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俺達に待ってくれと言ってから、山内さんが行ったのは、畑中さんとの距離を置くこと。元々、学部が違って、せいぜい自由選択の授業が一つか二つ被ってる、昼食をたまに一緒に食べるくらいにしか接点が無かったのだから、そこまで不自然ではなかったらしい。次第に、畑中さんとはたまたま会う頻度も減ったとか。
__以上が、二週間後の今日、呼び出された喫茶店で語られた内容だ。尚、山内さんは机に突っ伏していた。
ちなみに、この言い方から察して頂けてるとは思うが、彼女は待つ期間の延長を申し出た。曰く、まだ準備が出来てないから。
「……大丈夫?」
あの他人に興味無し子である霧子でさえ、一声掛ける程の消沈っぷりである。
「え?あぁ……はい。もうかれこれ二週間も彼女と会ってないと、ここまでエネルギーが消えるものなのかと、少し感慨深かっただけです」
初めて店に来た時は、流行の服に化粧に、と女子大生らしい華やかな印象を携えていた山内さんだが、今となっては、同じように服と化粧をしっかりしていても、雰囲気がまるで違った。
「でも、もう大丈夫です」
机から顔を上げた彼女の表情は凛としていた。
が、隠しきれない不安が垣間見える。感情とか分からない俺ですら察するんだ。霧子には面白いぐらい伝わっているだろう。
「……いいんだ」
「はい?」
霧子の呟きは山内さんには届かない。
「畑中さん?と、どうこうならなくていいんだ」
「……柚木さん。心配して下さってるんですか?大丈夫です、早くしてください。私これでも門限があって、早めに帰りたいんです」
やけに焦った声色で、しかし笑顔を崩さずに彼女は捲し立てる。
「あ、お金ですか?そうですよね、お代お渡ししてませんもんね。おいくらですか?」
「お代は、後で話すから、大丈夫」
それより、と霧子は尚も続ける。
「本当に、悔いは無いの?」
「無いって、言ってますよね?いい加減にしてください。二週間もお待たせしたからですか?やっぱりお怒りですか?ごめんなさい、でも時間頂けたから大丈夫なんです。だから__」
「あの人に告白すればいいんじゃないの」
「ッ、出来ないからここにいるのッ!」
山内さんは、激昂する。
ずっと大人しく話をしていたが、やはり腹に溜め込んでいたらしい。店に来た当初から、彼女は感情の沸点が低い。にも関わらず、今日はギリギリまで耐えたものだ。
彼女の怒りはまだまだ続く。
「私だって……私だって!告白してあの子と恋人になりたいわよ!……でも、私は女で、あの子も女の子だもの。無理なの、もし仮にあの子が許してくれても、周りは、世間は赦してくれない。私のせいであの子を傷つけたくないの。だから、お願い……何も言わずに、この気持ちを消してよ……ねぇ」
彼女は霧子に縋るように、泣き崩れた。
泣いて泣いて、化粧が崩れてボロボロになって華やかな女子大生で無くなって、それでも懇願する彼女を、霧子は見下ろす。
「……周りが」
「……?」
口を開いた霧子だが、しかしそれは予想してない一言だった。
「周りの反応が気になるなら、周りから感情を取ろうか」
「何言ってんだッ」
それに反応したのは、山内さんではなく、俺だった。
突然声を荒らげた俺を山内さんが丸い目で見る。しかし、俺は冷静に対応できなかった。
「そんなこと、絶対にするなッ」
霧子の細い腕を揺さぶらんばかりに掴み、俺は絶叫する。当の本人は、いつも通りシラっとしている。
「あ、あの……」
控えめに声を掛けてきた山内さんの声で、顔を上げると、店内の視線が集中していた。
ここが喫茶店であることを忘れていた。
「あ……す、すみません」
取り敢えず店内に頭を下げる。同じく、山内さんにも頭を下げる。
「すみません、頭に血が昇って……」
「い、いえ。あの、大丈夫ですか?」
「はい……」
俺の態度に冷静さを取り戻したのか、山内さんは落ち着いている。
失敗した。俺は今回は助手で徹するつもりだったのに……。
オロオロする山内さんと、意気消沈する俺に、ずっとストローで氷に息を掛け続けていた霧子が、
「取り敢えず、外でよ」
提案した。
カラン、と霧子の使っていたコップで小さくなった氷が涼し気な音を立てた。