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よくある給料日前の悪あがき

作者: イマエサン

「ははは。」


 笑うしかなかった。財布には二十四円。通帳には百二円。冷蔵庫には調味料だけ。給料日は明後日。


「オナカ、空いたな……はぁー」


 小皿に盛ったマヨネーズを人差し指ですくって舐めながら、ため息がこぼれる。


「金、あらへんな。くそっ。」


 カツオ節のパックをまさぐりながら、テキトーに暮らしていた過去の自分に悪態をついた。ここ数年、遊ぶお金に不自由することはあっても、食べることに困ることはなかったのだが、奔放な私生活が災いして、こういう事態に陥ってしまったのだ。金曜日に加入している生命保険で貸付を受けていれば、こんな虚しい食事をしなくても済んだのに。


 ガンッ!


 自分の不用意さに苛立ちを抑えきれず、マヨネーズを床に叩き付けた。

 そのとき、偶然にもチューブが指していたのは、パチスロ実機だった。友人が自分の彼女と一緒に家に遊びに来たときにこれを見て「お前の家、ラブホみたいやな。」と言い、「ラブホなんて行かないから、わかんないや。」と私が答えたところ、「ウチも見たことない。誰と行ったんやろな。」と彼女が答えて空気が凍り付いたというエピソードを持つ感慨深い代物である。一回り以上年下のカワイイ彼女をわざわざ見せつけに来てくれた友人に対して感謝こそすれ、これをきっかけに別れてしまえばいいのにとか、むしろ今ここで修羅場になれば面白いのに、などとは微塵も思わなかった。


「そうや……。これがあったわ。」


 キーでパチスロ機を空けると、そこには夥しいほどの十円玉が眠っていた。普通はメダルで遊ぶのだが、十円玉で遊べるように改造を施してある。ざっと二千枚。二万円相当になる。


「これで、とりあえず飯やな。」


 十円玉をポケットに入れ、自転車を駆って、なか卯に向かう。最も安い漬け物の食券を購入し、4月の最初まで使える無料クーポンで小うどんを注文した。何か言いたげな店員をじっと見つめると、店員は目を逸らして厨房に入っていった。1分ほどで完食した後、一旦店を出て再び入店する。怪訝そうな店員を後目に、今度は白ごはんの食券を購入し、クーポンでこだわり卵を注文する。今度は最初から目を合わせようとしない。厨房の奥からひそひそ声が漏れてくる。


「あのクーポンって、丼ぶりとかうどんを注文したときにしか使えへんやんな。」


(そんなことは、しらん。)


 たまごかけごはんを堪能してから、店を出て、三度入店する。怯えたような店員をあざ笑うかのように、みそ汁の食券を買い、サラダのクーポンを差し出した。指摘をされたら、知らなかったと言って店を出ればいいだけ。どうせ、私が何者かわからないのだ。だったら、無料クーポンを存分に活用するためにベストを尽くす。

 みそ汁をすすりながら至福の時を満喫していると、自動ドアが開いた。あれは、たまに行くスナックのマスター……。まずいと思った瞬間、予感は的中する。


「やあ、Mさん、お久しぶり。最近、来ぉへんな。どうしてんの?」


 ここに無料クーポン券を執拗に利用するケチな怪奇系中年の名がMであるということが白日の下に晒されてしまった。恥ずかしさで舌を噛み切りたくなる。もう、しばらくは、近所のなか卯には行けそうにもない。

 無料クーポン券を使うときは、知り合いが訪れそうにもない場所を選ぶことが大切だ。

10年以上前の日常です。

あの頃は、本当にお金がなかったなあ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 無料クーポン執拗に使ってるところで知り合いに名前呼ばれるとか、想像すると、辛くなりました。
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