一心不乱の剣
当作品における薀蓄の全てはインチキです。「雷○、知っているのか?」「あれは伝説の奥義……」くらいの感じで流しちゃってください。
ダイム・コールと義王天狼。
転生者管理局の捜査官と凶悪な転生者は決闘の火花を散らしていた。
ここは義王の施した妖術によって用意された空間、囚われたものたちは生と死が無限に続く地獄のような世界で両雄は互いの命を賭けた戦いに望む。
果たして勝つのはどちらか。今は誰にもわからない。
ダイムの出足の脛を狙った斬り降ろしが義王を襲う。
悪手につき合う必要なし、と言わんばかりに義王は中空に薄い弧を描く斬撃をダイムの左耳のあたりに向かって放つ。
義王の巧妙な一撃には実際は前に出ているが相手には決してそうであることを悟らせないという秘伝の歩法が仕込まれている。
「マジかっ!?」
ダイムは義王の剣のあまりの速さに驚き、思わず声を出してしまう。義王の攻撃はあまりに素早く、鋭く。このまま攻撃を続行していればダイムの左耳は落とされていただろう。
外見、七十の老人とは思えないほどの身体能力だった。
ダイムは攻撃を中断した後に手に持った刀を横薙ぎにして、義王の攻撃を弾き飛ばし何とかその場をやり過ごした。
これまでの戦いは一連の攻防が繰り返されるたびに神経がすり減らされる思いだった。だが、ああまでもご大層な啖呵を切ってしまった後では今さら退くに退けないというものだ。
敗北ギリギリまで追い詰められたダイムにはもう冷や汗を拭う暇さえなかった。
義王と一対一で戦う事になれば何らかの勝機が生まれるという試みがどれほど甘いものだったかを結果として思い知らされることになった。
転生者とは特異な存在とあれほどまでに職場の上司から説明されていたのにも関わらずだ。
一方の義王は内心、落胆していた。
攻め手は稚拙。才能は凡庸、技量は並以下。これでよくも自分と同じ舞台に上がって戦おうなどと思い上がりも甚だしい。
「いつまで呆けているつもりだ、ダイム・コール。そろそろ己の攻める番だぞ」
義王はそう言うと身を屈ませて一気に詰め寄ってくる。
その流麗な動きにダイムは一瞬、目と心を奪われた。次の瞬間、ダイムが防御姿勢に転じる前に義王の間近にその身を寄せていた。
これが湖上流の無音のうちに低姿勢で敵の至近距離にまで張り込む必殺の歩法、神渡り(かみわたり)である。
この技は要するに身を屈ませて摺り足で相手に接近するだけのことなのだが、義王ほどの老練に達した剣士ならば次の所作に移るときにも体勢を崩すことなくある程度の威力を保ったまま相手に接近することが出来るのだ。
ダイムは大怪我を覚悟で、遅ればせながらも防御行動に移る。
果たして間に合うかどうかは最早神のみぞ知るといった具合だろう。
バチンッ!
電気を直接、体に流し込まれたような衝撃がダイムの腹部を襲う。一瞬にして、ダイムの腹に溜め込まれていた空気が外に押し出される。
そこから義王は掌底でダイムの下腹を押し上げた。
恐るべき威力の効用と精神的動揺によって、その場に一瞬の空隙が生じた。
だが、これを逃す義王ではない。さらに畳み掛ける。
ダイムも伊達に九怨湖上流の剣士を名乗っているわけではない。強引に息を吸って体勢を立て直そうとする。
しかし、ダイムに向かって彼の眼球を狙った爪弾きの掌底打ちが繰り出される。
剣を握ったまま両手を十字に組んで義王の追撃を受け止めようとするダイム。だが、攻撃はいつまでたっても来ない。
欠伸がでるほどの凡庸な攻防に半ば嫌気がさしていた義王だったが、この時ばかりは彼の精神は高揚の域にあった。
これでは目の前の小僧と何も変わらないではないか、と自嘲しながらも義王はダイムのおつむに唐竹割りを見舞う。
ダイムは十字で受ける姿勢からすぐさまに刀を諸手に握り、これに対応しようとする。
しかし、今度は義王の攻撃の方が速さで勝ったのだった。
ガツンッッ!
ダイムの右頬に向かって義王の振り下ろされた柄がぶち当たる。義王に頭から斬られることはなかったが顔面に当身を入れられてダイムは大きく体勢を崩した。
今回に限っては、目を潰されなかったことが不幸中の幸いというものだろう。
激しい痛みを奥歯を噛み締めることに耐えつつも、打たれた右頬を庇いながらダイムは惨めに後退する。
今のどの攻撃でも骨を砕かれるようなことにはならなかった。なぜならば、これらの一連の攻撃のことは事前に知っていたことだったからだ。
神渡りの歩法で無音のうちに敵に接近した後、当て身か体術で敵の防御を無効化してから最後に本命の唐竹割りを見舞うという連携技。
おそらくは湖上流の白鶴遠雷だろう。遠くで雷が落ちた時に、光と音の報せを待たずに鶴が飛んでいってしまった、とかそういう起源を持つ技だったはずだ。
これも師・雷蔵から聞かされた話である。
「かような先の知れた老人の手慰みのような技を受けたくらいで泣きそうな顔をするな。ダイム・コールとやら」
「目に汗が入ったんだよ。後、老人サービス」
ダイムのあまりに不遜な軽口は義王をさらに怒らせて、待ったなしの額を狙った左右からの小雨斬り。
次いでがら空きになった咽頭を斬り抉らんとする目にも止まらぬような速度の片手突き。
最後は容赦の無い頭部を狙った打ち降ろし、それらを受け止める破目となった。
義王の得物は剣に疎い素人が見てもはっきりとわかるような業物。対してダイムの剣は安月給を叩いて買った模造刀。
一見にして互角のように見える迫り合い。されど数合、異なる過程において鍛えられた鉄の塊同士が火花を散らして打ち合っている間にダイムの刀は見るも無残なボロボロの姿になってしまったのだ。
もう何回も打ち合うことは出来まい。ダイムは観念して勝負をかけようとした。
刀を握った方の腕にかなりの力が込められる。別段、ダイムは意識して強く握っただけどうにかなるというわけではない。ただ、これが最後の一手と思うと自然に力んでしまうのが彼のくせだった。
緊張の汗が額を伝う。いつの間にか先刻受けた負傷による痛みは身体の中から消えていた。
「もし仮に己を殺すことが出来たとして、それからどうするつもりだ。己は知っての通り三千世界を自由気ままに渡り歩く転生者だぞ。このまま死ねば別の世界のどこかの誰かに生まれ変わってしまうだけだというのにそれでもお前は己を殺すというのか?転生者殺し殿よ」
転生者は死んでも別の世界で復活することが出来る。この情報はダイム・コールにとっては初耳だった。
もしかすると今までにも上司から説明を受けていたのかもしれないが全く憶えていなかった。ダイムは妖怪ジジイの義王天狼も首を飛ばすか、心臓を潰せば死ぬものかと考えていたのだ。
だが、それと同時に今まで転生管理局はどうやって異世界で悪さをする転生者たちを取り締まってきたのだろうかという疑問が浮上する。
何とかここで聞き出せないものか。九怨春歌と戦った時の為にも今のうち知りたい情報だった。
「普通に考えれば転生者を捕縛して何らかの術で現世に縛りつけてどこかに監禁おくしかなかろうが。いずれにせよ、仮初にも転生者を殺そうなどと愚策も愚策。下の下というものよ」
「ジイサンのお喋りのおかげで俺、結構回復しちまったぜ。お優しいことだな」
義王はダイムの口が閉じぬうちに例の歩法、神渡りで一足一刀の間合いまで詰め寄ってきた。くいつきそうな話題を持ちかけて、会話で相手を釣る。
老練な策士はそう簡単には若い後輩を休憩させるつもりはないようだった。
その容貌、まさに牙を剥く野生の餓狼。獣が狙ったのはダイムによって握られた刀の柄。
「猿手か!」
ダイムは絶句した。義王の下払い掌底打ちがダイムの手首を捉えて、そのまま硬く握られていたはずの刀剣を叩き落す。これら全ては一瞬の出来事だった。
他流派の体術において虎爪、竜爪、くまでと呼ばれる肘から下の部分だけを用いて放つ掌底打ちの類型の一つ、義王の使う湖上流では曲打ちと呼ばれている技がある。腰の入った他の打撃よりも威力は低いが打つ際の関節の可動部分が他の攻撃に比べて少ない為に所作の機微、打撃の筋道を予想する事が非情に難しいという特徴を持つ。
こういった経緯からこの技は牽制の為の技として知られていた。だが、義王の使う曲打ちは通常のものよりも強力で彼が現実世界で健在だった頃に拳銃を持った相手と相対した時に相手から銃を奪って組み伏せた逸話から義王が曲打ちを使った時にだけはこの技を猿手という名で呼ばれるようになった。この話はそれこそ耳にタコが出来るほど師匠から聞かされていたというのに。
何という不覚、覆水盆に帰らずとはこのことか。ダイムは自分の至らなさを、地面に落としてしまった自分の刀を見ながら痛感した。
痺れる右手を押さえながらその場から退く。最早、ダイムに退路は残されていない。
「甘い」
義王の前蹴りがダイムの顔面に入った。義王はどうやらここでダイムを逃がすつもりはないらしい。
ダイムは蹴りの威力を気力で最小限に止め、手触りで顎が割れていないことを確認した。口の端から血が出ているので歯は欠けて口内は切れているのに間違いないのだろうが、今は一刻も武器をこの手に取り戻し体勢を立て直さなければならないのだ。
「愚かなるダイム・コールよ、我らは命を賭けた戦いを興じているのだ。敗北者の死は恥に非ず。お前の往生際の悪さも不遜な振る舞いも今となっては可愛らしいものだな」
義王の目はダイムの姿に、そして心は地面に投げ出されたダイムの剣にあった。義王はダイムにわずかな勝機でも与えるつもりはない。
だが、いまだに彼の処遇を決めていなかった。第一にダイムが義王の呪術を解いたのは事実であり、今後の対応の為にも彼が如何なる組織に所属しているのかを聞き出さねばならなかった。
もしも今ここで彼を殺してしまえば彼の死体から情報を聞き出すために化け物どもの世話になる必要が生じる。それだけは何としても避けたかった。
「もう勝った気でいやがるのか、義王天狼」
「これを勝利と呼ばずして何を勝利と呼ぶのだ。自分の窮地から救うための奇跡を願う天に祈りを捧げるくらいなら、ほれ、この通り。この場で真っ二つに切り裂いてやってもよいのだぞ」
義王は切っ先をダイムの眼前に向けた。その顔には勝利を自身の勝利を信じて疑わぬ傲岸不遜な笑みがあった。
後はダイムを脳天から両断するだけで一件落着と云わんばかりに。
一方のダイムは口から唾をぺっと吐き出して、義王を真っ向から睨みつける。今に見ていろ、何くそと。
「諦めの悪さは既に美徳にはならぬ情勢だ。我が術中からどの様な手段を用いて逃げ出したかを話すのであれば、お前の処遇は今一度考えてみよう」
「餓鬼に甘えるな。自分で考えろ。耄碌ジジイ」
今のダイムを取り巻く状況は完全に不利だった。敗北確定といっても過言ではない。
先程受けた手首は痺れが残ったままであり、手の感覚が戻るまでにはまだしばらくの時間が費やされるだろう。
だが、当の義王はどうだ。これほどの圧倒的な優勢に身を置きながら降伏を迫ってきていた。
こちらの切り札、天夢剣の存在に気がついていない。あるいはダイム・コールという謎の存在に警戒している。
勝機と呼ぶにはか細い。しかし、ここで全てを残すことは数年前の過去にあの場所でただ一人生き残る事を選択した綿貫勇治の、ダイム・コールの誇りが許さない。
「その言葉、後悔するなよ。若輩」
義王の言葉には隠そうにも隠せぬような苛立ちが込められていた。
その時、ダイムは周囲の景色が変容しつつあることに気がついた。
このわずかな間に、もしかすると先の千手の巨人に変化した術が見破られた時から新しい術を用意していたのかもしれない。
「今から地獄にあるという亡者の血と涙で満たされた池を住処とする人喰いの大蛇がお前を襲う。あれは人の悪意を喰らって生きる怪物ゆえにお前は楽に死なせてはもらえないだろう。生きたまま四肢を散り散りに引き裂かれ、五臓六腑の腸を貪られ、この世に生れ落ちたことを後悔しながら死ぬがいい」
いつの間にか義王の体はダイムよりも高い位置に浮いていた。
ご丁寧にも次の瞬間には和装の部屋は血の池地獄のような風景に変化していた。上を見ると暗褐色のベールがかかったような薄気味悪い空があり、脇を見れば針の山で全身を刺し貫かれる亡者の姿まで見える。
義王に頼めば、獄卒や閻魔大王も登場させてくれるのだろうか。ダイムは珍妙な思いつきに苦笑した。
やがて血の池の水面にいくつかの気泡が浮き上がる。そして、池の奥底から巨大な蛇の骸骨が姿を現す。
白いはずの骨だらけの体には血液のそれによってまだらの赤となっていた。
巨大な顔の眼球の入っていない目が闇の奥から怪しい燐光を放っている。おそらくはダイムの様子を窺っているのだろう。
そうして骨の大蛇が一匹姿を現すと、もう一匹、さらに一匹と数を増やし続けていった。
せわしなく動き続ける大蛇たちは今か今かとダイムに襲い掛かる時を待ち続けているようだった。
だが、そんな状況になってもダイムは冷静さを失わない。なぜならダイムにはこの光景が全て偽りであるということを知っていたからだ。
今の天夢剣を纏ったダイムの目に映る光景、それは亡者の骨によって作られたトゲ付きの鎧を着た骸喰いと呼ばれる魔物たちの姿だった。
これならば先程の目くらの武者たちとは違って目標を見失うことなくダイムを倒すことが出来るだろう。
天夢剣。ダイムは口に出さないようにしながら、体内で天夢剣の形を練り上げて行く。
目には目を、幻には幻を。
かくしてダイムはこの生死を賭けた騙しあいに決着をつけるべく、一気に義王の操る怪物たちのもとへ駆けて行った。
「終わり無き悪夢の中で果てよ。ダイム・コール」
もはや雌雄は決した。例えダイムが義王の幻術を見破ることが出来ても、この骸喰いの猛攻から逃げる術はないのだ。
数で敵を圧倒するのは義王にとっても本意ではなかったのだが、相手が無類の死にたがりでは仕方ないというもの。
腹部についた黄金の瞳を輝かせながら向かってくるダイムに殺到する魔物たち。
彼らは骸喰いという名前で知られる魔物だったが、どちらかといえば死体よりも生ある者の肉体を好む。
貪欲な瞳をギラギラさせて裂けた口をガバっと開き、怪物の餌になるという運命を背負った哀れな犠牲者に向かって骸喰いたちは襲いかかった。
ダイムの四方八方を囲む異形の影。夢の世界では骸喰いの魚と鳥を掛け合わせたような姿が、現実では大蛇の骸骨がたった一人の獲物に向かって一斉に牙を向く。
だが、ダイムの手には既に天夢剣があり彼の心の中には一息では消し尽くせぬ不屈の闘志が宿っているのだ。
次の瞬間、地を轟かせるような音が幾度も折り重なって血飛沫が天に向かって撒き散らされる。夢の世界では骸喰いたちが、現実の世界では大蛇たちがそれぞれ目の前に差し出された生贄を裂けた口の中に隠している鋭い牙で思うままに蹂躙していた。
彼らには温情も慈悲の心もない。文字通りの怪物なのだ。
やがて最後の一匹までもがこの狂気の晩餐に参加する。皿に並べられたごちそうを内臓、骨、果ては肉片一つ残さぬままに喰らい尽くしていくのであった。
それは先刻の義王の予言通り、この世に生れ落ちたことを後悔しなければならないような光景。筆舌に尽くしがたい地獄そのもの。
「ッッ!!!???」
わずかな幕間を経て、次の瞬間に義王の目に映ったそれは正気を疑うような地獄絵図。
なんということだろうか。義王の放った使い魔たちは一斉に共食いを始めたのだ。
そしてダイムはこれが自分に科せられた宿命といわんばかりに残った死にかけの骸喰いの仲間に食いちぎられてむき出しになった心臓を刺し貫く。
この怪物がどんな理由で義王に従うことになったにせよ、この結末はあまりにも憐れだと思ったからだ。
ダイムはいつの間にかその手に取り戻した刀を怪物の体から華麗に引き抜く。
そして切っ先を茫然とする義王天狼に向けた。
「敵の始末を畜生なんぞに任せきりとは、いくら何でも呆けすぎじゃないのか。俺だって好きでこんな寝覚めの悪くなるようなマネをしたわけじゃないんだぜ」
ダイムの表情に余裕はない。
おそらく今しがた使った天夢剣が、今日使える分の最後の天夢剣だろう。冷や汗が首筋を伝う。
対して義王は目の前の信じられない光景を前に絶句したままだった。
今、自分の目の前で何が起きたのかさえ理解が追いつかなかった。
この術は姑息な手段では決して破られぬはずの代物だ。まして目の前の未熟な小僧になど到底不可能。
「簡単な話だ。この化け物どもはアンタの命令通りに俺を襲った。対して、俺はこいつらの頭の中を少し弄って仲間同士が全員俺の姿に見えるようにしてやったわけだ」
地面に横たわった骸喰いの姿が、ダイムの語る真実の証拠だった。
彼らは死んでしまった今でもダイムの肉体を貪り喰らう夢を虚ろな瞳で見ているのだろう。
「ふざけるな。そんなことが出来るものか。自意識の世界では、自我は絶対的な支配者だ。神とも言うべき存在となる。それこそ例え神の身であろうと自意識の世界で認識を差し替えるなど出来るわけがない」
ダイムは苦笑する。まだそんな場所にいるつもりなのか、と。
「アンタさ、こいつらに自分は山ほどデカイ大蛇だっていう催眠術みたいのかけていたんだろ?」
義王は今の今まで自分がしでかしたことを忘れていた。この術も先の巨人を出現させた術同様に敵よりも手足となる使い魔に幻術を施す必要があったのだ。
使い魔の自意識に導かれた認証世界に干渉することは不可能だが、予め施された幻術事態に干渉するというのなら話は別だった。
「夢の世界ってのは厄介だよな。さっきの千手の巨人の時もそうだ。上で飛んでいる化け物の目を閉じたら、下にいる骸骨武者どもまで動かなくなっちまった」
たしかに夢の世界にはそういった一過性とも言うべき性質が存在する。
現の世界で生きる人間のような独立した自我を持たない骸喰いのような存在なら、意識を容易に誘導されてしまうのだ。
催眠状態ならば、さらに容易だったのだろう。
不覚。全くの不覚悟。
小策士、策に溺れるとはこのことではないか。義王は口から血がでるほどに歯を食いしばる。
「こいつらの意識を一時的に断って、もう一匹の方に繫ぐ。後は勝手にここにいる奴等全員、俺だと勘違いしちまったようだな」
ダイムにとってそれは機転を利かせたというよりもただの思いつきだった。
怪物たちの途絶えた意識が再生される過程で、別の固体にその意識を移す。
しかも一度、そういう仕掛けを施せば自動的に他の個体にも動揺の処置が施された。
おそらくは義王によって施された催眠術が強力すぎたのが原因だったのだろう。
言うなればそれは一過性の認識のドミノ倒し、というところか。
「今さらって感じもするんだがな。やっぱ俺たちみたいなのが最後の決着に物を云うのはコレだろ」
ダイムの手の中のそれは、どうにか刀の原型を保っている。
気を配りながら振り回しても数回程度しか使えないだろう。
だが、心配には及ばない。その時を迎えるまでに義王天狼を斬れば良いのだから。
「態度だけは一人前気取りか」
「口の減らねえ、ジイサマだ」
再び、両雄は刀を取る。今度は決着のつける為に。
次回、義王天狼さんのちょっといい話っ!