37 魔貴族ノエラとの戦い その5
アンジェとルシアが倒れる。
「え?」
レイが驚く。
二人は死んだように動かないし、返事もない。
まさかっと血の気が引く。
だが、冷静なティファの声が響く。
『大丈夫。二人は寝てるだけです!』
それを聞いたレイがアンジェとルシアを見ると二人の大きな胸は微かに上下していた。
安心はしたが、レイも強烈な眠気に襲われていることに気づく。
「ぐっ」
頭を振りながら眠気に耐えた。
『怠惰を象徴する魔貴族ノエラの攻撃です。眠りの魔法でしょう』
「眠りの魔法?」
それを聞いたリンスがなにやら魔法を唱える。
「耐魔法の魔法を唱えたよ。今から睡眠の覚醒魔法も唱えるよ」
まだ眠気はあるが、かなりマシになる。
リンスはアンジェとルシアの頭を杖で殴る。
「いたっ」
「って」
レイがそれが覚醒魔法かよという顔をリンスに向けると舌を出した。
「だって魔力がもったいないもーん」
アンジェも首を振りながら周囲を見ている。
「私、寝てたの? なにここ? お花畑?」
どうやらダンジョンに場違いな花畑があったことにすら気づかず寝てしまったらしい。
「魔貴族とかいう奴の攻撃かしら? それにしても眠りの魔法なんて……」
レイはルシアの言いかけたことがわかった。
戦闘や走っていたり激しい運動している人間を眠らせるのは強く大きな魔力が必要とされる。
ましてやだだっ広い花畑でノエラは姿を見せていない。
つまり距離もある。
それはルシアのような一流とされる魔法使いですら不可能と呼べるような魔法攻撃だ。
『眠りの攻撃はノエラの得意技です。レイさん達は眠ること無くノエラの元にたどり着いて討たねばなりません』
「そういうミッションか」
レイはティファから得たノエラの情報を三人に共有する。
「眠ったって死にはしないんだし余裕じゃんか」
アンジェの楽観的意見をルシアがたしなめる。
「脳筋ね。もしアンタみたいに皆が眠ってしまったら誰が誰を起こすって言うの? 完全に無防備よ」
「脳筋? なんで魔法職のアンタだって寝てたじゃない!」
アンジェとルシアがお互いの頬をつねり合う。
そしてそのまま二人で花畑に倒れこむ。
気持ちよさそうに眠っていた。
リンスが再び二人の頭を叩いた。
「大声で叫んで頬をつねり合ってもダメか」
『表面上のことでは怠惰のノエラの眠りの魔力を防ぐことはできません』
「特別な魔力ってことだな」
リンスが対魔法の魔法を重ねがけする。
「早く魔貴族を倒さないと」
リンスの意見に全員で先に進む。
花畑の中に下に降りる階段があって地下十二階は床はまるでベッドのように弾力がありシーツのような布がかけてあった。
「くそ……」
レイは地下十二階の風景に驚きもしない。
歩くことだけに集中して、無言で足を前に出す。
通常の魔法の眠さなら大声を上げれば覚醒するが、これほどの眠さだと声を出すなど他に意識を取られるとそのまま眠ってしまいそうだ。
気がつくといつの間にかレイひとりが歩いていた。
後ろを見るとアンジェとルシアはシーツの上に倒れ、リンスは片膝を付いていた。
「行ってレイ」
リンスの声を聞いて前に歩みを進めるレイ。
何十時間、何時間、ひょっとしたら極々短い時間だったかもしれない。
ベッドの床の上に高級そうな漆黒のベッドがあり、そこにこの世のものとは思えないほどの美女が横たわっていた。
よく見ると耳の形状等で魔族であるとわかる。
レイが語りかける。
「ノエラだな」
レイが剣をノエラに構える。
ノエラはテレパシーでレイの心に直接返答した。
『お前の力で私が討たれるのではないぞ』
「どういうことだ?」
『聖剣の状態異常耐性が無ければ、とうの昔に死ぬまで眠りに付いていたわ』
レイもそれを感じていた。
聖剣は魔の眠りからレイを守っていたのだ。
『ムシに討たれるのもさだめか。だが、所詮私は影だぞ』
ノエラの口角がニヤリと上がる。
レイが聖剣を振り下ろした。
ノエラの体に聖剣が吸い込まれるように入っていき、その瞬間体は黒い影のようになって霧散した。
ベッドの床も岩のブロックになる。
「レーイ!」
レイは遠くでアンジェ達の呼ぶ声が聞く。
「これで魔貴族を一人倒したんだな。正直しんどいぜ」
『ええ。レイさんのおかげです。これで地上の結界も解けたことでしょう』
「でも聖剣のティファがいなかったら勝てなかったぜ。ノエラの言うとおりだ」
『いいえ。聖剣を使いこなせることが凄いんですよ』
「そ、そうかな?」
『はい!』
それを聞いてレイも皆のために頑張れたとようやく思えた。
「よし! 早く上の階の皆を助けに行こう!」
レイはアンジェ達に言って、上に向かって走り出した。
聖剣少女伝説 引退間際のおっさん冒険者、聖剣を抜いて英雄になる
コミカライズはじまりました




