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<序章> 『そろそろ出たい』

本編が始まると思ったか?

残念だったな、まだ〈序章〉だよォ!(ごめんなさい、ホントごめんなさい)

 俺はいまだ、肉体から精神を切り離し、時が止まったこの特異次元の中にいた。

 俺を補助してくれる杖はここを“第五元領域”と呼んでいたが、わかりにくいので、俺はこれを“精神の空間”と呼ぶことにした。だってそっちの方がわかりやすいし格好いいだろ?


 精神の空間の中で、自らの新たな肉体が持つ能力を確認しているところだ。


 この頭の上に表示される、ロールプレイングゲームの吹き出しっぽい能力詳細は、かなり細かなところまで書いてあった。

『……へぇ、なかなか……しっかりしたモノをお持ちで……』

 それこそ、「そんなとこまで!?」と突っ込みたくなるほど詳細に。

 まあ、必要な情報でもないので、その辺は省くことにする。


 もっと基本的な部分に目を向けてみよう。


 年齢は数値を表す範囲がカンストしており、年齢不詳となっていた。最低でも99万9999年と364日と23時間59分59秒生きているとのこと。この時計、一周回ると0に戻るタイプじゃないのね。杖が言っていた20臆なんちゃらとかいう数字も、あながち嘘や冗談ではなさそうだ。


 ちなみに。時間の数え方が違うという点については、1秒の間隔を長引かせることで帳尻を合わせ、1日を俺の知る地球での表記に変換してもらうことになった。おかげで俺にとってこの世界は、少しだけ時間の進み方が遅い世界になっちまったわけだけど、元の世界では「一日が伸びればいいのに」なんて考えていたからきっとちょうどいいだろう。

 やっぱり分かり辛いからね、時間の表記が違うと。さっきまでの年齢なんて、99万9999年379日9時間99分99X秒だったし。この世界の常識に当てはめちゃうと「現在4時55分、後95分で5時半になるのでお昼時」みたいなことになっちゃうから。絶対慣れない自信があるね。うん。


 さすがに月齢まで変更するわけにはいかず、1年が10月までってところと一か月が38日って部分は変わらなかったけど。まあ、それはそれでファンタジーっぽいってことで納得するしかなさそうだ。

 そうすることで生じる誤差なんかは、杖が持ち前の演算能力でなんとかやってくれるみたいだし、きっと心配もいらないだろう。

 さすが補助杖、頼りになるぅ。



 閑古休題、自分の能力詳細(パラメータ)に話を戻そう。


 とはいっても。身体的な能力値も数値化されているのだが、これがまた凄いのか凄くないのかわからなかった。

 ”俊敏さ”や”器用さ”といったありがちな形に分類されたステータスは、ほとんどの数値が800から900の間でまとまっていて、筋力の部分だけ75と異様に低い。

 この世界の平均値も知らず比較対象もいないため、この数値がどれほどの能力を表すのか、具体的なイメージがわかなかったのだ。


 そりゃ、ゲームのステータスっつったってピンキリだもんよ。

 某“魔物を玉に閉じ込めてポケットサイズにする”やつや“最後系物語”だとチート以外の何物でもない数値になるが、“竜の探索”系ゲームに換算すれば作品によってはたどり着けない数値ではない。

 ステータスの表記が1000を超える最近の“架空オブ”シリーズ等なら、やり込むことを前提とするとむしろ低い部類に入る。

 この世界が一体どの世界観なのか、後々考察する必要がありそうだ。

 まあ、パラメータ底上げの“やり込み”なんて、現実世界じゃあり得ない話だし。低いってことはないだろう。多分。


 ついでに言えば、生命力に関しては表記がバグって“015XX:”となっていた。これは……カンストしている、というよりも“限界突破状態”といった具合なのではなかろうか。

 これに関しては、不老不死の肉体とのことなので、体力がバグっているのはなんとなく想像がつく。数値にはできないレベルの能力値なのだろう。


 さらに、一覧の下の方には特殊技能というか、固有能力(アビリティ)のようなものが書いてあるのだけど、これがまた凄かった。

 なにせ“枯渇知らぬ魔力の抱擁(インフィニティ・ソーサリー)”だの“不滅の神格者(インモータル・テオス)”だの“究極の生命体(アルティメイティム)”だの“属性の超越者(エレメンタル・マスター)”だの、字面からして凄さが伝わってくるものばかりだったからだ。


 この固有能力(アビリティ)特殊技能(スキル)の欄に至っては……もう目を通していられない。

 だって“『名前』と〈効果〉”ってくくりで、大きめのテレビ画面サイズに広辞苑レベルの小さい文字でびっしり書かれてるんだぞ。しかも下にちっちゃく“1/2650”ってページ数まで書いてあるし。もはや桁がおかしい。一面分の広さの違いからくる情報量の差を考えると、国内最大の辞書以上に情報量多いってことになるんだけど。法律レベルじゃねえの、コレ。

 いや、まあ確かに、初歩的な技から全部表記するタイプの奴だと、下位互換技なんかがあるせいで無駄に一覧が増えて膨大な量になることあるけどさ。これはさすがにやりすぎじゃない? 絶対読む気にならないわ……。


『ナニコレヤッパリチートクサイナァ』


 ふと愚痴が漏れる。

 俺はどちらかというと、最強能力で簡単に済ますよりも、挑戦して達成感を味わいたいタイプだし……。ゲームなんかも初見でしっかりとレベルを上げて普通にクリアし、2周目であえて縛りプレイをすることで難易度を上げて挑戦したりするのが好きだからなぁ。


 って、そんなことどうでもいいか。ゲームみたいな表記だが、これはあくまでも現実。魔法によって能力をわかりやすく数値化、文字化しているに過ぎないのだから。

 今の自分を表す数値ってことで、納得しておこう。多分、どっかでいろいろと役に立つ場面があるだろ。これだけあれば、いつだって正解が埋もれているはずさ。


『チゥイト? 何が不都合でもありましたか?』

 杖が心配そうな小声になって小さく光った。


 どんな能力があるのか、自分には何ができるのか。いろいろと杖に質問をしてみたいところではあったものの。せっかく異世界に来たのに、いつまでも部屋の中でお勉強ばかりするのは、なんだかもったいない気がしてきた。

 そろそろあの扉の先に何があるのか知りたいという衝動に駆られる。


『ん。いや、大丈夫。なんか知りたいことがあったら、また聞くよ』


 そこで俺は、脳裏に浮かんだ不満や疑問を胸の奥にしまい、杖に微笑みかけた。杖の話はどうも長くなりそうだったし。


『そうですか、それならばよかったです』


 杖は安堵したように淡い光を放った。


『それよりもさ』

『はい?』

『俺もそろそろ、この部屋から出て世界をこの目で見てみたいんだけど……』


 続いて、今感じている欲求を、そのまま提示してみる。

 この杖はわりと素直に言うことを聞いてくれるし、相談しておけば失敗も少ないだろうと踏んでのことだ。


『それは……この部屋を実際に出て、ご自分の足で移動をしたいということですか?』

『え。うん、もちろんそうだよ?』


 なんでそんな普通のことを聞くんだろうと不思議に思っていると、杖は急に押し黙って、今までの蒼白い色とは違う黄色い光を出しながら、チカチカと機械的に光り始めた。

 また何かまずいことを言ってしまっただろうかと不安になる。


『…………。第五元領域から他所の情報を抽出し、知識として吸収する方法もありますが……確かに、新たなお体に慣れていただくためにも、多少の運動をすることは推奨すべきと判断しました。計算終了、良い考えですねっ』


 “計算終了”という言葉と共に、黄色かった光は元の青色に戻り、杖は元気に“ぺかーっ”と光った。

 って、ただ計算してただけかいっ。紛らわしい。


 俺は再び蒼白く発光し始めた杖に、『ああ、うん』とそっけない返事を返す。


『さらに考察しましたところ、異世界より来訪した貴方様がこの世界とご自分のお立場を理解されるには、他者の目に触れるところへ行くのが最良の選択だという結論になりました』

『あ、そう?』

『ええ、そうですとも。さあ、行きましょう、お散歩に!』

 なんだか勝手に納得した様子の杖は、興奮した様子で“ヂカーッヂカ―ッ”と輝きながら、声を張り上げた。

『あのー……』

『なあに、臆することはありませんっ。貴方様は偉大なる不滅の神格者(インモータル・テオス)なのですから! さあ! 新たなる世界へ、一歩を踏み出すのです!』

『いや、だからね。ちょっと聞いて?』

『…………? どうしたのでしょうご主人様? わたくしの提案が、何かご不満でしたか?』


 あのね杖さん。そうじゃなくてね。もっと根本的な問題があってね。


『一歩踏み出したいのはやまやまなんだけど、この半透明の状態のまま行ったって仕方ないよね? ……どうやって戻るのかなぁ?』

 俺はこの精神の空間から出る方法がわからずに困っていた。

 せっかく異世界に来たってのに、その空気を肌で直接感じないでどうするよって話。


 この精神の空間に入るための方法は聞いたが、元に戻る方法は聞いていなかった。物にも触れられないし、完全に八方塞がりだ。自力で元に戻れるとは思えない。

 杖も思い出したように『あっ』と光る。


『そうですね、魔力の流れを認知できない世界からいらっしゃったのであれば、精神を肉体へ戻す手法など知りませんよね。うっかりしていましたっ』


 杖にもおっちょこちょいな奴っているんだなぁ。

 ま、そこが可愛くて親近感が湧く要因になるんだろうけど。


『では、わたくしがきっかけを作ります。ご主人様は楽にしていらしてください。補助杖の本懐ここに在り、です。えいっ』


 杖の“えいっ”を合図に、文字が読めるようになった時と同じような“ぎゅーん”という感覚がして、目の前が一瞬真っ暗になった。


~~~~~~


 ハッと我に返った時には、精神の空間に入る前に見ていた世界が眼前に広がっていた。


 改めて、元に戻った自分の体を見る。

「ほえー、すっげぇ」

 世界は色を取り戻して、声にかかっていたエコーもなくなった。

 やはり、さっきまでいた白黒の空間は、こことは完全な別世界ということで間違いないようだ。


 この杖、凄いなぁ。

 そう思い立ち、改めて手に持った杖を見つめる。

「またなんかあったら頼むよ」

 声をかけると、杖は小さく蒼白い光を放った。



 さて。紆余曲折あって、かなり長い時間をかけてしまったが。

 ようやくこの時がやってきた。狭い部屋から出て、新たな世界へ飛び出す時だ。

「最近のゲームってチュートリアルばっかでなかなかプレイさせてくれなくてヤキモキすることもあるけど、そんなもんだったってことにしちゃおうぜ!」

 とりあえず自分でもわけのわからない言い訳をしながら、意気揚々と歩きだし、やっとのことで扉へと手を伸ばす。


 伸ばしたところで……。


 “コンコンコンコンコンッ”


 目の前から、木製の戸を叩くような音が響いてきた。

 不意を突かれてドキッとし、伸ばしていた腕を止めて立ち止まる。

 俺の”もはや誰にも止められないぜー”という勢いは、2度も簡単に止まってしまう程度の覚悟だったということだ。トホホ……。


「カンヌツヒ・ソウソウ アティワ・アマツスミスチ」


 続いて聞きなれない呪文を唱えるような声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には扉がゆっくりと開かれて、穏やかな表情で目を伏せた女の子の横顔がちらりと見える。


 誰かと対面する心の準備ができていなかった俺は、どうしたものかと焦った。

 そして。


 “カンカンカンッ”


 咄嗟に杖を3度打ち鳴らし、精神の空間へと逃げ込むことにした。


~~~~~~


 白黒の波紋が広がると同時に世界の速度が極端に遅くなっていき、立ち眩みが収まる頃には完全に停止していた。やはりこの空間に入ると、周囲の時が止まるようだ。

 ほっと胸を撫で下ろす。


『はい、お早いご帰還ですね』


 そして杖が頭の中に話しかけてきた。


『あ、うん……』

 あまりに早く戻ってきてしまったので、少し恥ずかしくなって口ごもっていると、こちらの心境を察した杖が『どうかなされましたか?』と優しくきっかけを与えてくれた。


『えっと、女の子が部屋に入って来たんだけど……』

『第三元領域にて起こっている出来事は、わたくしも常に把握しておりますので、状況の説明は省いていただいて構いませんよ?』

 うん、そっか。そうだよね。さっき話しかけて光って返事してたもんね。

 不意打ちで予定にないエンカウントしちゃったから、ちょっとパニクっちゃったよ。

 もう大丈夫。治まりました。俺は冷静沈着、動かざること林の如くです。ハイ。


 落ち着きを取り戻したところで本題に入る。

『そのー。さっき、聞きなれない音? 声? がしたんだけどさ。あれってきっと……』


 そこまで伝えると、杖は『ああっ』と納得したような声を出した。


『そういえば、聴覚分野の接続を失念していましたっ。どうもすみません、なにせここ10世代程はこの世界の知識を持つご主人様に仕えていたものですから……ええいっ』

 有無を言わせず“ぎゅぎゅーん”みたび。


 今度は視界の端が一瞬だけ黒く染まるくらいで、立ち眩みほど酷くは意識が遠のく間隔には襲われなかった。早くもこの“ぎゅぎゅーん”には慣れてきたな。もしかすると、この痺れる立ち眩みのような感覚が、魔法の感覚なのだろうか。そういえば、脳がいつも以上に使われて、少し熱をもっている気がする。

 あくまで気がするだけだけど。


 ふとしたついでに、思い立った疑問を口にしてみる。

『ところで。君の声はちゃんと聞こえるのに、何故今入って来た女の子の声はわからなかったんだ?』

 ここでは時間が止まっているから、気兼ねなく質問できるのが助かった。


『肉体と精神が持つ知覚は別物ですからね』

 杖からはそんな答えが返って来た。


『でも、肉体は……何十億年も前から存在する不老不死者のものなんだろう? だったら、肉体的にはこっちの言語を理解できていてもいいような気がするんだけど……?』

 さらにそう問いかけると、杖は『ふむ~?』と唸り、弱い光を出した。


『言われてみれば……。もしかすると、メンデルスゾーン様の精神と肉体の繋がりが、少し弱いのかもしれません』

『それって何か悪影響あったりする?』

『剥離しやすくなる可能性はありますが……むしろそちらの方が高等技術になりますし、肉体と精神の接着はもはや本能的に整然と行われる自然現象なので、魂が勝手に肉体から離れてしまうことはまず起こり得ません。なので、影響は少ないのではないかと推測します。気にしなくて大丈夫ですっ』

『了解。んじゃ、女の子の言葉がちゃんと聞こえるようになったか試したいから、元に戻してもらえる?』

『わかりました。では、また何かあったらお呼びくださいね。行ってらっしゃーい』


 ポーズ画面終了。“ぎゅぎゅーん”と意識は引っ張られ、元の色のある世界へと舞い戻る。


~~~~~~


 開きかけて止まっていた扉が再び動き出し、完全に開かれると、銀色の盆を持つ1人の少女が姿を現した。

 雰囲気は大人しいが、外見年齢は成人しているか微妙といったところなので、あえて少女でも女性でもなく、女の子と表現しておく。

「…………」

 顔を上げ、姿勢を正し、まっすぐにこちらを見つめてくる女の子。その態度には、畏怖というか、緊張した様子が如実に現れていた。


 ミディアムボブに整えられ薄めの水色。向かって左側の前髪が長く、右目が半ば隠れている。

 肌色は色白で、整った顔立ち。さらには白を基調にした落ち着きのある服装とビシッとした背筋も相まって、厳かな印象を受ける女の子だ。


 彼女が着ている服は、もしかしなくてもエプロンドレスか?

 ってことは、この女の子はメイドか何かなのだろうか? いやしかし、このエプロンドレスはどちらかというと機能性を度外視したデザイン重視のものに見える。オシャレとして着ているのだとすれば、給仕ではない。

 かと言って偉い人にも見えない容姿と口調だ。それともこれが、この世界での一般的な服装だったりするのだろうか?

 まさか……前の意識の趣味ってこたぁ、ないだろう。ないと……信じたい。


「……。…………っ?」


 何気なく女の子の姿を観察していると、彼女の挙動がどこかおかしいことに気付いた。

 そういや、精神の空間に入って時間を止めているわけじゃないんだし、何秒間もじろじろ見られて返事もなかったら困るよな。

 っていうか、このままだと普通に不審者だぞ、俺。どうしよ……。


「……っ? ……? ……ッ??」

 女の子は「ふくっ」と小さく言葉に詰まってから口を噤み、目をきょろきょろと動かして、気まずそうにこちらの様子を伺ってきた。

 きっと何か用事があってこの部屋を訪れ、ノックをして要件を言ってから部屋に入って来たのだろうが、生憎その要件は翻訳されていなかったせいで聞き逃してしまった。相手の立場や要件がわからない以上、こちらとしても、何か喋ってもらわなければ対処のしようがない。


 気まずい沈黙に耐えていると、しびれを切らしたのか、女の子が遠慮がちに口を開いた。

「あの……先生? どうかなされましたか?」

 よかった普通に聞こえる。女の子は澄んだ声色をしていた。


 彼女がこちらのことを「先生」と呼んだことから、立場は俺の方が上だと判断し、そういう体で言葉を返してみることにする。

「え? いや、ああっと……うん。なんでもないよ、ちょっと考え事してただけ」

 そういやこっちの声はちゃんと伝わるんだろうか? あのドジっ子杖のことだから『忘れてた』って言いそうで怖いな。


 俺の返事を聞いた女の子は、驚いたような表情をした。「考え……ごと……ですか?」と、歯切れ悪くオウム返しにしてきたため、伝わってはいるようだ。しかし、どうして驚いているのだろう?


 しばらく考えて、「しまった」と焦りを覚える。この体の持ち主っぽく立ち振る舞わなきゃ、中身が別人だってバレちまう。ただ溜口で話しかければいいってわけじゃないんだ。

 ちょっと先走ってしまったかもしれない。どう誤魔化そうかと考えを巡らせていると……。


「ふふふっ」


 不意に女の子が笑い出した。


「なるほど、お戯れだったんですね?」


 女の子は肩を竦めて、納得した素振りを見せる。どうやらこちらの態度は普通に受け入れられたようだ。

 ……前にもこんなことあったな。以前は杖で、今回は女の子だけど。


「え? 驚かない? なんていうか、そのー……俺、いつもと雰囲気違うだろ?」

「はい。テオス様の気まぐれには、もう慣れっこです。今月は“お友達ごっこ”ですか? 半年ぶりですね」


 よくわかんないけど、勝手に納得してくれるならばこちらも楽だ。そういうことにしておこう。

「ま、まあね。そゆこと。フレンドリーにね」

「ふ……ふれどりゅぃ~? 古代語ですか?」

「英語だけど……」

「ウア・ゲ……?」

 女の子が困ったような顔をした。


「…………」


 “カンカンカンッ”


~~~~~~


 緊張に耐えきれず、またまた精神の空間へと逃げ込んできてしまった。


『もー耐えられない。わかんない。コワイ。俺、なんか変な事言ったかな? 失礼なこと言ってないよな? 文化が違うってだけで喋る時の緊張感半端ねーよやべーよどうすんだよっ。俺ってもっとフランクで人見知りしないタイプだったはずなのにぃーっ』


 頭を抱える。すると杖が、こちらの心境を察したのかフォローを入れてきた。


『すみませんご主人様。わたくしの翻訳機能では、貴方様が以前住んでおられた世界において語られていた言語の全てを上手く彼女に伝えきれません。文法も異なる言語の突然な引用など、高等過ぎて目が回りそうです』


『え、えっと? それはつまり……“フレンドリー”って言葉が伝わらなかったってこと?』


『はい。貴方様が元々暮らしておられた世界の言語を少々拝見してみたのですが、なんなのでしょう、あの奇妙で奇怪で滅茶苦茶に複雑な言語体系は? 国家によって言語が違うことまでは理解できるのですが、貴方様はどうしてその言語を複合してお話になるのですか? 瞬時の判断ができず、思わずそのままの発音で相手側に伝えてしまいました』


 ……。ああ、そっか。

 ここは異世界だ。イギリスなんか存在しないんだから、英語なんて言って伝わるはずがないじゃないか。何やってんだ、俺。


 異世界に来ることで、改めて日本語という言語の難しさを思い知らされる。元から“空気感”や“範例”といったものを大事にする民族柄、他国の言葉が流入してくることに対して寛容で、すぐに新しいものを取り入れたがる性質も相まって、我が国の言葉は多言語が複合されてしまった会話形態を取ることが当たり前になっている。それは必ずしも、言語として適切ではない。この事実に気付くと、普段からあまり考えずに喋っていたような気さえしてきた。

 特に最近なんか、政治家ですらそこかしこの外国語を考え無しに輸入して、本来の意味をきちんと踏襲せずに使っていたりするからなぁ。俺、よく考えたらそんなに語彙力ないぜ。“語彙力”って言葉すら、実況動画とかで言ってるの聞いて初めて知ったくらいだし。きちんと話を伝えられるだろうか、ちょっと心配になってきたよ。


 言われてみれば、「多くの国が多くの言語を持つ」ということ自体、別世界にとっては当たり前じゃないのかもしれない。はー、異世界にやってきて早々カルチャーショックだよ。異文化交流って、なんか新鮮。


 ……って、あのさぁ。


 よくよく考えてみたら、無駄に頭が良くなってしまったせいで、なんか滅茶苦茶面倒くさい考え方するようになっちまってんな、俺。考えれば考える程ドツボにはまっていく気がする。

 もういいや、適当適当。会話なんてものは、相手に大事な部分だけ気分で伝わればそれでいいんだよ。形式なんか気にして喋っていられるかっての。

 複数の言葉を同時に翻訳してんだから難しいに決まってる。杖にばかり甘えてないで、自分でもどういえば相手に伝わりやすいか考えればいいだけの話。それだけのことだ。なにも難しいことなどない。


『うーん。……よしっ。戻してくれ』


 女の子になんと説明しようか、ある程度考えてから、精神の空間から出る。


『かしこまりました……“えいっ”』


 考えたつもりになって、ただ投げやりになってしまっただけだったかもしれない。


~~~~~~


「ごっほん。……えーっと、今のは遠い異国の言葉だよ」


「まあ、そうなんですね。さすがは慧敏たるインモータル・テオス様。博識ですね」


 はい「語彙力無い」って言った矢先、知らない言葉出てきたよ。インモータル・テオスってのはさっき能力欄で見た気がするから俺のことなんだろうけどさ。問題はその前だよ。慧敏ってなんだよケイビンって。多分、“たる”ってつけてたから、その後の言葉を脚色するための装飾語で、全体的な雰囲気から“媚びて褒め称えている”んだろうってところまでは憶測がつくけどさぁ。


 前途多難だな、こりゃ……。

 まあ、気を取り直していこう。「言葉なんて気分で伝わればいい」って、さっき納得したばかりじゃないか。


 そもそも、だ。

 俺はこの女の子と会話を楽しみたいわけじゃなく、この目で新たにやってきた世界を見てみたいって動機で動き出したはずなんですけどー。

 どうしてこう、うまくいかないかな。


 なんとかこの場を切り抜けてしまいたい俺は、考えを巡らせる。


 そういえば、この女の子は俺の口から付いて出た出まかせを疑う素振りも見せなかったな。ただ尊敬するような眼差しをこちらに向けて、微笑むばかりだ。

 自分のことを先生と呼んだことから、きっとこのテオスと呼ばれた人物は、そこそこ高位な存在なのだろう。少なくとも、彼女にとっては。

 これならば多少は無理も通ると見た。もう押し切っちまおう。


「うむ。今も存在するかは定かじゃないが……ともかく、“仲良しっぽく”という意味さ」

 少し演技を交えて、偉そうに喋ってみる。


「えっ……?」

 少女の表情が、少し固まった。


 もういちいちこっちの言葉に反応するのやめてくれ頼むから。緊張しっぱなしだよ。


「つまり、私を……同等の存在として扱っていただけるという意味ですか? 仲良く……していただけると?」

 そしてやはりというかなんというか。発せられたのは叱りの言葉ではなく、喜びを交えた困惑だった。


「ん? んー……。そりゃあ同じ人間なのだから、当然だろう?」

 当然……だよな? さすがにどんなに偉くたって、命であることは同じなわけだし。……俺、合ってるよな? な?


 女の子の言葉にいちいちビクついてしまう俺は、内心冷や汗をかいていた。


「う、うぅ……っ」

 しかし。俺の心配など知らぬ様子で、女の子の目が潤む。


「……な、なにか?」


「ハッ。も、申し訳ございませんっ。ようやく私も、力を認めていただけるのだと思うと、感無量で……光栄ですっ!」


 びっくりしたわ。こっちのマナーじゃ失礼とか侮辱の意味だったのかと思って身構えちまったじゃねーか。

 滅茶苦茶喜んでるっぽいじゃんよ。「俺達平等オーイェア」って軽く伝えただけで、涙ぐむほどかね?

 このインモータル・テオスとやらは、一体全体どんだけ凄い奴なんだろうか。まあ、不老不死だし。なんたって20臆才なのだから、生ける神話みたいなやつだったのかもしれないけどさぁ。それにしたって、なあ?


 俄然興味が沸いてきたぞ。さっさと外に出て、自分が今置かれている立場ってものをもっとよく知りたいもんだぜ。


「…………」


 なんて考えている間にも、女の子のうるんだ瞳はこちらに向けられ続けていた。


「えーっと……」

「………………!」

「あのー……」

「……………………!!」

 あまりに真っすぐ向けられてくる眼差しに、少なからずの罪悪感が刺激される。成りすまして騙していることに変わりはないからなぁ。


 ……………………。……うん!


 “カンカンカンッ”


 俺はまたまた杖を鳴らして、時を止める。


~~~~~~


『うまくやっていけるか、すっげぇ不安……』


 そしてすぐに、その場へとしゃがみこんだ。


 あーあ。時を止められるって便利なもんだなぁ。どんだけ動揺しても、落ち着くまで止めておけば、相手に動揺を悟られる事ないんだもん。

 フォローはできるから一安心だな。そういう意味では、怖いもの知らずってわけだ、hahahahahaha。


『大丈夫ですよ。ご主人様は、貴方様が想像しているよりも、もっと偉大で尊い存在なのですから』


 こんなに情けない俺にも、杖は優しくフォローを入れてくれる。

 ホント、一定の調子で機械的に喋ってくれるところが助かります。


『……そう?』


『はい。それにわたくしが補佐しますので、安心して、ご自分らしく振舞われてください。とは言いましても、貴方様の場合……いえ、これは口で説明するより、実際に体験されてみた方が、早く理解できることでしょう。迷わず、恐れず、世界へ飛び出していくことを推奨します』


 そうだな。優秀な――とはいえちょいとおっちょこちょいな所もあるようだが――補佐役もいるんだ。きっと大丈夫。なんとかなるだろ。


『よし。んじゃ、なんとか頑張ってみるわ』


『はいっ』


 踏ん切りがついたことで、元の世界に戻る決心がつく。


『よろしくっ』


『えいっ』


 杖も慣れて、精神の空間と現実の世界との行き来だけは、どんどんスムーズになってきた。


~~~~~~


「それで何の用だっけ?」

 そしてすぐさま、女の子に要件を再度告げるよう催促する。


「あ、はい。お茶をお持ちしたので、よろしければお飲みいただけないかなぁ……と」


 うん。やっぱり普通に答えてくれたね。

 いろいろビビったりせず、最初から素直にこうしておけばよかったよ。

 さて、要件がわかったところで、今度はどうやんわり断るか考えなきゃなぁ。


 それともいっそ、ぐいっと一気に飲んじまうか?


 いや、よく見たらお茶からは湯気が立ち昇っていて、めっちゃ熱そうだ。多分、ゆっくり落ち着いて飲むことを想定されているのだと思う。

 しかし今は、すぐにでも外に出たい。ならば、今からお茶をごちそうになるわけにはいかないな。作法なんかもわからないし。

 ご厚意はありがたいが、やはりここは丁重にお断りしてしまおう。


「えーっと、ごめん。今、ちょっとそういう気分じゃ……」


 はい。“丁重に”と言いながら、咄嗟だったのでかなり不躾な態度になってしまいました。

 普段からマナーとか人付き合いとかをしっかりしていない人間なんて、こんなもんだよ。


 こんな断り方をして、気を悪くしたりしないかな。と、一瞬だけ不安になるものの。


「そ、そうだったのですね。そこまで考えが及ばず、申し訳ございませんでしたっ」


 どういうわけか、即座に謝られてしまった。不躾な態度をとったのはこっちなのに、なんで?

 さすがにここまでくると、逆にこっちが申し訳なくなってくるんだけど。


 もしかして俺ってば、物凄いクレーマーだったりするのか? いや、でもそうだとしたらわざわざお茶なんて持ってこないだろうし、第一「お友達ごっこは半年ぶり」なんて、茶目っ気のある感じだったことと矛盾する。

 まさか俺、わざわざ持ってこさせておいて「やっぱいらね」って言ってる? だとしたら完全にヤバいやつなわけだが。


 ええい。もう気にしてられっか! 俺は、外に、出たいんだ!

 異世界ってものを、この目で見て、感じてみたいんだ!


「いや、あのさっ。そこまで大袈裟に謝らなくてもいいからっ。ね?」

 ひとまず女の子に、あまり気を使わなくていいことを示す。

「あっ。そ、そうでしたね。お友達ごっこ、でした。ごめんなさい、以後気を付けますっ」

 女の子は背筋を伸ばし、キリッとした態度で、また謝ってきた。

 彼女の態度はどこか余所余所しい。その意味や理由を知るためにも、やはり早急に外の世界へ飛び出さねばならないだろう。


「……じゃ、じゃあ俺、ちょっと散歩に行ってくるよ」

 さすがに気まずかったので、さっさとこの場を去ろうと、話題を切り替える。


「あっ。はい! では、御供させていただきますっ!」

 すると女の子は、毅然とした態度で背筋を伸ばし、そんなことを言った。


「え? い、いや、いいよ。大丈夫。君はー、ほら。そのお茶でも飲んで、ゆっくりしときなよ。ちょっと外の空気を吸いにいくだけだからさ」

 少女の肩にぽんと手を置き、あまり構わなくて良いことを告げる。

「へ?」

 女の子は、驚いた様子で口をぽかんと開けた。きりきりと首を回し、俺が触れた自分の肩を見やる。


 なんかこれ以上気を遣わせるのが申し訳ない気がして、――ついでに「また阻喪をしたのでは」と怖くなって――このまま勢いにまかせ、さっさとここから出てしまおうと扉に手をかけた。

 その間にも、女の子は微動だにせず、同じ場所に突っ立ったままだ。


 チャンス!


「んじゃ、そういうことでッ」

 扉を開き――ここは俺が住んでいた世界の洋式扉と同じ仕組みで助かった――そそくさと部屋を後にする。

 脱出成功だ。



「ええぇぇえええ~~~~~っ!?」



 すぐに後ろから女の子の叫び声が聞こえてきたが、聞こえないふりをしてそそくさと逃げた。


 部屋から出るだけでこんな騒動になるなんて。さすがに思ってもみなかったなぁ。

 ああ、早くも疲れてきたかもしれない……。


凝りすぎ、よくない


書きたいことがいっぱいあるのに、予定だけがどんどん詰まっていく……

脱線しすぎないよう、気を付けます(反省)

マジで(猛省)

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