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Dark seeker  作者: 縁側 熊男
序章 化け物との対峙
3/5

親友らしき者

 伊上倞助を相手にするにはまだ頭が冴えきってない。

「何だ、その顔は 俺が来るってのは分かってたろ?」

「こっちはほぼ寝起き状態だっての…… 寝込んでたからな」

「は? お前、どうしてたんだ?」

「ケガして寝込んでた ほら、見ろ この右腕」

「…… そのレベルをケガと言うのはおかしいと思うぞ」

「このレベルを見た後の第一声がそれってのはおかしいと思う」


 まだ玄関でとどまっている。今回は絶対にあがらせない。

 不安要素としては、こいつ自身のしつこさと、あの人の”入浴時間”だ。


「とりあえずこれ 休んでた間のプリント類」

「あぁ、ありがとう」

「で、話聞かせてもらおうか なんでそんなになってるんだ?」

「…… まぁ、そうなるよな」

 ここで説明しないのもおかしい。なんせこのケガだ。簡単には納得してくれないだろう。

「坂で転んで、そのまま勢いよく転がってしまった それでこのざまだから少し恥ずかしいよ」

 即席ではこのぐらいしか思いつかない。時間をかけすぎずに即答する必要があった。

「坂って、あの下り坂か」

「あぁ、前から落ちるように転がったよ」

 家の近くに、ちょっと急な坂があるのだが、さすがにあれでこのケガは……。

「そうなのか 人間って、もろいよなぁ」

 うん、バカでよかった。


「で、自分で応急処置したのか?」

「あぁ、これは……」

 自分で軽く治した。そう言おうとしたときだった。


「借りたぞぉ 風呂は一日入らないとつらいな」

 不安要素その2。

「ん? 誰それ 友達か?」

 彼女は髪を拭きながらこちらを見た。

 ちなみに私の家は、全ての部屋は廊下につながっており、その廊下全てを玄関から見通すことができる。

 私のことをよく知っているこいつも、家の中に自分以外の誰か、さらに薄着姿の女性がいることに困惑している。

 

 …………。


「神崎さん、とりあえずリビング戻ってくれますか」

 今、二人に対応するのは無理だ。

「あぁ でも、それ誰――」

「いいからさっさと離れてください!」

 思わず大きな声が出てしまった。

「…… あぁ、わかった」

 そのまま彼女がリビングに入るところを、こいつと二人で眺めていた。

「誰、あの美人 もしや、彼女?」

「違うわ!」

 またも大声で叫んでしまった。



「へぇ、あの人が治してくれたのか」

「そうだよ 家がないらしいから居座ってる」

 嘘なので、リビングに声が届かないように話す。しかし、あの時自分で治したと言ったならば、こんな嘘はつけなかったな。

「あんな美人と暮らせて羨ましいなぁ、おい」

「欲しいならいつでもやるよ」

「いや、しかし惜しいな 風呂から出てきてばったりで完全防備はないな せめてタオル一枚が理想じゃね?」

「お前には絶対彼女ができないと宣言してやる」

「あっ、やっぱ彼女?」

「さすがに殴るぞ?」

 調子が戻ってきた。そうだ、こいつと話すのはこういう感覚だ。


「でもいいんじゃねぇか、にぎやかじゃねぇか」

「俺は静かに暮らしたいんだ」

「本当に俺ん家来る気ないのか?」

「何回も断ったはずだぞ 俺はここを離れない」

 ここは私の家だ。離れなどするものか。

「…… まっ、お前がそれならいいよ」

 そういいながら、倞助が玄関を開ける。

「じゃ、用事終わったし帰るわ お幸せに」

「そこは『お大事に』だろ」

「いやぁ、あんな美人がいるんだから――」

「まだいうか!」

「まぁいいや、じゃあな」

 そう言いながら、倞助が玄関から出ていく。


 わずか一歩踏み出した背中が、すごく遠くへ行ってしまうような気がした。


「ん、なんだ?」

「家まで送るのは面倒だが、見送りぐらいはしてやろうかなって思った」

 一瞬忘れていた、死の可能性を思い出したのだ。これが最後なのかもしれないのだ……。

「…… ま、いいや じゃあ見とけ 俺が去っていく様を!」

「そこ、かっこつけるとこじゃないから」

「とう!」

 そう言って、倞助は走っていった。前にも言ったが、一本道だからよく見える。


 何か、悲しいような、そんな気がした。


「あぁ、そうだ!」

 そう言って、倞助は立ち止った。


「龍牙! 治ったら絶対学校来いよ! 来なけりゃぶん殴るからなぁ!」


「じゃあな!」

 そう言って、倞助は見えなくなった。

 しばらくの間、私のなかでその言葉が響いていた。

 一方的に押し付けられたようなものだが、私は基本的に約束事は守るようにしている。

 「悪い…… それは無理かもしれねぇ」

 私の口から、そう漏れていた。

 彼女が言っていたことから判断すれば生き残る可能性は十二分にあるのだが、今の私は驚くほど悲観的だった。


 人のいない道を眺めてから、私は家に戻ろうとした。

 玄関のドアノブに手を掛ける。

 私はそれを下におろそうとした。

 ……。

 動かない。

 ……。

 もう一度やってみる。

 ……。

 動かない。

 ……。

 …………。


「締め出されたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 思わず叫んでしまった。

 彼女が内側から鍵をかけたのだ。それしか考えられない。


 今日は厄日だ……。

 いろんな意味で、疲労が……。

 さっき全力で叫んだせいで、無駄に息切れしている。

 膝に手をつき、大きく息を吐きだす。

 無駄な興奮を落ち着かせる。

 息を整えながら、私はどうするかを考えていた。

 こういう時のための思考だ。落ち着け……。

 まず、そもそもこういうことをする彼女の意図がわからない。

 もしかしたら、今の間に金品を物色しているだとか。

 だったら、今までのは全部芝居……。

 いやいや、それならこんな面倒な真似まねするか?


 その時、ふと腰のあたりに違和感を感じた。ポケットに何か入っている。

 折りたたまれたメモのような紙切れが入っていた。入れた覚えはないが……。

 開いてみる。


「30分ぐらいちょっと外出てな  神崎」

  そう書かれていた。


 ますます意図が分からない。

 なぜ30分なのだ。完全に締め出したとかじゃないのか?

 それよりも、いつこの紙切れを入れたのか。

 あの会話中に、彼女がいたのは一瞬だった。しかも、そんなに近くにいたわけではない。

 分からない。

 私はそのまま突っ立っていた。考え事をすると、一切(いっさい)動かなくなるたちなのだ。


 しばらく考えていたが、結論は出なかった。

 おとなしく言われた通り、30分ほど待つことにした。それだけ待っていれば、家に戻れるだろう。

 もし30分たっても入れなければ、強硬手段を考えるだけだった。家を傷つけるのは不本意だが、手段ならいくらでもある。

 そう考えて、私は玄関先に座り込んで、目の前の空虚な住宅街を眺めた。

 この連立している家を見るたびに思い出す疑問がある。

 なぜこの辺りは家だけしかないのだろうか。家はあるのに、なぜ人はいないんだろうか。

 昔考えて、理由が分からなくて諦めたっけ……。

 こういうことはとことん追究する質なのに、なぜ諦めたんだろうか。

 そもそも、なぜ母に聞かなかったのだろうか。

 自分はなぜこんなにむなしいところにいるのか、と。


 そういうことは聞かないと、母を苦しませるようなことは聞かないと、決めてたんだっけ。


 そんな虚しい住宅街の中に、影が一つ。

 目の前にまっすぐ伸びる道のど真ん中に何かが立っている。

 その影は、こちらをじっと見つめている。

 私はその影に気づいて、それを見つめ返す。


 戦慄がはしるとは、まさにこのことを言うのだろうか。

 自分の手足が小刻みに震えているのが分かった。

 見慣れるなんてものじゃない。

 あれは、何度見ても恐ろしかった。

 満月に照らされて、その姿がはっきりとこの目に写った。


 目の前に立っていたのは、あの化け物だった。

 化け物は、飢えた捕食者のように、獲物をみて笑った。

 




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