7 聖剣伝説 その7 父と娘
「一体、どうやってデュラハンを倒したの?」
「ま、まぐれだよ」
レイはルシアから詰問を受けていた。
いつもはこれにアンジェもリンスも加わる。
ただ、今日は様子が違っていた。
「ルシア、レイは私を助けてくれたんじゃない。許してあげて」
リンスは見ているだけ、アンジェは救いの手を差し伸べてくれる。
「べ、別に責めてるわけじゃないわ。でもデュラハンはダブルS級の魔物よ! それを一人で?」
ダブルS級という魔物ランクは神話や伝説を除いて、未だ倒されたことを確認されていない魔物と定義づけられている。
そのデュラハンを倒してしまうことがいかに驚異的なことか冒険者であるレイにはも当然わかっていた。
「い、いや。弱ってたみたいよ。それに誰も倒せた記録がないってだけで案外弱かったのさ」
ダイニングのテーブルに置かれたデュラハンの兜の目が赤く光った。
自分は弱くないと主張しているかのようだ。
「レイは本当にデュラハンを倒したんだね。凄いよ……私のためにありがとう……」
「う、うん」
アンジェが熱っぽくレイを見つめながら、またお礼を言う。
いつもはレイが座った席の向かいに三人が座って詰問される形だが、今日は隣にアンジェがいて終始この調子だった。
なにか怖いけど嬉しくなくもない。レイは聖剣少女のティファに感謝した。
「ちょっとアンジェ! 話が聞けないじゃない!」
ルシアがイライラした口調でアンジェを止める。
ところがずっと黙ってたリンスもアンジェの肩を持った。
「別に良いじゃん、話なんて聞かなくてもさ。実際にこうしてデュラハンはレイがやっつけてるんだし、凄いことだよ」
リンスはデュラハンの兜をペシペシと叩く。
「私も文献で見たんだけど、デュラハンの鎧や兜は地獄の金属で出来ているんだってさ。希少だから高値で売れるじゃない?」
彼女は神官なのに男っぽいところがある。
ルシアが思い出したように叫んだ。
「そうだ! 地獄の金属! デュラハンの鎧は真銀すら弾くって書かれてるのにどうやって鎧を斬ったの?」
レイは一番突かれたくないところを突かれてしまった。
アンジェのミスリルの剣は弾かれるどころか根本から折れてしまった。
しかも、その剣はおそらくアンジェが10年前実家から逃げ出した時に持ってきたものなのだ。
今こうやってレイに寄り添うように座っているアンジェも剣が折れてしまったと言ったら、さすがに怒るのではないだろうか。
「アンジェごめん」
「ん?」
「実は剣を借りて折っちゃったんだ」
「え? そ、そう……」
アンジェは少し悲しそうな顔をした。やはり思い出の品だったのだろう。
「でも剣は消耗品だよ。レイが無事だったんだからそれでいいの……」
「えええ?」
アンジェはレイの手に自分の手を重ねてアッサリ許してしまう。レイも予想外の反応に驚きを隠せない。
ルシアがまたイライラした口調になる。
「いちいちくっつくな! 剣が折れたのならやっぱり倒せるわけないじゃない! 大体、今も腰に剣が……え? その剣? 嘘!?」
アンジェもリンスも、ルシアはなにを言ってるんだろうという顔をする。
レイだけが理由がわかった。ヤバイ、聖剣がバレたと。
「レイの腰の鞘に入ってる剣……そ、それ聖剣じゃない」
「「ええええええ! 聖剣!?」」
アンジェとリンスも声を上げながらレイの腰に刺さる聖剣を見る。
リンスが聖剣を指差す。
「それが聖剣!?」
「多分」
「ひょっとしてこの聖剣でデュラハン斬ったの?」
「ま、まあな」
アンジェがレイの顔を見ながら言った。
「聖剣って真の英雄しか抜けないのよね?」
「古代図書館の文献が間違ってるんだろ」
『間違っていませんよ!』
聖剣少女もレイが英雄であることを主張した。
ところが急にアンジェがふらついてテーブルに手をつく。
「ううん……レイはえいゆ……ん? あれ?」
「お、おい!」
「アンジェ」
「大丈夫?」
アンジェが笑いながら手を振る。
心配ないというジェスチャーだろう。
「いや、聖剣なんてびっくりしちゃってさ。毒は治っても、まだ体は疲れてるのかな。皆も看病したり……レイは聖水を取りに行ってくれたりで疲れてるでしょう」
アンジェの言うことはその通りだった。夜も更けている。
「今日はもう寝て聖剣の話は明日聞こうよ」
レイの冒険の聴取は解散となった。
◆◆◆
レイは自室のベッドに転がりながら聖剣をかざしていた。
『アンジェさん。娘さんじゃなかったんですね』
今度は聖剣少女のティファに詰問されてる。
どうしてと思いながら答えるレイだった。
「いや、娘みたいなもんさ。アイツが10歳の時から面倒見てるんだ。お父さんって言われたしな」
『でも血は繋がってないんですよね?』
「そりゃ、ないけどさあ」
『ほら! アンジェさん、すっっっごく綺麗ですし』
聖剣少女ティファの怒りの感情が伝わってくる。
レイはまた意識せずに女性の地雷を踏んでしまったのだろうかと思う。
乙女心はわからない。
「そりゃ、結婚もしてないんだからさ。本当の娘が居るわけないよ」
『え? 結婚されてないんですか?』
「してないけど」
急にティファの機嫌が良くなる。
『ふ、ふーん。そうなんですか? してないんですか?』
「そりゃ俺だってしたいけど」
また機嫌が悪くなる。
『三人の中の誰かとすれば良いじゃないですか!』
「いやだからアイツらは娘みたいなもんで」
――コンコン
突然木のドアがノックされた音が響く。
「あの……レイ……アンジェだけど……いる?」
レイは一瞬、誰のことかわからなかった。
自分のことだと気がついて返事をする。
「あ、いるけど」
「入っていい?」
レイが聖剣を鞘に収める。
『ちょっと』
「どうぞ」
アンジェがレイの部屋に入ってくる。足取りは普通だ。
彼女が部屋に入ってきたのは何年ぶりだろうか。
レイはベッドサイドに座ってアンジェに椅子をすすめようとするが、隣に座られた。
「体は大丈夫なのか?」
「うん。全然平気。レイが皆から責められていたからちょっと演技しただけだよ。ごめんね」
いつもは3対1でやり込められている。
今日はアンジェが庇ってくれたし、そもそもルシアもそんなにキツくなかった。
「そうなのか。体が大丈夫ならいいよ」
「うん。ありがと」
「ひょっとして聖剣でも見に来たの?」
「違うよ!」
強く否定されてレイはビクビクする。
会話が無くなる。狭い部屋が沈黙に包まれる。
『な、なにか言ったほうが良いんじゃないですか?』
聖剣少女が沈黙に耐えかねたが、レイはそれに返事すら出来ない。
しかし、沈黙を破ったのはアンジェだった。
「あ、あのさ……」
「う、うん」
「二人の時はレイのことお父さんって呼んでいい?」
「あ、あぁ。いいよ。でもアンジェが俺をそんな風に思ってるなんて想像もしてなかったよ」
「もう! レイは私のことを育ててくれたようなものじゃない!」
アンジェが少し笑う。
「お前がそう言ってくれたから霧の森で頑張れたよ。娘のためだもんな」
アンジェがレイの肩に頭を乗せた。
「嬉しいよ。私でも一人で霧の森から聖水を取ってくるのは無理だったと思う」
「そ、そうかなあ」
レイが曖昧な返事をするとアンジェが満足しきった様子で肯定した。
「うん……お父さん、私のために頑張ってくれたんでしょ……」
また狭い部屋が沈黙に包まれたが、今度はレイも沈黙を辛くは感じなかった。
アンジェの体温が感じられたからかもしれない。
「お、お父さん」
「うん?」
「わ、私に聖水を飲ませてくれたのってお父さんだよね?」
血の気が引くレイ。ミスリルの剣を折ったのは怒られなかったけど、さすがにこれはヤバイのではないかと思う。
「意識は曖昧だったんだけど、その……お父さんが口を使って……私の口に飲ませてくれたんでしょ?」
「い、いやその」
アンジェがレイの肩から頭を離して、レイの顔の真正面に顔をもってきた。
すがるような上目遣いだ。
「私にそういうことをするのがレイは嫌じゃないってことだよね」
アンジェの頬が紅潮して、目は雫で潤んでいる。呼び方も、もうお父さんではなくなっていた。
レイとアンジェの顔の距離はほとんどない。
鈍感なレイもここにきてアンジェの真意を察した。
聖剣少女の緊張と心音も伝わってくる。
レイがさらに顔を寄せるとアンジェが目をつぶった。
ところがレイは顔をサイドにずらし、アンジェの肩に顔を置いて正面から背に腕を回して抱きしめた。
アンジェの背中をとんとんと叩く。
「レ、レイ……」
「当たり前だろ。アンジェ達のためならなんだってするさ。娘みたいなもんなんだからさ」
「うん……そうだよね……ありがとうレイ」
「あぁ」
レイとアンジェはしばらくそうやって抱きしめあった。