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転生処刑人  作者: ふじわらしのぶ
第一章 鳳凰の檻(ほうおうのおり)
3/17

活路

最初に作成したプロットでは二行くらいの話でした。

 ダイムの剣が義王の千本はあろうかという手のうちの一本を狙って振り降ろされる。


 するといずこかから現れた別の手がダイムの剣を受け止めて、当初に狙っていた手に握られていた剣が今度はダイムに反撃する。


 だが、それは予想された防御と攻撃であった為に身体を紙一重で回避。


 その直後に反撃してきた手に向かって利き手から持ち替えた片手の切り上げが放たれる。本来なら攻撃を弾かれるか、もしくは別の手で防がれるかどちらかなのだがダイムの太刀は最初から何もなかったかのようにすり抜けてしまう。


 これは一体どういうことのなのか、と思索する。しかし、反撃の糸口を与えるものかといわんばかり別の方角から手が迫り、ダイムは再び押し戻された。何とかこじ開けたはずの入り口は再び難攻不落の要塞に逆戻り。


 もしもこれが常人ならば、もはや最後の希望は断たれたと言って膝をつく己の敗北を受け入らなければならない光景だったのだろう。


 だが、ダイムは復讐者なのだ。愛するものたちの命を奪った憎き相手を討ち果たすまで膝を屈することも、観念して自刃することも決して己の真情が許さない。


 今のダイムには無謀と蛮勇を繰り返す以外の選択肢などの残されてはいないのだから。


 ダイム・コールはこんなやり取りを何度も繰り返しながら、また不屈の闘志を胸に抱き義王のもとへと向かって行った。


 剣を交えること幾千幾合の中で、やがてダイムの頭の中に一つの疑念が生まれた。


 これほど苛烈な攻防を繰り返していながら何故に義王自身は反撃してこないのか、という点である。

 

 たしかに今のダイムと義王の大きさを比べれば豆粒と象くらいの差がある。そんな相手をいちいち気にかける方が不自然かもしれない。


 だが、こうまで真夏の蚊のようにしつこく纏わりつかれば手をはらうか、ええい煩い虫けらめと悪態をついてもおかしくはない。


 思い返すと、義王はダイムの記憶が正しければ七十の老人。


 耳が遠くなって何が起こっているのか理解していないという状況も考えることが出来るが、今の状況ではそれは当てはまらないだろう。というかむしろそういう状況は御免被りたい。


 その時、狙い済ましたタイミングで再び、鋼鉄のような硬度を誇る腕がダイムの剣を弾く。


 その合間を縫って繫ぐように左右前後、上方から片手突きがダイムの急所を狙って迫ってきた。迫る銀閃、左右の剣はそれぞれ上下に切って落とし、上下からやってく剣はその身に迫る寸前のところでまとめてなぎ払う。

 

 最後に上からダイムの眉間を狙ってきた剣はすれ違い様に叩き落とした。


 だが、次の瞬間には敵側の陣容は立て直されて難敵攻略の準備は着々に進んでいた。


 もはやこうなっては埒があかない。ダイムは仕切り直しを余儀なく強いられるのであった。


 そもそも義王は千本もの腕をどうやって操っているのだ。ダイムは至極当然な疑問を抱く。


 間合いから遠ざかった場所で千手の怪物の首のあたりから生えた義王の上半身を見た。そもそもここから


 ではダイムのわりと良い視力をもってしてもその表情を窺うことはできない。ここに再び、違和感が生じた。


 果たして敵を見ずにこの無限に近い攻防を繰り返すことが可能なのか、と。


 ダイムの剣士としての器量は凡人の域を出ていない。もしかすると並以下かもしれない。

 

 だが、如何なる達人とてこうまで執拗に攻防一体を続けられれば、嫌でも相手を注視しなければならないのではなかろうか。


 なのに何故、義王はダイムの方を特に注意を払うわけでもなく居座りつけているのだ。案外にも達人の中の達人ともなれば勝手が違ってくるのかもしれぬのだが。


 しかし、義王の千手は針穴に糸を通すような正確さでダイムの攻撃を捌き、それらをいなして反撃に転じてくるのだ。


 今は気力、体力は充実しているがこの状況が長引けばいずれ限界を迎えてしまうことだろう。


 予断を許さぬ三方向から迫る突きに対して切り払い、残った一つを受け止めて後退しながらダイムは最初にいた場所に追い返された。


 その時、ダイムは疲労と焦燥のどちらかの為か、大きく体勢を崩し膝を折ってしまった。

 

 もしも、この状況で追撃ちをかけれてしまえば自分の命は無い。剣を持っていないほうの手を地面につけて体勢を立て直し、足腰に負担をかけないように注意しながら立ち上がらなければ。


 瞬時の判断が命の危険に関わってくる緊迫した事態になってしまった。


 こうなってしまえば後々にどんな対価を支払わされるかわからないので使わないようにしていた天夢剣を再び使う局面が訪れてしまったのだろう。

 

 ダイムは予想外の展開に驚愕しながらも意識を全神経を集中させて天夢剣の準備に入ろうとする。


 背に腹はかえられないのだ。


 だが、決死の追撃が始まることはなかった。


 鎌首を擡げた蛇が獲物を睨むようにして義王の千手は相変わらずその場から一歩も動かぬままこちらの動向を探っている。


 なぜ、千載一遇の好機を捨てるのか。この状況を利用せずに勝てる弱い相手だと思っているのか。


 さまざまな思惑がダイムの頭の中を交錯する。


 もしかすると義王は自分の側から攻撃すると何か都合の悪いことがあるのかもしれない。ここは何かひとつ声をかけて誘い込んでみようか、とダイムは思案する。


 どうせなら義王のプライドを揺さぶるような話題がいい。向こうの方からこちらにとって重要な情報を語ってくれるかもしれないからだ。


 「小僧。お前はよくやった。その勇気、賞賛に値しよう。だが、このおれと貴様の戦力の差はどうだ?貴様の考えそうな姑息な手段では埋めようがないのではないか。今ならば楽に殺してやっても良いぞ」


 ダイムは何か言い返してやろうと上を見る。

 

 だがその時、先程の義王の不審な行動を思い出した。先程の時点でダイムが背後からの襲撃に失敗した時に義王は上を見ていた。


 よく考えてみると今回の義王の屈辱的な降伏勧告も珍妙だ。


 もしも義王が意図してダイムの攻撃を防いでいたのならば、段違いの実力を持つ己に対して挑みかかるダイムの勇敢さよりも無謀さを貶してくるのではないか。


 あの性格の悪いジジイなら相手を持ち上げることで貶すようなこともするのだろうが。


 ダイムは次に上空を見た。相変わらずの和風建築の天井だが、この場所から見る限りでは変わった様子はなかった。しかし、義王には違う景色が見えているのかもしれないのだが。


 ダイムと義王、両者の認識の差異があるのではないのだろうか、と考える。


 しかし、考え方としては穿ちすぎている。第一にダイム自身が放った剣の一撃を弾かれた感触は今も手の中に残っている。


 これら全てを偽りの出来事だとは考えることはあまりにも難しい。


 一体、何が現実で何が虚構なのか。おそらくそこに義王の肉体の秘密が隠されているに違いあるまい。


 刀身に映った義王の姿を見ても何も変わってはいない。もしも、これがファンタジー小説ならばここで義王の醜悪な真の姿が映っていたりするところだ。


 待て。師匠の言葉を思い出せ。


 あれは『天夢剣は夢と現実を自在に出入りする』だったか。たとえばこう考えてみるのはどうだろう。


 今現在、現実の世界で見えている義王の姿は夢の世界のそれと一致するのだろうか。もしも、両者が全く違っていたとしたら行き詰まった現状を攻略することが可能になるかもしれないのだ。


 かくしてダイムは二度目の天夢剣を使う覚悟を決めたのだった。


 この決断が正しかったかどうかは今はわからない。このままジリ貧になるまで体力と精神を削られるよりはマシだと考えたまでだ。


 「上手くいってくれよ」


 実のところ、ダイムは自身の流派である九怨湖上流の継承者資格を得るための試験に失敗している。


 つまり天夢剣を自力で習得しているわけではないのだ。


 付け焼刃の技術に自分の運命を託すわけなのだから多少、心配なるというものだ。


 生来から体に宿る内なる神気を臍のあたり即ち丹田に集中する。血管や神経に宿る神気経路を通して、気孔から生じた気を集めて練丹を形成するのだ。


 以前、師や兄弟子が何を言っているかまるで理解できなかった。しかし、今ならハッキリと理解できる。


 体内で練成された錬丹は火を孕む種だ。これはあくまでイメージの話だが、汗が蒸気に代わり腹の中で何かが生まれようとしている。


 ダイムはそうして生まれてきた錬丹を心臓から、右腕に。そして腕から手持ちの刀に移す。


 直後、刀に宿った錬丹がボンっと爆ぜた。今、ダイムの手に夢想と現実を繫ぐという青き炎纏う剣が握られる。

 

 これこそが九怨流の呪術と湖上流の体術が生み出した奥義、四界無双天夢剣である。


 ダイムは目を閉じた。これは彼が現の世界と縁を断ちて神夢想の領域に至る為の通過儀礼である。


 目を閉じて、己が迷妄を開け、という師の言葉がダイムの心の中に息を吹き返す。結局、自力で奥義を獲得することは出来なかったが、あの辛くも幸福な日々は無駄ではなかったのだ。


 ダイムは天夢剣を解して、義王の姿を見る。現実世界の義王との相違点は発見出来ない。


 しかし、直後旧式のブラウン管テレビに見られた砂嵐のような画像の乱れが発生。義王の巨体は一瞬だけ姿を消した。


 これはどういうことだ。

 

 あの姿は現実世界においても偽りではないが真実でもないということなのか。


 ダイムは手の中にある天夢剣の宿った刀を両手で握り直す。もし今ここで義王を斬れば現実世界のヤツの姿にも何らかの変化が現れるかもしれない、とそう思ったからだ。


 その時の師の言葉を思い返せば、『夢の世界とは夢を見た側の一方的な認識が形成する、いわば自分から見てこうあって欲しい願望の世界』という話だった。


 そんな世界で敵に攻撃してもおそらくは現実世界の相手には無意味だろう。しかし、ダイムが他者に仕掛けられた精神の傾向を促すような暗示はどうなってしまうのだろうか。再び、剣を握り直す。誤差修正的な意味合いで。


 義王のかけた他者からこう見られたいという暗示が無効化されて本来の姿のヤツを目視することができるようになるのではないか。

 

 ダイムの剣を握る手にさらに力が込められる。


 無意識のうちに緊張の為、自然と汗ばんでさえいた。


 ダイムは己が運命は己が決意で切り拓くと言わんばかり、目の前の怪物に向かって袈裟斬りを仕掛けた。直後、ダイムが自分に仕掛けた天夢剣が解ける。


 彼の偶然習得した奥義の制限時間は究めて短いものだったのだ。


 再び、舞台は現実に戻る。


 しかし、残念なるかな義王の姿はほとんど変わっていない。幸いなことがあるとすればダイムの一連の行動で時間が消費された気配がないことだろうか。


 「どうした。小僧。返答は如何に」


 義王はその時、初めて己の巨体を一歩また一歩と前に進めた。


 必殺の豪撃を秘めた圧倒的存在の前進。今となってはダイムの命運は風前の灯か。


 「男の価値とはひとえに大局に直面した時の性根の潔さこそにある。無駄に地面を這い蹲って足掻いて回

るなど男子の往生際としては下の下」


 「はっ」


 この後に及んで、ダイムは不敵に笑う。


 彼はついに見つけたのだ。難攻不落を誇る城砦の攻略方法を。


 「何がおかしい。所詮は負け犬の遠吠え、聞いてやらんこともないぞ」


 それは綻びていた。ガラス板に疵がついて亀裂を走らせているように。しかもその亀裂からは何かしらの光が漏れている。


 つまり、彼は見られてしまっては困る真の姿を隠していたのだ。


 「やれやれ。とうとう呆けちまったか、ジイサンよ」


 「小僧がッ」


 千の剣が殺意を伴って一斉にダイムの方に向けられた。


 この後に及んで、この人を食ったような態度は何だというのだ。


 これを若者の無知と呼ぶにはいささか無礼が過ぎるのではなかろうか。


 「来いよ。こいつは一種のリハビリテーションってやつだ。アンタがちゃんと社会復帰出来るか、試してやっからよ」

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