因縁の剣
今回短いのは私の編集ミスによるものです!
「我生まれ変われども天夢剣、そして九怨湖上流との因縁は続くというわけか」
義王はダイムとの出会いに宿命を感じた。
天なるものが存在するならばダイム・コールを殺害し、その後は九怨春歌への復讐を成し遂げ今こそ永きに渡る九怨湖上流との決着をつけるべしという啓示を受けたような気さえしたのだ。
「俺の師匠、九怨雷蔵はアンタを理想の剣士って言ってた。それが何だ。どうしてそんな酷い真似をするようになっちまったんだ?」
義王がついに九怨湖上流の名前を口にした。
春歌のことを聞くならば今しかない。そう直感したがゆえにダイムは義王の変貌の理由を尋ねたのだ。
しかし、ダイムにも雲の上の存在と師から説かれてきた今の義王天狼の姿に疑問がないわけではない。
「それは己の加虐嗜好のことか。実にくだらぬ話だ。この世界に来て英雄譚を満喫するうちに才能が開花したといえば満足か。ダイム・コールよ」
「もうあんたには何も期待しねえよ」
それはダイムにとって少なくとも目の前にいる男は師の憧れた剣士ではないということを思い知らされるような返事だった。
だが義王の方も全てを承知していたわけではない。今にいたるまでの数々の記憶の欠落や、義王の内面に巣食う妖魔の存在がその最たるものだった。
第一に獏は鳳凰は義王にとって最良の相方であることをしきりに主張していたが、今ではそれらの全てが不自然な行動であったとも考えられる。
ダイムを殺した後に問いただしてみるのも一興か。もはや義王にとってダイムとの対決は過去の出来事となりつつあった。
義王天狼は九怨春歌に誑かされてただの悪党に成り下がった。
ダイムは自分にそう言い聞かせる事によって再び闘志を振るい立たせる。
しかし、天夢剣は彼のもとには戻ってこないようだった。
無策のまま飛び込めば下手をするとそのままこちらが殺されてしまうような腕前の相手なのだ。加えて猿手で打たれた方の腕は回復する気配がない。
その時、義王の動きに変化があった。
それは目を疑るような光景、湖上流の名手たる義王天狼とは思えない凡庸な攻め。
神渡りも猿手も使わない、ただの踏み込み斬りだった。
何か罠が隠されていると瞬時に判断したダイムはこれを負傷覚悟で迎え撃つ。
斜めに構えて相手の刀身を向かって体の外側へと弾き出し、後に自分に有利な位置関係を作り出す九怨湖上流の車輪剣という技だった。
この技の短所は前述の通りに敵の攻撃に対して身を乗り出してしまうのである程度の犠牲を覚悟しなければならないというものである。
九怨湖上流の技は剣術というよりむしろ儀式的な剣舞という側面をもつゆえにこういった演舞的な技が多々存在するのだ。
咄嗟の出来事とはいえ使ったダイム自身も姑息な悪手に舌打ちする。
だが、その時にダイムが予想していなかった事態が発生する。義王の放った斬撃がものの見事に車輪剣によって切り払われてしまったのだ。
車輪剣は実戦で使用するには相応の危険性を覚悟しなければならない技だが一度極まってしまえばかなりの有用性を発揮する。
ダイムは手首を捻って刀をさらに引き戻し、義王の体を通常とは逆方向に交差させるように巧みに誘導する。互いの刀と刀を合わせることによって生じる擬似的な崩し要素を持つ関節技。それが車輪剣なのだ。
この時ばかりは流石の義王も額に汗を流して狼狽した。
何とかその場で堪えて背後を取られないように努力したが刀を介して巧みに捻られた自分の得物はよりにもよって持ち方は逆向きに、刃は下に向かっているのだ。これでは握り直すかしなければ反撃することも出来ない。
これは義王にとって予想外の事態だった。
「小癪な真似をしてくれるっ!」
あまりに急変した事態の到来。それに苛立った義王は悪態をつく。
しかし、ダイムにとってそれは千載一遇の好機。もはやこの機を活かして活路を開く以外に義王に勝つ手段はない。
ダイムは車輪剣で作った隙を活かし、最小限の動きで相手の皮一枚だけを傷つける九怨湖上流の白月という技を使った。
その技はどちらかというと所謂斬り技ではない。
本当に刀の先端だけで素早く細い線を引くような動作。それは疾風の速度を伴った微細な線が首の皮一枚だけを切る殺しの剣だった。
義王はそれを何とか回避しようとするが間に合わない。
ダイムは一手、二手と確実に義王を追い詰める。そして三度目の回避で義王は大きく体勢を崩してしまう。
ダイムの放った神速の横薙ぎが義王の咽喉を切り裂いたのは実に四度目のことだった。
義王は咽頭を真一文字に切り裂かれ言葉の一つも発することなく、血を吐く。その両目は血走り、自分に二度目の死を与えたダイムをかっと睨んだ。
「悪党の最後にしちゃあ、呆気ないもんだな」
ダイムは肩で息をしながら義王の最後を見守る。白月を実戦で使ったのはこれが最初の事だった。
実は雷蔵から最後に教わった技がこの白月という技だったのだ。
ダイムは自分の喉元を抑えながら倒れこむ義王の姿を見守る。
「これで勝ったと思ったか?ダイム・コール」
ダイムは驚愕する。しかし、事の成り行きを考えれば今の状況にいくらかの察しがついていた。
「なるほど。よく考えてみればアンタがうちの奥義を使えてもおかしくはない話なんだよな」
ダイムの冷や汗は既に引いていた。
たとえ目の前に無傷の義王天狼がいたとしても今のダイム・コールには彼を恐れる理由がないのだから。
ダイムは口を結び義王の言葉を待った。
「左様。己が天夢剣を使えたところで何らおかしいことはない」
つくづく可愛気のない爺様だ、と悪態をつきながらもダイムは来たるべく決着の時に備えた。
次回分の投稿でおそらく、「鳳凰の檻」完結!……する予定っ!