18 冒険者の街 その1
新章はじまりました。
この世界は、人の歴史の文献には記されてない古代のダンジョンや遺跡が突如発見されることがある。
ダンジョンや遺跡は現代人にとっては、資源の採取できる一つの〝炭鉱〟だった。
実用的な魔法の力を持つアーティファクトが発掘されたり、建築に貴重な素材が使われていることがある。
遺物以外にも湧き出るモンスターから素材を採取できた。
金銀財宝があることもあったが、魔法技術で文明がなりたっている世界ではアーティファクトやレア素材がより大きな富を産んだ。
遺物や素材という富を目当てに冒険者という名の荒くれものや食い詰めものが集まり、さらにそれらを相手に商売をする商人などが集まってくる。
荒野に突如、発見されたダンジョンはこうして周辺に都市を築く。
それらはダンジョン都市と呼ばれた。
レイとティファが朝日を浴びながら歩く都市ダボスも、アルサカのダンジョンと呼ばれるダンジョンが荒野から突如発見されて形成された都市だった。
魔貴族ノエラがいるというこの街に、レイはワイルドローズのメンバーとやってきたのだ。
『私が魔族の王と魔貴族を封印する前、人類は巨大建造物を作れるような状況じゃなかったですから。今だって、魔族や竜人やエルフ、他にも様々な知的種が世界各地に住んでますよね』
「なるほど。そいつらが作ったダンジョンなら歴史に記されないこともあるわけだ」
レイは今まで自分が一生懸命に潜っていたダンジョンの由来を知って驚いた。
いやレイだけでなく、知れば、この世界の冒険者のほとんどが驚くことになるだろう。
『私としては現在、人間の支配する国や地域がこれほどあることに驚きました』
「世界地図っていわれながら知っている場所しか地図に書かれていなかったとか……」
『それも驚きましたねえ』
バレンタイン城でみた地図にはティファの時代ですら普通に知られている大陸がなかったのだ。
サキュラが同盟を結んだ後、理由を教えてくれた。
「この地図は世界地図といっているけどイセリア王国と関係諸国を中心にしか書かれていないのさ。このオスティア大陸だってもっと広いよ」
レイ達の常識では霧の森はオスティア大陸の北東の端にあると思い込んでいて、〝聖剣の森はオスティア大陸の中心にある〟という伝説時代の文献が間違っているのかと思っていた。
しかし、事実はイセリア王国があるオスティア大陸はひょうたんのような形をしていて細くなった部分に霧の森があった。
北東の端だと思っていた地方にある険しい山々の向こうには同じだけの広さの大陸があり、本当に霧の森はオスティア大陸の中心にあったのだ。
海にも霧の森のように霧がはり、複雑な海流があったので、ごく一部の優秀な船乗りだけがその事実を知り、噂していた。魔貴族のサキュラは現代人の地図の誤りを知って、そういった船乗りから情報を集めたらしい。
「世界はもっと広かったのか」
『そうですね。この国の人は、地図に書かれていない場所はどんな魔物がいるかも、人間が支配している地域かどうかも、わからないということなんでしょう』
「ううう……他の魔貴族がそんなところにいたら、現実的に考えて大冒険になるな」
『というか、現実的に考えてそうなる可能性のほうが高いと思います。まだ場所が判明していない魔貴族が4人もいるんですから』
アンジェ達三人の成長を見届けて、自分は食堂でも開くというレイのスローライフな計画は完全に破綻してしまった。
ちなみにレイがホテルを出た頃、アンジェ達三人はまだ寝ていた。
もちろん別々のベッドに寝たにも関わらず、なぜかレイのベッドに入っていたリンスの顔面キックが目覚ましになったのだ。
レイにとっては都合がよくもあった。
この街はレイにとっては冒険者としての青春を過ごした街でもあり、知己も多い。
彼女達と行動する前に一人で会ってしまったほうがいいだろうと思ったのだ。
◆◆◆
アンジェ達はレイがいなくなってから起きて一緒に大浴場に来ていた。
このホテルには大きな露天風呂があった。
「ふ~最高ねぇ~。お酒でも飲もうかしら」
ルシアのため息にアンジェとリンスが突っ込んだ。
「ルシア。おじさんっぽい」
「レイみたい~」
「いいじゃない! 別に!」
アンジェを失いかけて、三人はお互いの大切さを再認識したのか、また以前のような仲の良さに戻っていた。
「それにしてもレイの奴、また女の子にお節介をして」
ルシアのつぶやきにアンジェが言った。
「まさか聖剣が人類のために魔貴族とやらを封印していた少女だったとはね~古代図書館の本にも命ある剣って書かれてたけど」
「まあレイが見捨てられるわけない話よね」
アンジェとルシアも、このダンジョン都市なら冒険者として生きられるのではないかとやってきてレイに拾われたのだ。
ティファを救う事自体には、アンジェもあまり反対はできない。
ならばティファの問題を早く解決しようと思ったらしい。
「まあ魔貴族を斬ればいいんでしょ? 楽勝だよ」
「魔神結界っていうのもあるし。それに斬ったからといってもギルドの依頼ってわけじゃないんだから報酬はでないのよ」
ルシアはお金のことを言った。
「え~お父……全面協力をしてくれる侯爵とかその魔貴族の伯爵とか出してくれないの?」
「なんか福祉政策がどうのこうのでお金は出せないとか言い出して、経費は今までのワイルドローズの稼ぎから完全に持ち出し……」
「なるほど……だからレイも同じ部屋に泊まろうって言い出したのか」
リンスが笑った。
「あははは。まあいいじゃん。これってレイが決めた仕事なんだからさ。食堂のお金を使うしかないよ」
アンジェとルシアが顔を見合わせる。
三人は、酒場の冒険者からレイが引退しようとしているのを実は聞いて知っていた。
レイの食堂の開設のお金を贈るために、三人は自分の取り分から少しづつ、ひそかに積み立てていたのだ。
「これでまたしばらくレイとパーティー組めるでしょ」
彼女達はそんなことをしていながら、レイが自分達から離れて食堂を開こうとしているのにイラついてもいた。
今はその理由も無期延期となった。
アンジェとルシアが微笑んだ。
「レイは脂身の少ない肉が好きだよね。今日はワイルドブルのステーキでも皆で食べようか」
「後、レイは強いお酒も本当は好きだよね」
「うんうん」
リンスは湯から片足を出してピンと伸ばす。
「じゃあ私は昔みたいにレイと一緒にお風呂入ってあげようかな。肩も揉んであげよっと」
アンジェとルシアがリンスに怒った顔を向けた。
「昔みたいに?」
「どういうことよ?」
「私が拾われた十歳ぐらいの時はよく一緒にお風呂にはいってたよ~」
湯面が爆ぜて、リンスの顔にかかる。
アンジェとルシアが湯面を叩いたからだ。
「もう! 私とは一度も入ったことないのに!」
「私もないわよ! この年になったら無理じゃない!」
三人の親離れも、レイのスローライフもまだまだ実現しそうになかった。
リンスが顔を手で拭った。
「なんで~別にいいじゃん。皆で一緒に入ろうよ~」
「「できるか~!」」




