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転生処刑人  作者: ふじわらしのぶ
第一章 鳳凰の檻(ほうおうのおり)
2/17

天夢剣

前に書いた作品を読み返すとあまりにひどい出来なので、書きなおしました。するともっと酷いのが出来て……。とりあえず頑張るぜー!


 「九怨流の奥義、天夢剣を極めたものは夢と現実を自在に出入りすることが出来るようになる」

 

 ダイム・コールは、まだ彼が綿貫勇治だったころの話。


 師匠の声で意識を回復させた。どうやら修行の合間に眠ってしまったらしい。


 ただでさえ怖い師匠の顔がもっと怖くなっているではないか。


 あれは四年前に九怨流に弟子入りしてからちょうど五年目くらいの頃の話だった。勇治は継承者の資格を得るために九怨流の奥義である天夢剣の説明を受けていたのだ。


 勇治が一子相伝の九怨流の継承者になろうと思ったきっかけは好きな女の子の気を引きたいからという若者としては至極真っ当な理由だった。同期の先輩に九怨春歌という天才がいたのにも関わらず、今考えれば随分無謀な試みをしたと反省している。


 それでも勇治の師匠である九怨雷蔵は、長男の春歌同様に勇治にも天夢剣の説明をしてくれた。その時に、師匠がどういう意図でそうしたのかは今となっては知りようがないわけだが。


「人間の肉体は、精神の器と肉の器というものがあり、いついかなる状況でもどちらか一方がが失われるようなことになってはいけない。まず、そういった解釈が在るとする。その仮説が実証されるという前提で意識が覚醒している状態を現の世界、意識が覚醒していない状態を夢の世界と呼ぶ。


 一般的な意味での起きている時、寝ている時の状態との相違点はどちらの世界にあっても意識という精神の根源が確かに存在するという点である。つまり先の仮説が実証し得る状況で自意識という固有の観点を持つ者が二つの世界の絶対的な観測者になる。


 つまり、我々が使う九怨流の創始者は肉体と精神を極限まで鍛えることによって現の世界にありながら夢の世界の観測者になることに成功した。これを九怨流の奥義、天夢剣と呼んだ。おい、寝るな。勇治ッ!」


「春にい、わかった?」


 この頃、勇治は二つ年上の兄弟子であった九怨春歌を兄のように慕っていた。あのような事件がなければ、今もまた兄貴分として慕っていただろう。


 春歌は細面の中世的な顔立ちで、形の良い顎に左手を当て考えるような仕草をした後に応えた。何をしても絵になる美貌の持ち主でありながら、剣術の腕は師・雷蔵を脅かすほどの天才。九怨春歌は綿貫勇治にとって常に身近な存在でありながら雲の上の人物だった。


 「つまり俺たちの大先輩は修行で肉体を極限まで追い込んで、精神を集中させて普段は見ることの出来ないが世界を見ることが出来るようになった。そういうわけじゃないかい。どう、父さん。合ってる?」


 「すげえよ!師匠、俺たち修行すると空飛んだり、透視したり、スプーン曲げたりすることができるようになるのかよ!」


 「春歌には、四割くらい正解ゆえに及第点とする。そして、勇治には後で正式に道場の床掃除を申し付ける、と言っておこうか。後な、スプーンはもったないから曲げるな」


 実際には春歌の解釈は不適当ではない。

 しかし、先の講釈で最初に精神と肉体を二つの器に分けた理由の説明が出来ていないの点、次になぜ極限の鍛錬が必要になのかという点に説明がないがゆえに満点を与えられなかった理由だった。

 

 いや、違う。

 むしろ雷蔵はそれらを承知しながら敢えて不正解を持ち出してきた自分の息子の不遜さが減点の理由だった。


 「ところで見えないものが見えるようになるとどうなるんだ?」


 さすがの春歌も呆れ顔になっていた。師匠の雷蔵も眉間に手を当てている。


 「あのねえ、ゆーじ。父さんが最初に言ってだろ……」



『天夢剣を極めたものは、夢と現実の世界を恣意的に出入りすることが出来る。』



 それは夢か幻か、幻聴には違いないのだろうがそれを確かめる術はもはや無いのだ。

 

 ダイムはがばっと身を起こす。全身がスリ傷と打ち身による激痛で言葉を出すことさえ億劫になる。


 痛いのは生きている証拠、という言葉は果たして誰の言葉だったのだろうか。際の際、瀬戸際もいいところでダイム・コールは生存していた。


 ズシンッ、ズシンッ、と下どころか大地さえ揺るがしかねぬ足音。それが足音であることを憶えているということはオツムの方は健在ということなのだろう。


 先に負ったダメージが原因で霞んだ目で真上を覗く。今、向かい合って勝てる確率はゼロに等しい。そもそも五体満足で向かい合ってどうにかなる相手なのだろうか。


 傲岸なる千手の巨大な武者が愚者の末路を見る為に足元を睥睨する。


 「念には念を入れて、ネズミ一匹仕留めるのにご苦労なこったあ。この後におよんで獅子縛兎ってどんな粘着質だよ」


 ダイムはどういった経緯で自分が奇跡の生還劇に至ったのかを知らない。深く思案する時間もまた残されていない。しかし、これだけは確かなことであると自覚している。二度目の奇跡は起こりえない、と。


 まず、ダイムは先程の巨大化した義王天狼によって破壊された床の破損部分の隙間に取り残された状態からの脱出を考えた。

 

 今の時点で自分の体がどれほど動かせるか。そして、見事なまでに床に嵌った自分の体を外に出すか。それら二点についてである。無論、最優先事項は前者に違いないが。


 一方、義王天狼の方はかつてないほどに困惑していた。それもそのはず、ダイム・コールの死体が無くなっているという想定外の事態が発生したからだ。


 義王にとってダイム・コールの存在など最初からどうでもよいものだった。

 

 転生管理局の話は以前からそういう組織が存在するという程度には聞いていた。

 

 先刻の自分の前にいきなり現れて自分から名乗りもしない若造の素性は、どうせその組織の使い走りだろうと見当をつけていた。


 もし、あの小僧が死んでいれば蘇りの術を用いて口を割らせればいい。だがしかし、非情に確率の低い話だが先刻の攻撃を受けて生き残っているのなら話は別だ。


 転生管理局なる組織がどの程度の力を持っているかは知らないが大挙して義王の屋敷に攻め込んでくれば、それはそれで厄介なことになる。


 第一に、義王の屋敷一体にかけられた六道輪廻を支配する術はいまだに完全なものではない。さらに今日まで転生先であるこの世界で築き上げた功績の大半が無駄になってしまうおそれがある。


 別に未練があるわけではないが他者の介入が原因でそれらを捨てざるを得ないとなれば事情は変わってくる。要するにそういった理不尽な仕打ちが勘にさわるのだ。


 何よりもあの九怨のこせがれに見下されると思うと腸が煮えくり返ってくる。


 おそらくは義王の失敗や不手際を責めることは無いだろう。


 しかし、まるで義王が失敗する事が九怨春歌の予定に組み込まれていたと思わせるような態度が許せないのだ。


 ゆえに先の懸念を取り除く為、義王はダイムの死体を捜すことに集中する。


 これが普段の姿のままならば苦労することはないのだが、手下に攫わせてきた少女たちの死体から作った死甲冑と着た状態で捜索するとなれば話は別だ。体が大きすぎて下に何があるかを確かめるためには一回一回屈まなくてはならないのだ。


 義王は九怨春歌との取引で歪ながらも不老不死の力を手に入れた。


 しかし、肉体そのものは転生以前の七十の狼時のものである。


 立ったり座ったりする時にただの老人だった時のクセが残っていて体の節々が痛んだり腰まわりの関節の具合が悪くなったような気がしたりもするのだ。術を授かった時に肉体は全盛期の力を取り戻しているという説明は受けていたのだが、それだけはどうにも上手くいっていないようだった。


 かくして義王は片っ端から床板を剥がしてまわって、ダイム・コールの死体をさがす羽目になったのだ。

 

 口には出していないがダイムに対する恨み辛みは相当なものになっていただろう。


 ベリベリベリッ、と床板を剥がしている音が大きくなる。

 

 ダイムは腕をじたばたさせながら周囲の障害物を除けて、何とか体の自由を取り戻そうとする。まずは上半身を外に出して、それから下半身を外に出すといった具合に。


 早くここから離れなければ義王に見つかって潰されてしまうだろう。


 右腕をずぼっと引き抜く。次いに左腕を。そして自由になった両手を使ってダイムは上半身を何とか起き上がらせることに成功した。


 その時、巨大な怪物になった義王天狼とダイムの目と目が合った。全身の血がさっと引き、目をかっと見開く。心臓はバクバクと鼓動を早め暴走気味になってしまった。


 義王はそこに何もないことを確認すると、背を向けて別の場所に歩いていった。


 ダイムは一連の出来事に違和感を憶える。一瞬の判断で義王はもしかすると自分のことが見えていないのではないか、と推測した。だが、現状においてはこの場から脱出しなければ拉致があかない。


 ダイムは再び周囲の廃材を除けたり、下半身を掘り出したりしなければならなくなったのだ。


 そしてダイムは障害に次ぐ障害を抜け出し、義王の死角に立つことに成功した。目が覚めてからわずかな時しか経過していないはずだったが、寿命が何年も縮んだ心境だった。


 この場所に回りこむまで何度か義王に見つかりそうになった。だが、義王はダイムの居場所とは全く別の場所を探すばかり、この出来事があることを予感させる。


 それは己が幾度に渡るこの死地を経て、ついに天夢剣を体得するに至ったのではないかという些か希望的観測気味な発想だ。


 今なら背後から斬りかかれば或いは一矢報いる事ができるかもしれない。


 ダイムは回収した武器を構えて、無音で背後から接近する。


 あの世の師匠が見ていたら真っ先に飛んできて彼を叱ることだろう。


 だが、義王天狼は師から聞かされたような武人の鑑ではなく、吐き気を催すような大悪人だった。それに師を殺害した張本人である九怨に繋がる情報を持っているからもしれないのだ。


 ここで逃がす手はない。



 はい。自己弁護、終わり。そう言わんばかりにダイムは義王の巨体に向かって背後から斬りかかった。


 

 ガキンッ、と金属が弾かれる音が部屋の中を木霊する。


 斬りかかったダイムの武器が折れていなかったのが不幸中の幸いだったのだろう。結果からいえば、義王の肉体の硬度がダイムの奇襲の威力に勝ったのだ。


 「今の音は一体、何の音だ!何が起きている」


 今たしかに義王天狼はこれは何の音か、と言った。妙だ。普通の状態ならば刀で打ち据えられれば聴覚よりも先に痛覚が優先されるべきではないだろうか。


 『痛い』よりむしろ『耳障りだ』。そんな状況が生まれることがあるのだろうか。

 

 視覚が天夢剣の影響下にあるとはいえ果たしてそんなことが起こる可能性があるのだろうか。ダイムはもう一度物陰に身を潜ませる。そして、義王の様子を窺った。


 義王は真上を見ている。そして、仰天の表情に変わり今度はダイムが隠れている方をかっと睨みつけた。


 「小僧っ!貴様かっ!貴様の仕業か!そこに隠れているのはわかっている!今すぐに出て来いっ!」


 なぜ義王は間を置いてから、自分の居場所を知ることが出来たのか。どこかに義王の目の役割を果たす間者か何かがいて、そいつが自分の姿を発見したのだろうか。


 いずれにせよ今の段階ではパズルを完成させるピースの数が少ない。


 だがしかし一連の義王の不振な動きから、ダイム・コールは確信した。目の前の怪物は決して倒せない相手ではない、ということを。


 仕組みはよくわからないが己が剣に宿る奥義、天夢剣の力こそが天下無双。義王天狼は過去の遺物で格下、老害にすぎない。

 

 そして、今のダイムには自分の命以外に失うものなどない。


 ダイムは己を鼓舞して、弱気から強気な姿勢に転じる。


 「ここから逆転だ。今に見てろよ、クソジジイ」


 かくしてダイム・コールの逆襲がはじまる。 

戦いらしい戦いはしてないのがポイント。続く。

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