ていましたよね?」
「あー」
忘れていた。
「魔王さま、ちゃんとやってますか?」
もちろん、白紙だが?
「最終日に――ルシフェルに写させてもらおうかな……」
「見せませんから」
「え!?」
「そういうのは自分の力でやってください。主の堕落を見過ごすような部下ではないのです」
「堕としてなんぼの堕天使なのに?」
俺の言い返しにルシフェルが目を見開き、ペンの動きが止まった。
「……うまく……返してきましたね……」
「ほらほらー、堕天使なんだから俺を堕落させてくれよー」
俺の言葉にルシフェルが首を振る。
「……まあ、堕天使の堕は『堕とす』ではなく『堕ちた』という意味なんですけどね」
「あ!」
「それは置いといて――『堕とす』という意味だとしても」
ルシフェルは続けた。
「魔王さま、ごろごろしすぎです。もう充分堕落してますから。それ以上はダメです」
ぴしゃりと言う。
「ルシフェルも手伝いますから。ちゃんと後でやりましょうね?」
「わかったよ」
そんなこんなで夜も更けてきた。
「さて、そろそろ寝ましょうか」
ふぁあ、とあくびをしてルシフェルを身体を伸ばす。
「そうだな……」
なんだか俺も疲れてしまった。
自分の理性を保ち続ける努力に……。
眠ってしまって意識を強制終了してしまおう。眠ればこの悶々とした気分も少しは落ち着くだろうか。
俺は立ち上がり、隣の寝室へと向かった。
こういう宿だと通常はテーブルを片付けて居間に布団――和風文化におけるベッドを用意するのだが、俺たちの部屋は大きいので布団用のスペースがあるのだ。
「布団はもう敷いておきましたので」
仲居はそう言っていた。
俺は寝室のふすまを開ける。
そして、見た。
そこに敷かれた布団を。
布団はひと組しかなかった。二人が一緒に寝てもいいくらいのとても大きな布団だけが。
ひとつの布団に二人の男女……。
その布団には枕が置いてあった。
二個の枕は青色とピンク色で、両方とも表面に『YES』と書かれていた。
意識がくらっと遠のきそうになるのを感じながら、とりあえず俺は思った。
YES/NO枕ってセンス古すぎだろ……。




