2 聖剣伝説 その2 魔の森を導く少女の声
レイは霧の森の手前で息を潜めて休んでいた。
夜が明けて陽の光で探索ができるようになるのと同時に死地に入るつもりだ。
「アンジェ……頑張れよ……」
イセリア王国で最強と噂される冒険者パーティーワイルドローズは女騎士アンジェ、女魔法使いルシア、女神官リンス、そして剣士レイで構成されている。
世界には貧しさゆえに捨てられて、冒険者稼業をせざるを得ない子供がいる。
もちろん、ほとんどが魔物に殺されて命を落とす。
魔物に殺されるならまだいい。冒険者ギルドにも登録しないで冒険をはじめてしまう子供もいた。
「ガキに似合わないゴテゴテの装備だったんだよな。飛び出た家から持ってきたって言ってたけど」
10年ほど前、レイはダンジョンの入り口でゴロツキに襲われるアンジェを助けた。
体にまるであってない高級なミスリルの鎧と剣を装備し、冒険者ギルドの登録もなし。
気休めではあるが、登録冒険者を殺して発覚すれば、お尋ね者として手配される。しかし、冒険者の登録も無しでは殺されてもギルドも動きようがない。
さらにその手の趣向のものから好まれそうな美少女と来れば。
「ふふっ。現実的に考えて襲われないほうがおかしいよな」
鎧と剣を売ったら大金になる。その後で娼館に売ってもいい、金持ちだろう親を脅して一攫千金を狙ってもいい、その手の趣向の奴らならその場で楽しめる。
レイは彼女を助けた後にもちろん家に帰れと言った。体にあっていない高価な鎧と剣から貧しさ故に捨てられた子供とは思えなかったからだ。
何度、帰れと言っても、時に軽く平手ではたいても、レイの側に居座って家事をした。
そのうち、冒険にも付いてくるようになって、実力を伸ばし始め、当時は有名な冒険者として名を馳せていたレイを超えてしまった。
今では逆にレイが家事をしている。冒険者が一緒に生活する場合、もっとも弱いものが家事をするのが慣例なのだ。
成長した少女達のおかげで、レイは料理が得意になってしまった。
日が昇り始め、森の内部を照らし始めた。
「そろそろ行くか。今日だけで良い。アンジェを助けた頃の力に戻ってくれ」
レイは早足で、しかし、慎重に五感を研ぎすませながら、一歩一歩と森に入っていった。
◆◆◆
「アハハハハハ」
アルラウネの笑い声が響く中、レイは息を殺して緑の茂みに隠れていた。
アンジェ達が成長してから覚えた斥候職のスキル『隠行』が役に立っている。
スキルだけではない。レイは顔に草の汁で作った緑のペイントをしていた。
革鎧は茶色で木の肌の色に溶け込む。
レイは自分は弱くなったと思っているが、そうではない。
若さを武器にした力押し一辺倒のやり方から変わっただけなのだ。
本当のところアンジェ達も、レイのサポートスキルをありがたく感じていた。
アンジェ達は10歳前後で拾われた頃、レイとしては30歳前だったので当たり前なのだが、冒険者としても女としても子供扱いされていたことが悔しかった。
成長していく過程で強がってレイを馬鹿にするようになってしまい、ライバルもいたことがさらに複雑にして素直になれなくした。
――カサカサカサッ
レイが身を潜めている場所に草葉を鳴らしながら何かが迫る。
目の端に写ったのは灰色の魔物……古代の文献に残る魔物グレイスライムだ。
ピット器官を備え、サーモグラフィのように獲物を発見するスライムには『隠行』も迷彩も役には立たなかった。
「くそおおおお!」
これで隠れていたのも無意味だ。
グレイスライムをアルラウネに隠れて倒すことは不可能だ。
どうせ一度も戦闘をせずに、森の深奥にある泉になんかたどり着けるわけないのだと気合と共にグレイスライムを一閃した。
スライムコアを切断するとグレイスライムはピピッと体液を飛ばしてから溶けた。
――ジュッ!
レイが使っていた鉄の剣は腐食してしまったが、アンジェのミスリルの剣は少しは耐えてくれるだろう。
首筋が焼かれたのはアドレナリンで気にならない。
「アハハハハハ」
気がついたアルラウネがこぶし大の種を超高速で飛ばす。レイの背後の大木に1つ、2つと大穴を空けたが、最後の1つは剣で弾いた。
アンジェの剣は折れない、レイは一直線にアルラウネに間合いを詰めた。
アルラウネがツタ攻撃に切り替える。
レイはそれを気にしなかった。
「ギャ”ーッ!」
レイは左肩をえぐられつつも、アルラウネの女性部分を両断した。
種の弾丸は喰らえば即死だが、ツタによるムチ攻撃は肌をえぐられるだけ。遅効性の毒を持っていてもアンジェを見る限り、体が動かなくなるまで時間があった。
それまでに泉の聖水を飲めばいいとレイは思った。
アルラウネも毒を持つかもしれない自慢のツタを無視して襲ってくる敵は初めてで面食らっただろう。
「これで俺もアンジュと同じ立場かもな。さあ泉を探そう」
レイはさらに森の奥に入っていく。
最大の問題は泉がどこにあるのかが全くわからないことだ。
斥候職のスキル『マッピング』で同じ場所を探しているということはないが、未踏破の場所にある特定のなにかを探すスキルなどない。
占い師職のスキル『探し物占い』が少し近いが、当たらぬも八卦当たるも八卦といった性能だし、そもそもレイはそんなスキルを持っていない。
しかし、なぜかレイの足は迷いなく進んでいく。
まるで道を知っているかのように。なにかに導かれるように。
「キャハハハハハッ! ギャ”ーッ!」
足が動く方向にアルラウネがいた。
やはりツタの攻撃を無視することで倒す。代わりに今度は左足のスネをやられたがかすった程度なので動きに問題はない。
泉の聖水を飲めばだが。
『そのまま真っすぐです!』
「?」
この先に泉があることについて確信があるかのように走っていたが、ついに幻聴まで聞こえて来たのかとレイは思う。
声は少女のものでアンジェのように生意気ではない。
「現実的に考えれば」
普段のレイであれば、毒による幻聴か、罠を疑うような性格なのだが、今は声に身を委ねた。
――カサカサカサッ、カサカサカサッ、カサカサカサッ
三匹の灰色のスライムがレイに迫る。
レイは導かれる方向に走りながら斬り伏せた。
飛散した体液で皮の鎧は既にボロボロになっている。
レイはアンジェを救うために、かつての力を願った。
しかし、本人が気がついていないだけで、既に全盛期以上の力を発揮させていた。
グレイスライム一匹でベテラン、あるいは一流とされるパーティーを優に絶滅させる力があるのだ。
普段のレイならそれに気がついたが、今はアンジェを助けるために力を求めることに必死だった。
『もうすぐです』
頭のなかから聞こえる少女はどんどん大きくなる。
もうレイは幻聴とも罠とも考えなかった。
そして、本当にたどり着いた。
森が開け、美しい泉があり、そこに陽光が降り注いでいる。
泉の中央には光り輝く剣が刺さっていた。