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絶対的な強者とは永遠の飽きと孤独を持つものだ

 リグルフォンは二〇後半の男である。

 職業は勇者。

 人類に仇なす魔王を倒すことを使命とする崇高なる職業。


 彼とその仲間たちは使命を果たす旅に出ていて、そのとき波止場で船を待っていた。


 そこに真っ暗なローブをまとった女が現れた。

 フードからのぞく顔ははっきりと見えなかったが、ちらりと見える部分だけでもぞくっとするほど美しい顔立ちの女だった。

 彼女はリグルフォンの手をとり、こう言った。


「勇者リグルフォンさまですね?」

「そうだが?」

「それはよかった。では、お連れしますね」


 女性が感情のこもっていない声で続けた。


「魔王城に」


 え――?

 リグルフォンが聞き返すよりも早く。


 風景が切り替わった。

 どこまでも海が広がるのどかな波止場の風景が一変。


 石で作られた寒々しい建物のなかにリグルフォンと仲間たちは突っ立っていた。

 だだっ広い部屋だというのはわかったが、全体として闇が濃く、見通しの悪い空間だった。


「こ、ここは……?」


 リグルフォンがつぶやく。全く覚えのない場所だった。仲間たちも不思議な顔でたたずんでいる。

 リグルフォンは先の女性の言葉を思い出した。


 ――お連れしますね。魔王城に。


(ということは、何か……?)


 リグルフォンは自分でも信じられない気持ちをはき出すかのように口を開いた。


「まさか、ここが魔王城なのか?」


 ただの独り言だったが――

 返事はあった。


「その通りだ」


 ばちん。


 指を鳴らす音ともに、部屋を覆う濃厚な闇がかき消えた。

 リグルフォンたちの前には――

 玉座があった。


 玉座に座っているのはもちろん城の主。ねじくれた山羊の角を頭から生やし、黄金の瞳を持つ男。


 魔王。


 金と銀の刺繍が美しい黒いローブを身にまとい、けだるげな姿勢で玉座にもたれかかっている。その手には赤い液体がなみなみと注がれたワイングラスがあった。

 正対するだけで背中が粟立つような、禍々しいオーラが男から立ち上っている。


「待っていたよ、君たち。おめでとう。君たちが魔王城に入り、さらには魔王の眼前に立った初めてのパーティーだ。誇るといい」


 リグルフォンはまったく状況が理解できていなかった。


(え、本当にここが魔王城で……こいつが魔王なのか?)


 だが、リグルフォンはその疑問を切り捨てる。

 腰の聖剣を抜き放ち、正眼に構えた。仲間たちも同様だ。考えるよりも先に戦闘準備を整える。


 聖光皇拳せいこうおうけんを極めた最強の武道家。

 一〇〇の禁呪を操る大魔法使い。

 女神より聖印を授かりし女司祭。


 リグルフォンたち四人は数ある勇者パーティーのなかでも最高峰の強さだった。最も魔王城に近い四人とさえ言われている。

 打倒魔王のため彼らはその牙をずっと研ぎ続けていた。


 その宿敵が――

 目の前にいる。


「理由などどうでもいい! 魔王を倒す! 行くぞ、お前たち!」


 リグルフォンは聖剣を手に叫ぶ。

 魔王がワインを飲み干し、そのグラスを床にたたきつけた。そして、その残骸を踏みしめて立ち上がる。


「さあ来い。我を楽しませてみよ、人間!」

「慈愛の女神よ! 今こそ我ら聖戦のとき! その御力で神の子らを守り導きたまえ! 『最終決戦アーマゲドン』!」


 女司祭の声と同時、リグルフォンたち四人の身体を光が包んだ。

 彼女が行使したのは精神を高揚させ、身体能力を飛躍的に高める魔法――いわゆる『祝福ブレス』の最上級魔法。

『最終決戦』の効果は絶大だが、生涯でたった一度しか使えない。女司祭はそれを惜しげもなく使ってみせた。


 彼女だけではない。

 四人全員が理解していた。

 この戦いこそが、最後の決戦であることを。

 この戦いだけは、負けてはならないことを。


 すでに武道家はリグルフォンの横から姿を消していた。極限まで鍛え上げた脚力ですでに魔王の横へと回り込んでいる。


「聖光皇拳最終奥義! 『破龍壊山拳はりゅうかいざんけん』!」


 極限まで研ぎ澄まされた――氣。武道家が膨大な氣を込めた右こぶしを魔王めがけて打ち放つ。


 直撃――閃光。


 手応えを確認するよりも早く、武道家はその場から跳びすさる。

 その場にいれば死ぬからだ。


「魔王、お前の野望も終わりだ。食らえ、禁呪『獄爆ヘルフレイル』!」


 魔法使いが禁呪を発動させた。

 漆黒の炎が立ち上がり、魔王を飲み込む。炎のなかでは膨大な数の爆発が巻き起こり、魔王の身体を焼き尽くさんとした。

 炎の柱が砕ける。


 魔王の身体がぐらりと揺れた。


「聖剣グリービスよ、今こそその力を示せ!」


 リグルフォンの聖剣が光を放つ。


「終わりだ! 死ね、魔王!」


 リグルフォンは魔王に飛びかかり、その聖剣を振り下ろ――


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『最終決戦』『破龍壊山拳』『獄爆』、そして聖剣の一撃。


 膨大な破壊エネルギーが吹き荒れたのが嘘のように、広間はしんと静まりかえっていた。


 俺の口から深いため息がこぼれた。

 それは疲労ではなく――飽きの息。


 俺はゆっくりと玉座に腰を落とす。


「やーっぱ駄目だったかー」


 半ばで折れた聖剣を手でもてあそびながら、俺はぼやいた。


『そうですか、残念でしたね』


 空間から声がした。


 瞬間――

 きん、という金属的な音。


 直後、暗闇のようなローブをまとった女が姿を現した。

 あの勇者――名前なんだっけ? あいつがいれば自分たちを転送した女だと気づいただろう。


 ばさりと女がローブをひるがえした瞬間――女の姿が変わった。

 俺の眼前に水着のようなデザインの、露出過多な鎧を着た若い女が現れた。金髪に色白の肌、顔立ちもプロポーションも抜群だが、それよりもまず目につく特徴は羽毛に覆われた翼だろう。


 天使。

 彼女を見た多くの人間がその名詞を思い描くに違いない。

 だが、それは一文字だけ正しくない。


 彼女の正体は『堕天使』。

 その証拠に、彼女の翼は夜で染めたかのように黒い。


 魔王である俺の優秀な副官、堕天使のルシフェルだ。

 ルシフェルは取り出したメガネをかけ――俺の知っているいつもの姿に戻った。


「駄目でしたか、彼らは」

「うん。出てきた瞬間いきなり本気モードになってくれたのはよかったんだけどさ。困ったよ。あれだけ叩き込まれてもノーダメージだったんだから。自分でもびっくり。え、まじでHPフルのまま? あ、どうしよう、これ、みたいな」

「ふっ、きかんな、みたいな感じで魔王感出してればいいのでは?」

「それさ、0.1秒くらい考えた。でもさー、なんたら神拳最終奥義とか言ってんのよ。最終だぜ? それ食らってダメージゼロとかどうすんのよ。もう後がないんだろ? 空気お通夜になるじゃん?」

「確かにそうですね」

「でさ、次にぶっ放してきたのが獄爆ヘルフレイル

「ああ、あの魚焼くのによく使う」

「そうそう。あの魚焼き魔法の獄爆。でもさ、あいつらそれを使うときに禁呪とか言ってんの」

「禁呪!?」

「そうそう……むっちゃ日常的に使うじゃーんって思いながら、俺、焼かれたよね。ま、ダメージゼロなんだけど」

「ふーん、そんなのが人間にとっては禁呪なんですね」

「さすがに最終奥義だの禁呪だの出させてノーダメージでしたーともできないからさ、ちょっとぐらついてダメージ受けた振りしたよね」

「意外と優しいんですね、魔王のくせに」


 ルシフェルが俺の持つ折れた聖剣に気づいた。


「それは?」

「これは勇者の、えと、リグムホスだったっけ?」

「グリルパンです」

「そう、そのグリルパンが持っていたやつだな。俺に斬りかかってきて――当たった瞬間ぽきって折れたの」

「あちゃー。折れちゃいましたか」

「ダメージ受けた振りはできるんだけどさ、折れちゃったらどうしようもないじゃん? ごまかせないじゃん?」

「そうですね。普通は聖剣折れませんからね」

「それで俺がノーダメなのもバレちゃって。一瞬で勇者パーティ戦意喪失しちゃったよね」

「ああ……そうなりましたか。で、彼らはどうしたんですか? 死体は見当たらないですが」

「しょうがないから転移魔法でどっか適当な場所に強制送還した」

「おや、殺さなかったので?」

「殺してないよ。弱すぎてそんな気にもならなかった」


 ぱちんと俺は指を鳴らした。

 その瞬間、俺の頭から生えていた山羊の角も吸血鬼のような犬歯も消え失せる。演出の一環として幻影魔法で魔王らしい装飾を表現していたのだ。それらを取り払うと――俺は人間なら黒髪黒目の一五歳くらいの若造にしか見えないだろう。


「ところで、この聖剣どうしようか?」


 俺がそう言うと、ルシフェルは床に転がっている聖剣の折れた先を拾い上げた。


「きれいに折れてますから、瞬間接着剤でくっつけておきますよ」

「よろしく頼むわ」


 俺は持っていた聖剣をルシフェルに渡す。


「なあ、ルシフェル。あいつらが勇者どものなかでは最高ランクなんだよな?」

「らしいですが」

「まじかー」


 俺は頭を抱えた。


「暇すぎるんだがどうすればいいかね?」


 結局――それが俺の目下の悩みだった。


 魔族たちを屈服させ、俺は魔界を制覇した。

 初代魔王の没後から数千年の群雄割拠が終わり、二代目の魔王になったのだ。


 古文書をひもとくと、初代魔王は人間界の最果てに領土を持っていた。これは当時の人間界の王も認めた正式な領土だった。

 特に誰も暮らしていない荒れ地だったので、俺はそこに魔族たちを派遣し城を再建した。そう、この城だ。


 もともと魔族の土地だし、誰も住んでいなかったからいいだろうと思っていたのだが、思いのほか人間たちが反応した。


 魔王軍が攻めてきたぞ!

 勝手に俺たちの土地に城を建てたぞ!

 みたいな感じで興奮して軍拡を始めた。


 いやあ……攻めてもないし、そもそもここ魔族の土地なのだが。

 まー、確かにうちの土地だったの数千年前だからな……。人間の寿命からすると大昔というより神話レベル。そりゃ知らんよな。

 俺たちは特に人間を攻めるつもりはなかったのだが、人間側のほうで勝手にテンションを上げていた。


 で、それに便乗するやつがいた。

 神だ。


 神と魔族が敵同士なのは世界創世の昔から決まっている。

 神としては数千年ぶりの魔界統一に危機感を覚え、人間を扇動して俺たち魔族に対抗を始めたのだ。


 というのがざっくりとした世界観のお話。


 俺的には「おいおいマジかよ、お前らちょっと落ち着け」って気分ではあったのだが、それはそれで別に悪い気もしなかった。

 魔界統一を成し遂げた俺は新しい目標に飢えていたからだ。

 で、人間たちと少しばかり事を構えて俺は気づいた。


 こいつらくそ弱い。


 神どもが自分たちの力を少しばかり分け与えて強化しているようだが、元々が脆弱すぎて焼け石に水状態だ。


 最初は真剣に戦力と陣形を整えて戦っていたのだが――

 待てど暮らせど魔王城には誰も来ず、第一防衛ラインすら突破してくれない。


 ちょっと本気出しすぎたか……。

 そう思ってわざわざ前線を弱くした。スライムとか適当に混ぜて経験値かせいでね、みたいにしてみた。

 だけど――

 待てど暮らせど魔王城には誰も来ず、第一防衛ラインすら突破してくれない。


 もうちょっと頑張れよ、人類。

 というわけで戦争が始まって早二〇年。俺はぼんやりと誰も来ない魔王城で勇者たちを待ち構え――

 退屈すぎて飽きていた。


 せめて一度くらいは勇者と戦ってみたい。

 そのため、俺はルシフェルに命じて『一番強そうな勇者』を無理やり魔王城に転移させたのだが、弱すぎて話にならなかった。

 俺はどうすりゃいいんだ。


「割り切って人間界も攻め落としてしまえばいいのでは?」

「まあ、一日で落ちるよな、ぶっちゃけ」


 俺とルシフェルが各国を転移魔法で飛び回って王さまたちを半殺しにしていけばあっという間に征服完了だ。


「だけどさ、簡単すぎてそれも面倒っつーかね」


 いつでもできるのだから、別に今すぐやらなくてもいい。というか、そもそも別に人間界が欲しいわけでもない。

 俺は――退屈したくないだけなのだ。


「暇だわ……なあ、暇だよな、お前も?」

「いえ。特に」

「えー、嘘だろ?」

「わたしは魔王さまと違って仕事していますから。今は大規模な襲撃計画の準備で忙しいです」

「襲撃計画? え、どこを?」

「人間たちが勇者を育てるための学校を作っていましてね。そこに才能ある子供たちを集めて、強い勇者を育てようとしているのです」

「ほー。初耳」

「いえ。説明しましたよ」

「うそ?」

「説明しました。そしたらメンドいからお前に任すと言われました」


 ぜんぜん記憶にない。

 とはいえ、間違いなくルシフェルの言い分が正しいだろう。この副官は優秀すぎるので、俺は自分以上にこいつを信じている。そして、優秀すぎるから俺はほとんどの仕事を丸投げしている。

 うん。そりゃ任すって言うよね。言ってる言ってる。


「で、その学校を滅ぼすわけ?」

「はい。むしろ才能ある子供たちを一挙に殲滅できる好機。逃すわけには参りません」

「いやー……かわいそうじゃない?」

「なにをおっしゃいますか。その油断が命取りですよ」


 絶対零度のような冷たい瞳をルシフェルが輝かせる。

 本当にこいつは容赦がない。ドエスである。人類がフルボッコ状態なのはこいつのせいじゃないのか……。


「あのさ。任せるって言っといてなんなんだけど――」


 俺はこほんと咳払いをして言った。


「それ中止で」

「え、ええええ……」


 ルシフェルが額に手を当ててふらっとよろけた。


「中止? 魔王さまとあろうものが情にほだされたのですか?」


 まあ、それもあるっちゃあるんだが――


「いや、暇つぶしになるんじゃないかって思ってな」

「暇つぶし?」


 俺の中で急速にアイディアがむくむくとふくらんでいた。それを想うだけで楽しくて――俺はわくわくしてしまう。


 勇者の学校。

 俺はそれに興味を持ってしまった。

 どんなやつらがそこにいて、どんな生活をして、どんな目標を持って鍛練しているのか。

 勇者の卵たちというやつらを見てみたかったのだ。


「その学校にさ、俺らが入学したら面白そうだと思わない?」


 それはひょっとすると――

 俺のこの永遠にも似た飽きを少しは埋めてくれるのかもしれない。


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[一言] 『獄爆』ってつい最近見たなと思ったらファウストさんも同じの唱えてましたね! こっちの魔王と側近の掛け合いにも期待です。
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