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転生処刑人  作者: ふじわらしのぶ
第二章 白虎の祠(びゃっこのほこら)
14/17

人外京 ④

頑張って書きました!脳がパンクしてるかもしれません!

 山は人の領域ではない。もしも何らかの事情があって山に入るつもりなら、その者は常に心の片隅に山は人を拒むという言葉を刻みつけておかねばならない。これは柊が新人のころに大先輩から教えられたことである。当時も、今の少し前までもこの言葉の意味は自然を敬えとかそういった類の教訓だと柊は思っていた。だが、まさかここに来て先人の残した言葉がそのままの意味で知ることになろうとは思わなかったのである。

 

 山の頂よりも高い場所から何かがこちらを見ている。周囲に立ち込める霧の濃さから、正確な事態の把握には至らない。柊はポケットから懐中時計に手を伸ばそうとするが途中で止めてしまう。頭上で何かが動いた事を感じ取ったからだ。


 「ひいっ」

 何かに睨みつけられた。そう感じた佐久間が反射的に悲鳴を上げたようだ。隊員たちの中でも経験の少ない新人隊員である彼ならば仕方ないだろう。彼をこの件で責める事はあるまい。


 柊はひどく怯えている佐久間を落ち着かせるために彼の近くまでやって来る。そして、周囲に細心の注意を払いながら佐久間に事の経緯を聞くことにした。後方から追って来た天水あまみの方は流石に何かに動じている様子は無い。


 「佐久間、どうした?」


 「すいません、隊長。でも、自分の真上に眼が見えました」


 佐久間の発言から先程の幻影のようなものは柊にだけ見えたものではないということがわかった。だが、柊としては複雑な気分だった。佐久間も柊同様に山よりも大きな動物の姿を見ている。眉間に手を当ててから、頭を何回か振る。この年齢になってから、常識では考えられないような現実を受け入れろというのか。ふと、柊はこの山に入る前の天水との会話を思い出した。


 「例の神域に、銅垣どうかきは部下を従えて定期的に出入りしているらしい。そこが普通の場所なら我々だけでも侵入することが可能なのだろうが、公式には神職、或いは王家の人間以外は立ち入る事を許されていない場所だ。どうも呪いや祟りとかは苦手でな。今回はアンタを頼ることにした。頼まれてくれるか、天水」


 柊は天水のことを以前から知っていた。彼は、柊の生家とは古くから付き合いのある人物だったのだ。太古の秘儀に通じた年齢不肖の闇医者。それが柊の知る天水という人物の全てだった。


 天水はチラリと柊の様子を窺う。柊家の人間が天水のもとに尋ねて来るとは一体どういう風の吹き回しだろうか。実は天水が柊家から一方的に絶縁されたのは三百年くらい前の出来事だったのだ。柊家は今でも国内の武門の一角として知られる一族である。天水との交流を断て、という因習が残っていてもおかしくはないのだ。


 加えて、天水自身も柊の人間には自分と関わって欲しくはなかった。妖怪と人間が関わり合いを持つと大抵の場合、良くない結果に終わる。天水は柊の話を一通り聞いた後に彼を追い返すつもりだった。ところが、柊の話を聞いているうちにそういうわけにもいかなくなった。理由は彼の話の中に出てきた神域という場所にある。天水は柊の言う神域に守護者が未だに健在であることを知っていた。普通の人間が立ち入るくらいならば守護者が動くことはないかもしれないが、神域の中に入るならば話は別である。場合によっては怒れる守護者に殺されてしまう可能性も十分に考えられるのだ。


 「柊。お前が何をどのように考えているかが知らないが、山というのは人間の存在を拒む性質を持っている。今回の場合は神域と呼ばれるいわくつきの場所だ。無闇に立ち入れば命を落とす危険性もある。私としては別の方法を考えるべきだと思うのだが」


 「頼む、天水。銅垣に一矢報いてやらねば、私は家族の後を追って自決することさえ出来ない。私にはもう何も残されてはいないんだ」


 柊の話では、まず銅垣の身辺を調査していた柊の息子が殺害され、次に柊の息子の妻と子供が誘拐されてから殺害されたらしい。おそらく柊は本来、私怨で動く人間ではあるまい。窮地に追い込まれ、藁にもすがるような思いで天水のもとに現れたのだろう。


 ともすれば死に急いでいるようにも見えた。天水としても、ここで過去に交流のあった柊家の人間を見捨てるのは何とも寝覚めの悪いことだった。そういった理由から天水は仕方なく調査に同行することを条件に、柊に協力することにした。


 「わかった。そんな危なっかしい理由ならば協力しないわけにもいかないだろう。ただし山に入る際には私が同行するという条件付きになるが、それでもいいか?」


 「ああ。構わないとも。むしろ願ってもないことだ」


 柊は、天水の両手を掴んできた。柊としては感謝しているつもりなのだろうが、しっかりと握られている天水は苦痛のあまり表情を引きつらせていた。そんな天水の姿に気がついた柊はすぐに彼を解放する。天水は柊の職場にいるような屈強な男ではない。


 「それと一つ、忠告しておくことがある。その山に大きな虎が住んでいるという話は真実だ。もしも、山の中で虎に出会ったら、決して大きな声は出すな。なにせ、あれは無類の人間嫌いだからな」


 山を住処とする獣や神様が人間を嫌う習性を持つ、というのは何ともありがちな話だ。柊は当時の天水の言葉を頭の片隅に止めておく程度に記憶していた。先に述べた先人の教えや諫言くらいにしか考えていなかったのだ。


 「落ち着け、柊。ここには佐久間君もいるのだぞ」


 出し抜けに天水からかけられた言葉で、柊は現実に引き戻された。いくら苦境に追い込まれて、精神的に参っていたとしてもここまで醜態を晒すこともなかろうに。柊は天水に幻影の話をすることにした。柊も事前に聞かされていたこととはいえ、実際に山よりも大きな虎を見てしまったのだ。真偽を問いたださねば、事実を受け入れようもないというものだった。


 「天水。何度も同じようなことを聞いているようで申し訳ないが、あの大きな虎が山の守護者。白虎びゃっこなのか?」


 あれの姿を見た柊がこうまでも狼狽してしまうことは、天水にとっても予想外の出来事だった。古の都の守護者、白虎。天水よりも起源が古い妖怪である。そもそも妖怪や土地神のような怪異たちの呼称とは、人間が勝手につけたものであって当事者たちの格付けには何ら影響を及ぼす事はない。せいぜい名前を貰ったことで新しい力を得たり、元から持っていた力を弱体化されるくらいの話だ。現に彼の天水あまみ怜院れいんという名前も百年くらい前に正体を隠す為に知り合いの修験者から貰った物である。


 さて、どう説明したものか。柊と佐久間の様子を観察しながら、天水は白虎の生態に関する情報をどこまで公開するか悩んでいた。白虎の本来の役目はこの国の真の王都を守る事である。果たして彼らのような王家に忠誠を誓っている人間に前にして、今の王家の血筋の正当性が疑わしいものであることを説明してもよいものか。下手に昔話をすれば、彼らの反感を買うような結果に終わるかもしれない。


 天水はごく自然体を装いながら白虎の現れた方角を見る。霧の中に入ってしまった以上は白虎が姿を現すのは必定だった。あの霧は外界と虎の守るべき領地を隔てる印でもあるのだ。即ち白虎にとって天水たちは侵入者であり、今後の天水たちの処遇は彼の心一つで決まってしまうのだ。


 白虎の気性はおとなしいと天水は過去に知己から聞かされている。だが、妖怪の穏やかな性格は人間のそれと必ずしも合致するわけではない。彼の領土に接近しなければ、という条件がある。


 妖怪の大半は自然物が大量の神気を長い年月をかけて浴びる事によって発生するものが多い。こと山奥の世界においては人里に現れる幽霊の方が不自然な存在なのだ。故に山奥の世界で生まれた白虎のような半神とも言うべき存在にとって、自分の領土に余所者が無断で上がりこむことは不法侵入というよりもむしろ存在を脅かす行為に等しい行為だった。よくよく考えると今さら話すべき事柄ではないような気もする。だが、天水の考えとは裏腹に突然佐久間が会話に割り込んできた。実に最悪の機会といっても過言ではない。


 「柊隊長。もしかすると天水さんはあの化け物のことをご存知なのですか?」


 佐久間の質問は至極真っ当なものだった。彼は志願して随行してきたわけだが、目的はともかく到達地点に関しては曖昧な情報しか与えられていない。この点においては他の隊員も同様である。だがしかし、今回は必ず生きて変えれる保障はどこにもない。そういった事情から柊と天水は隊員たちがいつでも離脱出来るよう、任務の本筋には触れないで仕向けてきた。


 「天水」


 「わかった。全てをみんなに話そう。佐久間君、悪いが先行している他の連中を集めてくれないか。そろそろこの場所と、あの大きな虎、それに目的地について話しておかなければならないことがあるんだ」


 柊は怪訝な表情で天水を見た。この場で全てを話すつもりか。仲間の死。上司への同情。義憤。その他もろもろ。部下たちがここまで柊について来てくれた理由はこんなところだろう。そんな彼らだからこそ柊は部下たちを全員、無事に帰してやりたかった。出来る事ならこの件で関わって欲しくはなかったのだ。


 「わかりました」


 佐久間は真剣な表情で、天水の言葉を聞いていた。それは信頼に足る言葉だった。佐久間は今の今まで他の隊員たちほどは天水の事を嫌ってはいなかったが、部外者の天水のことを心のどこかで不審な存在として捉えていた。佐久間は頭を使って物事を考えることが得意な人間ではない。他人の言動から影響を受けやすい性格の持ち主でもある。しかし、今の天水の言葉には佐久間の言葉では上手く表現することは出来ないが信用に足る説得力があったのだ。それは安易な直感かもしれない。だが、巨大な虎の幻影を見ても動揺せずにいる天水の胆力はこの場において十分に信用出来るものであったことは違いなかった。


 そういった佐久間の意思もまた天水にしっかりと伝わっていた。柊はもう一度全員を集合させるために何らかの方策を取るつもりだったが、その前に窪田、稲葉、安田、志賀の四人が戻って来た。彼らの様相から察するに白虎の姿を目撃したことは間違いないであろう。天水としては説明の手間は省けたのかもしれないが、説得の手間が増えてしまったという複雑な心境でもあった。最年少の佐久間にああまで言わせたのだから最早余計な嘘をつく必要も無い。これを機会に神域の全てを話す覚悟が出来たというものだ。


 天水は無事合流を果たした四人の顔を見る。そのうち一番落ち着いていそうな稲葉が口を開いた。


 「柊さん。見ましたか、あれ」


 「ああ。皆、聞いてくれ。今回我々に同行している天水から神域とその守護者に関して説明があるらしい」


 柊の話を聞いて四者四様の違った対応を見せたが流石はプロとしての矜持からだろうか、彼らは微塵の動揺も見せずに天水の言葉を待った。日頃から何かと天水に食ってかかる安田でさえ他の面子と変わらない様子だった。まあ、安田に限っては例外的に絵本の世界でしか出会えないような大きな虎との遭遇に心を躍らせているのかもしれないが。


 「実は我々が先に見かけた巨大な生物こそが、この山の守護者である白虎だ。今も我々の周囲を眩ませている白い霧も白虎の力によるものと考えて欲しい。あの霧は白虎が管理する領域と外界を区別する為の境界線のようなもので、とどのつまり今現在我々の周りに霧が発生しているということは目標地点に近い場所にいるということだ。これから先は目標地点である神域に関する説明に入りたいのだが、何か質問がある者はいるか?」


 「ちょっといいか、天水よ」


 ある程度は予想していたが、やはり安田が質問をしてきた。


 「俺たちは白虎に見つかっているわけだろ。どうしてお咎めが無いんだ。普通ならイイトコで帰れとか言われるか、最悪で全員殺されているんじゃないのか」


 「安田さん。我々はそもそも白虎に敵と見なされてはいない。したがって現時点で我々は白虎に襲われる事は無い、という風に解釈してもらえるか」


 安田は無言で頭を縦に振った。天水の意見はもっともだった。おそらくは白虎なる存在から見れば、自分たちは地面をうろつく虫けら程度にしか思っていないのだ。また、天水の言い分が正しければ今後目的地に到着した場合は白虎にとっての敵即ち排除対象に成り得る可能性が出て来たわけである。上司の柊、安田の同期の三人は言うまでも無いが新人の佐久間だけは本人の判断に委ねるべきではないか。これは安田なりに後輩を心配しての思いやりだった。


 「つまり目的地に入ってしまった場合は、俺たちの命の保証は無い可能性も出てくるわけか」


 安田は佐久間をじっと見つめた。見方によっては睨んでいるようにも見えるが、安田は佐久間を心配していたのだ。端から見ても今の佐久間は気負いの度合いが過ぎている。佐久間の意気込みを買って連れて来たが、今回ばかりは自分の面倒を見るだけで精一杯のような気もしてきたのだ。天水も同じ気持ちだった。


 「続けてくれ、天水」


 「わかった。次に我々が目指す目的地についてだ。君達はここに来る前に柊から大昔の神社のような場所と説明を受けていたという前提で話を進めていきたいのだが、それで構わないか」


 その場にいた天水以外の者たちは皆頭かぶりを振った。山には守護者が住み、山頂には神を向かえる建物が存在する。それらは柊が天水のもとを尋ねた跡に裏づけとなる証拠を集めながら作成した資料に記載されていた情報である。この件に関しては天水はあえて全てを伝えなかった。使い道によっては隊員たちはおろか柊さえも敵にまわしかねない情報だった。


 「わかった。それでは十分注意しながら聞いてくれ。今から我々が目指す場所は、かつてこの国の王都が存在した場所だ」


 その時、六人の視線がいっせいに天水に集まった。想定内の出来事とはいえ、この時ばかりは緊張した。天水としては十分に機を見計らってから本筋を打ち明けたつもりである。ここで人間たちの信頼を失うわけにはいかない。天水は周囲を見渡し、柊たちの動向を窺うばかりであった。そしていくらかの時間が経過し、まず柊が口を開いた。


 「もう何を言われても驚くことはないと思っていたが、まさかこんな山奥に王都があったとはな。だが今の王の居城は東京の江戸城だ。国王陛下がこの先にある神域にいるわけではあるまい」


 柊の動揺は少なく見える。押し隠している部分もあるだろうが、今は彼の厚意に甘んじるべきだろう。天水は再度、話を続けた。


 「現代に至るまで日本という国には四つの王都が存在した。福岡、山口、京都、そして今の東京だ。然るにこれから我々が目指す場所は、歴史の闇に葬られた第五の都だ」


 「天水。そこに銅垣がいるのか。どうなんだ」


 安田が挙手と同時に質問をしてきた。普段の粗野な振る舞いからは考えられぬほどの落ち着いた様子だった。安田はいざとなれば私情を抑えて行動できる種類の人間なのかもしれない。


 「今はいない、と言っておこうか。銅垣どうかき武智たけともは用心深い性格の持ち主だ。我々がここに来る事を知っていれば、入山する前にもっと派手な妨害工作を仕掛けてきただろう」


 安田も納得して頭を下げた。自分たちは選りすぐりの精鋭ではないにしても、そこそこの経験と実力を持つの柊と柊の部下たちが上層部の許可無しで動いているのだから、もう少し警戒されてもおかしくはないはずなのだ。むしろ銅垣への報復を目的に動き出した柊たちに対して特に何もして来ない今のほうが不気味だった。


 「天水さん。俺もいいですか?」


 次に窪田が手を挙げていた。窪田という男は特徴らしい特徴の無い顔つきの男だった。もっとも他の隊員同様に大柄な体つきをしている。一般人と見比べれば、すぐに見つけることは出来るだろう。


 「俺たちがこれから行く神域と銅垣にどんな関係があるんですか」


 「ここ数年の銅垣の神がかった活躍はおそらく神域から得た力が関係している。神域つまり王都というものには、その場所の主となったものに大きな力を与える。今回の作戦が上手くいけば銅垣の持つ神通力に対抗する手段を見つけることが可能になるだろう」


 「神通力、ですか」


 それは窪田にとっては信じがたい話だった。たしかにこれまでの銅垣武智の社会的な成功は異様と言っても過言ではない。だが銅垣が神域から神通力を得てそれを悪用しているという話を聞かされるとやはり受け入れがたい気持ちになってしまった。


 「言っておくが間違っても銅垣を倒す為に都を焼くとかそういう物騒なことは考えないでくれよ。それは上から我々を見張っている白虎を怒らせる行為に他ならないからな」


 「いや。流石にそんなことはしませんよ。それより例の白虎と銅垣はどういう関係なんですか」


 「都市の力を引き出し、都市及び神域を自由に出入りする。多分銅垣の正体は白虎の化身だろう。そう考えれば一応の説明がつくというものだ」


 天水としても銅垣の本性に全くの疑念が無いわけではなかった。しかし現時点では実際に都に行く以外の方法では真実を確かめることは出来まい。銅垣の目的、手段、動機を明らかにする為にも一度都市の内部を調査する必要があったのだ。


 「待て。白虎が銅垣の化身ってことは、あの虎は悪者ってことなのかよ」


 不機嫌そうないつもの安田に戻っていた。案外、虎が悪役にされたことに腹を立てているのかもしれない。


 「白虎のような大妖怪から分離した化身というものは本体とは別の性格になることもある。また今の日本の治世に白虎は興味を持っていないと思うのだが、納得してくれたか」


 白虎が山に引き篭もっているのは、人間の世界に愛想をつかしてしまったからかもしれない。妖怪という存在も今となっては過去の存在だった。それは天水自身が一番良く理解している。人間の手によって自然が切り拓かれたからではない、この世界における妖怪の役目が終わってしまったからだ。今さら下界に干渉して人間との仲を険悪にする必要はない。既に種族としての死を迎えつつある妖怪たちが一部の不心得者のせいで人間たちによって穏やかな暮らしを奪われるような事態だけは避けたい。銅垣がこれ以上神通力に頼って何かをすれば間違いなく妖怪の存在が公になる可能性が高い。故に天水はこれを最後の天命と心に決めていたのだ。


 「銅垣武智の正体は白虎の化身か。我々はそんなヤツに勝てるのか」


 神域は太古の昔に失われた王都。銅垣は起源を白虎と同じくする者。天水が柊に語った真相はあまりに重いものだった。銅垣がこの国にもたらした富と栄光はあまりに多く、官の見地からすれば銅垣は見逃して然るべき存在だったのかもしれない。これに私怨で立ち向かうのは、果たして正しい事なのか。今の柊には判断が難しいところだった。


 「落ち着け、柊。銅垣を打倒する方法は必ずある。その為にも我々は目的地、千年城に向かわなければならないのだ」


 その地に君臨する者に千年の栄光を約束するという伝説の城、それが千年城だった。天水としては出来れば行きたくない場所だった。実は千年城を作る為には多くの人柱を必要とする。これから向かう場所はかつて時の権力者の怒りを買い、焼かれた挙句朽ち果ててしまった都だった。なのにも関わらず今もまだ存在している場所なのだ。どれほど多くの人間が人柱の生贄として使われたのかは、天水にも想像出来ない。千年城とは呪われた場所なのだ。


 「わかった。お前のことをを信じよう」


 「ありがとう」


 柊は手袋を外して、天水に握手を求めた。これは何としても真実に辿り着こうとする柊の決意であり、何があっても天水を信じるという信頼の証だった。天水もまた柊の手を握った。こうして柊たちと天水は決意も新たに、銅垣の本拠地である千年城を目指して歩き始める。周囲の霧と、その奥に潜む巨大な獣はいつの間にか姿を消していた。


 柊たちが山頂に辿り着く前に、山の入り口には二つの影があった。そのうちの一つは九怨春歌の協力者、獏の姿があった。獏は手に持った錫杖を地面について、後方からついて来る同行者の到着を待った。獏は三度傘のつばをを上にずらして後方の様子を窺う。すると、いつの間にか屈んでいる連れの姿を見つけた。


 「凶宮まがみや、どうした?」


 獏の同行者、凶宮まがみや栄華えいがは地面の土をひとさし指で軽く掬った。そして、指先についた土の香りを嗅ぐ。やはり、おかしい。何か別のものが混じっている。凶宮が知る限りでは、この山には幽鬼や雑霊のような突発的に生じた怪異を除外すれば白虎以外の妖怪は存在しないはずだった。そこで凶宮は左手の人差し指と中指を絡めて、眉間近くまで寄せた後に周囲の気配を探った。


 凶宮の本業は錬丹や呪殺の類である。こういった占星術の真似事のようなことは得意ではない。しかし、今は自分の好みよりも効率を優先すべき時である。凶宮は片手で簡単な印を結び、再び周囲の気配を探る。

 

 木の端に何かが巻きついている。凶宮は異変の根源を探るために木の近くまで歩いて行った。そして、緑の葉を茂らせた丈の短い木に手を突っ込む。そこには凶宮が考えた通りのものが存在した。透明に輝く細い糸。手で握るとそれはわずかにベタついている。これは蜘蛛の糸か。凶宮はコートのポケットに忍ばせてある白いハンカチで掌に付着した蜘蛛の糸と思われる物を拭き取った。あまり気分のよいものではなかったが大きな収穫はあった。


 「獏ちゃん。どうやらお客さんが来ているようだぜ?」


 自らの内に玄武の魂を宿す男、凶宮栄華は不敵に笑った。

異世界の日本の話ですから、設定とかは気にしないで下さい。

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