34 魔貴族ノエラとの戦い その2
ワイルドローズの面々は、詰所の中に入れたことでようやく息を整える。
特にリンスの消耗は激しく、詰所内に入った瞬間に倒れこむ。
どうやら立ち上がることも出来ないようだ。
詰所内には、もともとここに常駐していた数人の兵士達と、何とかここに逃げ込めたという幸運な冒険者達が数人。
その両方を合わせても、わすが10人ほどしかいない生存者だが、彼らはワイルドローズが助けに来てくれた事でその顔に安堵による喜色を浮かべる。
しかしここまで来るのに消耗しているのだろうワイルドローズの姿と、外から聞こえる吸血鬼の出す音に怯え始め、すぐにその表情を緊張や恐怖などから強張らせる。
「た、助けに来てくれたんだよな? あのワイルドローズが……」
そんな恐怖の中でも、ワイルドローズが助けに来てくれたという事実にかわりはなく、彼らはレイたちにすがるような目を向ける。
そんな彼らに向けて、レイが呼吸を整えながら説明する。
「あぁ、助けに来た。……来たんだが。実は今、ダンジョンの出入り口が結界で封鎖されている。更に最悪な事に、大量にいた冒険者たちは今頃、そのほとんどが吸血鬼と化している」
「つ、つまり、どういうことなんだ?」
彼らは一度に聞かされた大量の情報に頭が追い付かず、その顔に疑問を浮かべる。
どうやって理解させようかと思案するレイだが、それを見たルシアが帽子のつばを整えると話し出す。
「まず、ダンジョンを封鎖している結界は、次元系結界よ。一見、岩によって物理的に入り口が封鎖されているように見えるけど、それは本命ではないの。実際はダンジョン内と外との次元がズレているから、岩をどけようとしても術者を倒さない限り外に出ることはできないわ」
「ッ!? ただでさえダンジョンは吸血鬼だらけなんだぞ! いったいどうしろって言うんだ!」
「大丈夫。その術者を倒すために、私たちが来たのよ」
希望を求める詰所内の面々は、しかし自分達ではこの状況をどうにもできないのだと悟り、その顔を完全に青ざめる。
「……というかちょっと待ってくれ。ダンジョンを封鎖したの術者なんだよな? こんな巨大なダンジョンごと閉じ込める結界をはれるなんて、いったいそいつは何者なんだ?」
ようやくワイルドローズの説明に頭が追い付いてきたのか、詰所内の一人からそんな疑問の声が上がる。
「それは……」
一瞬、魔貴族のことを話すべきかと考えたレイだが、現実的に考えてここはごまかすことにする。
「吸血鬼の真祖が現れたらしい」
「真祖だって!?」
吸血鬼の真祖とは、魔導を極めたものが永遠の命を獲得するためなどの理由で、自ら魔法で吸血鬼になった存在だ。
吸血鬼を作り出したオリジナルの吸血鬼であり、本来ならば吸血された事で吸血鬼化した人間が陥る知能低下や運動能力の低下なども存在しない、純粋に吸血鬼としての利点のみを獲得している。
そんな存在が現在の状況を作った元凶かもしれないと聞き、詰所の兵士と冒険者は今度こそと恐怖からその体を震わせる。
実際は真祖よりも圧倒的に危険な存在である、魔貴族ノエラがいるのだが、この場では伝えないことにした。
魔貴族ノエラはレイを罠嵌めるためだけに、ボルケノ火山の噴火を起こそうとした。
すなわち人間から吸血鬼になった真祖などとは、その存在としてありかたや考え方からして別物なのだ。
確かにどちらも、普通の人にとっては脅威だ。
それでも伝説の魔物よりはマシだろう。
「大丈夫、心配するな。その真祖を倒すために、俺達が来たんだ。だからみんなは、真祖を倒すのに協力してくれ」
自信満々にそう伝えるレイに、詰所内の面々の顔に希望が灯る。
彼らはようやく、前向きに動こうとし始めた。
「……わかった。何をすればいいんだ?」
顔を見合わせた彼らから、代表してこの場の責任者という隊長が発言する。
この言葉により詰所内の空気が少し明るくなり、レイはこれならなんとかなりそうだと、この後の行動を決定する。
彼らはワイルドローズの強さを噂で知っていたし、S級難度指定されたサラマンダーの沈静化依頼を達成したという記憶も新しい。
S級難易度の難しさは全員が理解しており、それを達成したワイルドローズならば、この状況もどうにかしてくれそうだと思えたようだ。
さらにワイルドローズのメンバーには、吸血鬼を倒す専門家ともいえる神官がいる。
神官は回復魔法の使い手であり、怪我をしても大丈夫だと安心できた兵士達と冒険者達は、ワイルドローズとならばこの状況を打破できるかもしれないと思えたのだ。
ここまでの流れでレイは、現在起こっている緊急事態のイニシアチブを得られた。
とりあえずは内部崩壊を免れた。
「すまないがまずは、ここまででかなりの消耗をしている神官……リンスを休ませたい。どこかいい場所はないか?」
「それならこっちの個室にベッドがある。使ってくれ」
「ありがとう」
レイは案内された個室のベッドへとリンスを運んで寝かせると、案内をしてくれた男に感謝を伝え、彼女と二人にして貰う。
「リンス。助かったよ」
「うん」
「大丈夫か?」
「少し寝れば回復するよ」
「そうか。なら良かった。それじゃあ俺は魔貴族を殺ってくるよ。アンジェとルシアで待っていてくれ」
自分一人で魔貴族のもとへと向かうことを宣言するレイ。
しかし現状ではそれが最適解だと、彼は考えていた。
この詰所が重要な要素であり、リンスが動けない今のワイルドローズでは、必然的にアンジェとルシアにこの詰所とリンスを守って貰い、魔貴族に対して有利である自分一人で魔貴族ノエラを倒す。
それしかないと考えていた。
斬る! という覚悟を決めさえすれば、聖剣を持ったレイにとって吸血鬼は障害にすらならない。
しかしそんなレイの考えを、リンスは大声で否定する。
「ダメ!」
「けど……」
「明日の朝になってから行ったほうがいいよ。そしたら私も回復するから」
「朝まで扉が持つかどうかわからない。やっぱり俺一人で」
今の時間はもう夜だ。朝までは扉が持つかわからない。
「でも、夜にノエラの結界が解けたら、ダボスの街に吸血鬼が溢れ出るよ」
「そ、そうか」
朝になれば、吸血鬼は日光を嫌がって外に出てこない。
しかし、夜に倒せばダンジョンから吸血鬼が街に溢れ出てしまうだろう。
リンスの本心としてはレイを一人でいかせないために考えたことだった。
けれどレイはリンスの頭を撫でながら褒める。
「よく気がついたな」
「ふふふ」
「わかった。朝になったら一緒にノエラを倒しに行こう。だからおやすみ」
「うん!」
リンスは元気よく返事をしてからすぐに寝息を立てた。
◆◆◆
リンスが寝たことを確認したレイは、鉄の扉の前に皆を集め、今後の作戦を伝える。
「朝までここで耐えてから、ワイルドローズだけで真祖を強襲し、一気に倒す」
詰所の兵士と冒険者達は、その言葉で顔色を変える。
レイとリンス、更にルシアも居なくなり、外からは吸血鬼たちの出す音がなりやまない。
ワイルドローズの登場で希望を持ち始めていた者たちは、そんな状況から先程感じた希望に疑問を覚え、逆に希望が持てたからこそより大きな不満を抱えていた。
「朝までなんか保つものか!」
誰かがそんな声をあげる。
先程のやり取りを知らないアンジェは、心の中でそれに同意する。
しかし自分以外の三人がそう結論付けたなら、その理由を知るべきだと思い直し、レイに対して質問する。
「レイ、どうして朝まで待つのよ? 今、打って出たほうが」
「真祖を夜の今討つと、出入り口の結界が解ける。それはつまり、街に吸血鬼が雪崩れ込むということだ」
「あ……」
「朝になれば太陽が出る。そうすれば吸血鬼は外に出れない。だからそれまで皆で、詰所を守ってくれないか?」
「い、嫌だ! すぐに真祖を倒してくれ」
詰所の兵士と冒険者達の不満は、目の前にいる自分達よりも街の住民の方が大切だと取れるその言葉で爆発する。
レイに詰め寄る勢いで、すぐにでも真祖を倒して欲しいと口々に叫ぶ。
平時の彼らならば、自分達の発言が間違っていると理解できるだろう。
仮に今すぐに真祖──本当は魔貴族──を倒したとしても、ダンジョンの出入り口にある結界が解けるだけ。
詰所の前に存在している吸血鬼がいなくなるわけではない以上、結局はワイルドローズ以外の助けが来るまでここで耐えるか、自分達だけで地上まで這い上がらないといけない。
そんな現実的に考えればわかる当然の事も、彼らはわからなくなるほどに追い込まれていたのだ。
「俺達を助けてくれよ! そのためにワイルドローズは来たんだろ!?」
彼らの言葉は、二重三重に論理破綻していた。
しかし、今の彼らにそれを説明したとしても、より反発されるのは目に見えている。
「明日は曇りや雨かもしれないぞ! そしたら吸血鬼はどうせ街に出る!」
レイは兵士と冒険者達を、真祖の恐怖でまとめたが、今は逆にそのことが足かせになり始めている。
詰所のなかがこんな状態では、寝ているリンスを任せることもできないし、朝まで耐えることもできないだろう。
どうすればいいかわからなくなっていたその時、ルシアが唐突にレイの腰から剣を抜き放つ。
「ルシア?」
ルシアは詰所内の面々へととうとうと話した。
「みんな聞いて……この剣は聖剣よ。伝説で知っている人もいるでしょう?」
詰所の兵士と冒険者達は一瞬呆けた顔になるが、抜き身の聖剣は素人目にもわかる凄みを持っていた。
「せ、聖剣? 伝説の森の泉に刺さっているっていう、あれか?」
「抜いたのか? しかしワイルドローズなら……」
「確かにそれなら……。聖剣があるなら、真祖なんか目じゃない……よな?」
詰所内の空気が変わる。ルシアが続けた。
「今、世界には様々な危機が迫っていて、先日のサラマンダーの件も、今回のこのダンジョンの件もその一つなの。それに対抗するために、レイは聖剣を抜いたわ。でも聖剣の真実の姿は、遥か昔の女の子が月の女神様に願って転生したものだったの」
兵士達と冒険者達は、「え?」という顔で驚く。
精霊がいるこの世界では、神の存在を疑うものは少ない。
しかし、今の話は唐突過ぎて、誰もついていけていなかった。
「信じられないなら……この剣を持ってみなさい」
ルシアは近くの兵士に剣を渡す。
聖剣に触っていれば、一般人でもティファの声を僅かに聞くことができる。
「うわっ。女の子の声が聴こえる」
他の兵士や冒険者も、次々に聖剣を持って同じような反応をする。
全員が今の話が事実だと理解し、ルシアに聖剣を返す。
「けどいったい、何のために剣なんかに転生を?」
「彼女は今の私達の世界の危機を救うために、七千年も森の中にひとりぼっちで封印されていたのよ……」
「え? そんな……」
ルシアは、レイに聖剣を返す。そしていつものようのに、つば広の帽子を目深に下げた。
「貴方達は自分が助かりたいがために、街に吸血鬼が溢れ出てしまってもいいの? 兵士や冒険者になって、誰かを守りたいと思ったことがあるんじゃないの?」
詰所の中がシンとなった後に、魔法系と思われる冒険者の女性が、懐から水晶玉を取り出して微笑む。
「お天気占いのスキルを発動したんだけど、明日は朝から雲一つない快晴だってさ。朝になれば確実に吸血鬼が嫌がる陽の光がさすわ!」
「そりゃ朗報だ。よっしゃみんな、朝まで……頑張るか!」
「ああ! 元々、市民の防波堤になるための詰所だもんな!」
「街を守れるのなら、ここで死んでやろうじゃないの……」
ルシアがレイに耳打ちする。
「リンスを担ぐか、アンジェを残してでも、ノエラをすぐに討ちに行くほうが安全だと思うけどね。私は街がどうなったって、本当は知ったことじゃないし」
「ありがとう。ルシア」
「レイに一人で行かれるよりは、こっちの方がマシだからね」
「う。面目ない」
ルシアにもリンスにも、レイが一人で死地に向かおうと考えていたことはバレていたらしい。
詰所内が1つにまとまった事で、レイとルシアは具体的に詰所を守る作戦を練ることにした。




