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転生処刑人  作者: ふじわらしのぶ
第二章 白虎の祠(びゃっこのほこら)
13/17

人外京 ③

ダイムはしばらく出てきません。今回はダブル主人公なので、しばらくは天水怜院が活躍します。

 天水あまみは佐久間の生真面目な態度に呆れつつも、彼に対して親愛に似た感情を抱いていた。出来る限り、この場にいる全員を無事に帰してやりたいと思ってもいたのだ。

 

 彼らは戦闘のプロフェッショナルだ。人間相手ならば、余程の悪条件が重ならなければ負けることはないだろう。しかし、敵が人外の存在ともなれば話は違ってくる。多かれ少なかれ犠牲を強いられる破目になるかもしれない。


 天水は軽く目を閉じて、自身に反省を促した。危機が迫りつつある状況で過度の感情移入は禁物だ。いざとなれば心を鬼にしてでも、目的達成の為に彼らを全員切り捨てて行かなければならないのだから。


 気がつくと、先に柊のもとに事後報告へ行っていた稲葉が戻って来ていた。どうやら柊の方から天水から直接、先程の出来事について説明して欲しいと言伝を頼まれたという話だった。


 天水の方からも今後についていくつかの相談をしたいと考えていたので、柊の申し出に対して快く承諾することにした。傍目から見ても疲れた様子である天水を気遣って、稲葉はゆっくりとした歩調で柊のもとに案内した。


 佐久間も、天水と同じくらいの歩幅で進む。軍人としての経験が浅い佐久間でも天水のような民間人と自分たちの体力差くらいは自覚していた。無理をしてまで自分たちの案内役を務める天水の意志を尊重して、余計な言葉をかけるような真似はしなかった。


 それからほどなくして三人は柊たちのところに到着した。


 「先生、顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」


 隊の先頭にいた二人のうちの一人である窪田が、心底辛そうな天水を見て声をかけてきた。先生とは、天水の仮初の職業である闇医者由来の呼称である。隊列の先頭にいた窪田と志賀の二人は安田、稲葉と同期だった。


 窪田は他の三人と違って雰囲気が一般人のそれに近い。天水との関係も距離を置いてはいるが悪くはない。安田、志賀などにいたってはやはりこうなったかと言わんばかりに天水の姿を視界に入れないようにしている。一般人を参加させたくないという職業意識から来る反応だろう。天水の方も二人との衝突を避けたかったので特に関わろうとしなかった。


 「ああ。お気遣い、ありがとう。窪田君」


 窪田と天水のやりとりに一区切りがついたところを見計らって柊が声をかけてきた。


 「天水。向こうの様子はどうだった?」


 「見張りがいた。ルートを変えようと思う」


 見張りとは、林の先にいた大きな鹿のことだった。その正体は何らかの術によって作られた実体を持つ幻影。本質的に似たような存在である天水には容易に看破することが出来たのだ。


 天水あまみ怜院れいんは人間ではない。ある動物が長い間、自然界の神気にさらされることによって誕生した妖怪である。この事実は柊以外の他の人間は知らない。


 「見張りか。この場合は引き返した方がいいのか?」


 隊員たちを危険に晒すわけにはいかない。そもそも今回のこれは私怨に近い動機から始まった秘密の作戦でもあるのだ。柊は、天水との会話に注目する部下たちの様子を彼らに悟られないように窺う。このような場所では失うことが惜しまれる義士であり、この国の未来を託すに値する逸材たちであった。


 「いや。あれは監視役としての見張りではない。正規ルートへの目印としての役割を与えられた見張り役だ。非常識なくらい大きな鹿の姿をしている。あれの視線の先はおそらく祠に続く旧参拝道だろう」


 旧参拝道とは、大昔から存在する山頂の神域まで続く人の手によって整備された道のことだった。今使っている獣道にくらべれば使いやすいのだが、現在政府から発布されている地図にも載っている公の通路でもある。見張り役が存在するという情報と合わせて考えると敵に発見される可能性が高くなってくる。


 「ここから別の道を探すのは私たちでも難しい。天水、何とかならないか?」


 「実は正規ルート、旧参拝道の方を行こうと思っている。というよりむしろ他の選択肢を先んじて潰されたという話なんだがな」


 「それはどういう意味だ?」


 その話を聞いて、怪訝な顔で柊が尋ねてきた。実際、見張りが置かれているところまでは天水の予想通りだったのだ。だが、見張りの用途の方は予想を超えていた。事態を冷静に分析すればするほどに、敵方に与する術者の技量は天水よりも上手だった。それを素直に認めるのが、天水としては辛い気持ちだったのかもしれない。天水は自分の推論をなるべく私情を交えずに淡々と語った。


 「あの見張りは正規ルートへの目印であり、おそらくは正しい道筋以外では山頂に辿り着けないようにするための目印でもある。つまり、このまま我々が猟師から教わった道を進んでも山頂には辿り着けない可能性が生じた、という話だ」


 天水の考えでは、猟師たちの漏らした地元の人間しか知らない獣道の情報も敵方の思惑の一つだった。この場合において彼らは獣道の情報で侵入者を山に引き込み術を看破する能力を持った者たちは見張り役を通じて正規のルートに引き込み、術を看破する力を持たないものは未来永劫山を彷徨うように仕向けるつもりだったのだ。


 のこのこと山に入ってきた侵入者の退路に閂をかける敵のしたり顔を創造して、天水は気分を悪くしていた。生まれて何百年の若造かは知らぬがこの借りは大きいぞ、とこの時天水は内心凄みを利かせていたのである。


 「やれやれ。虎穴に…、何とやらか」


 以前から、敵が天水以上の尋常ならざる存在であるということは柊も聞かされていた。その時、二人の会話に安田が割り込んできた。


 「鹿の話か。おい。天水、鹿を見たのか」


 普段は岩のように黙り込んでいるばかりの男が意外性だらけの話題に食いついてきた。この時ばかりは柊も苦笑いしていた。動物好きめ。天水は心の中で舌打ちした後に、安田に直接事情を説明をした。こういった場合は冷静で多くの場数を踏んでいる柊よりも良い考えを持っているかもしれない。


 「安田君には残念な話だが、あれは本物の野生動物ではない。鹿の姿を模した監視カメラのようなものだ。おそらくあれの配置された状況から察するに、あれに目視され存在を認められたものだけが山頂に通じる道を行けるようにしているのだと私は考えている。君はこの状況をどう考えているんだ。もしよければ参考までに意見を聞きたいのだが」


 天水にとって安田とは険悪とまではいかないが、そこそこに悪い人間関係の相手である。そこで天水は相手を怒らせないよう、出来るだけ注意しながら丁寧に説明した。もしかすると、安田のような排他的でプロ意識の強い人間には堅苦しい口調で居丈高に語られるともっと気を悪くするのではないか、という考えもあった。


 天水は闇医者という職業の性質上、普段患者と会話することはない。天水のところに治療を受けに来るような人間はそもそもロクでもない人間ばかりだ。藪を突いて蛇が出るということもある。実際、天水にとって他人とのコミュニケーションを図るということは何よりの苦手分野だった。


 「そうだったのか。あれは鹿じゃないのか」


 天水からの話を聞いた後に、安田はひどく落胆していた。


 山岳地帯において探査活動のプロフェッショナルである安田から有益な情報を引き出せるのではないかと期待した天水は、あくまで動物好きとしてのスタンスを崩さない安田の様子に苛立ちを覚える。機嫌を悪くしている天水の姿を見かねて窪田が声をかけてきた。


 「天水さん。俺からも質問いいですか?」


 「ああ。別に構わないよ、窪田君」


 「その鹿みたいなものを通して俺たちが銅垣どうかきに見つかっているっていうのなら、開き直って旧参拝道から入っていくというのはどうでしょうか?」


 正攻法で敵の本拠地に乗り込む。天水とて考えていなかった作戦ではない。だが、敵が本拠地で侵入者に対して何らかの対応策を講じていないという確証が無い限りは優先順位の低い作戦だった。加えて天水は現時点において敵の本拠地に関する情報を具体的に説明していない。妖怪という本性を隠して生活している普段からの用心深さがこのような形で裏目に出るとは思ってもいなかった。


 しかし、久保田の意見にも一理はある。天水は隊の責任者である柊に判断を求めることにした。他の連中には秘密にしているが、柊にはここへ来る前に敵の本拠地に関して説明しているのだ。


 「柊さん。あんたはの意見はどうなんだ」


 実はこの時、柊も難儀していた。彼が白虎の神域に関する情報を持ちえていたからである。一つは、神域の中に入ってしまえば外界と連絡が取れなくなる可能性があった。そして、もう一つは神域の中では自分たちと天水の共通の敵である銅垣どうかき武智たけともが待ち構えているかもしれないのだ。


 正直なところを言えば、銅垣本人を前にすれば柊が普段の冷静さを保っていられるという自信は無い。対面直後にガンベルトから銃を抜いて、銅垣に向かって発砲してしまうかもしれない。自分について来てくれた部下たちも少なからず銅垣に対して負の感情を抱いているには違いないはずだ。今は自分の考えよりも天水の判断を信用するべきだろう。


 柊は普段の冷静さを意識しながら、天水に語る。


 「ここは今回の作戦の成功率、さらに部下の安全を考えれば一度引き返す方が得策だろう」


 銅垣の内偵を行っていた部下が殺された。それが今回の作戦の発端だった。言葉に出来ないようなひどい死に様だった。職務の性質上ある程度の危険を承知しなければならない、言うなれば覚悟の上の出来事だった。だが、話はそれでは終わらなかった。今度は殺された部下の家族まで誘拐されて行方不明になってしまったのだ。


 無論、誰かが警戒を怠ったわけではない。柊が不足の事態に備えて彼の家族に見張り役を何人かつけておいたのにも関わらず、見張り役ごと誘拐されてしまったのだ。被害者たちが誘拐されてからすでに半年が経過している。生存している確率はゼロに等しいだろう。


 今まで苦楽を共にした部下たちを自分の私怨で犠牲にしてよいものか。そう考えた矢先にそれまで黙っていた安田が叫んだ。


 「何言ってんだ、柊さん!息子の祐介を殺されて一番怒っているのはアンタだろうが!佐久間を除いて、俺たちがチーム組んで五年だ。もう家族だよ、祐介は!俺は銅垣のクソ餓鬼を捕まえられるならここで死んだってかまわねえんだ!なあ、イナ、シガちゃん、クボやん!」


 安田は号泣していた。五年間、苦楽を共にした親友が任務中に誘拐された挙句に殺害されたのだ。安田は霊安室で変わり果てた祐介の姿を見たときの悔しさを忘れたことはただの一度も無い。


 祐介の原形をとどめないほどに破壊された顔、背中は鞭打ちで切り裂かれて、全身の骨はまともな部分が一つもないほどに砕かれていた。安田の知る限りでは、柊祐介という人物はあのような無残な最後を迎えるはずのない人間である。


 他の四人も、安田同様に涙を流して柊の言葉を待っていた。


 柊は己の不明を恥じた。今さら何を疑うことがあろうか。窪田、志賀、安田、稲葉、そして佐久間。彼らは命令を受けたからではない、自分の意思で柊について来たのだ。すでに上層部は祐介の件を揉み消しにかかっている。今回の作戦が明るみ出れば、自分や部下たちもただではすまないだろう。だが、それを承知で部下たちは自分について来てくれたのだ。


 もはや自分は迷うべきではない。柊は五人の部下の前で明言した。


 「天水。我々は正規のルートで神域に向かう。前にも言った通り身の安全の保障は出来ない。それでもついて来てくれるか?」


 天水は何を今さら、という感じで溜息をついた。柊の方では自分たちが天水を守るつもりなのだろうが、もしも何かあれば天水の方が柊たちを守るつもりだった。まともな人間相手ならば柊たちでどうにかできようが、妖怪相手ならば天水の力が必要になる。最初から天水は柊たちを銅垣武智なる人物に化けた妖怪の手から守るつもりでいたのだ。それは天水が、かつてある人物と交わした約束でもあった。


 「どちらにせよ今は退路も塞がれた状態なのだがな。いいだろう。いい加減、俺も覚悟を決めた。旧参拝道まで移動しよう」


 こうして、柊たちと天水ら七人は獣道から旧参拝道に歩いて行った。


 周囲が木ばかりの獣道とは違って旧参拝道の方はいくつかの人工物を確認することが出来た。そこには鹿、猪、虎の姿をした石像が不規則に並べられていた。彼らが使用している道同様に石像もかなり昔に作られたものが多く、中には半壊した石像も多数存在した。道の周囲に敷かれた砂利は雨に打たれ、風に吹き飛ばされて数も少なくまばらになっていた。


 こうまでに荒れ果ててしまったのは、やはり白い虎のせいなのか。柊は天水にこの辺りの事情について何か知っているのではないかと思ったので聞いてみる事にした。


 「天水。この荒れ果てようは、やはり例の白い虎が絡んでいるからなのか?」


 天水は地面に転がっている砂利を見ながら答えた。もしかすると彼なりに、この荒れ果てた道で何かの発見をしたのかもしれない。


 「それは絶対にない。何しろあれは見えないものには見えないからな。かつてここを出入りしていた参拝客や神職の人間にはなるべく干渉していなかったはずだ。こうなってしまったのはおそらく銅垣某とやらが人払いをした為だろう」


 これらの痕跡を辿れば、おそらくはそれほどの時間は経過していないはずだった。だが、相手が人間ではないことだけははっきりしているので前後の時間関係についてはまだ何かあるのかもしれない。やがて七人が道を進んでいると、天水と柊の近くにいた佐久間が声をあげた。


 「霧だ。隊長、天水さん、先輩方。霧が出来きました。みなさん、大丈夫ですか」


 そんなはずはない。今で霧など全く出ていなかった。佐久間の声を聞いて、柊は周囲を見渡した。山の外では絶対に見ることができないような白い霧がいつの間にか周囲に立ち込めている。


 柊はいつもの癖で地面を踏みしめて、状況確認をする。果たして、今の自分たちは同じ場所でにいるのか、自分の体調に何らかの変化はないか、といった風に。そして柊は靴の下にある土の感触から、先程と同じ場所にいることを確認した。次に柊は先頭を歩いているはずの窪田と志賀に状況を報告させる。


 「志賀、一度止まれ。そちらの状況はどうだ?窪田は健在か」


 今の柊からは濃い霧のせいで志賀たちの姿が全く見えなくなっていた。否。それどころではない。すぐ近くを歩いていたはずの安田や稲葉の姿も見えなくなっている。柊は、志賀たちの状況を確認した後に今度は安田たちにも声をかけるつもりだった。柊の声を聞いた志賀はすぐに答える。


 「了解。一時停止します。こちらは窪田に、ああ、今しがた安田と稲葉が合流しました。多分、下を見れば隊長に合流出来ると思うのですが」


 志賀の言葉を聞いてから、柊も地面を見た。山道の盛り土の上に登山ブーツの後が出来ている。たしかにこれを参考にすれば、容易く合流することが出来るかもしれない。しかし、万が一ということもある。柊は志賀たちに確認を取る前に、天水の話を聞く事にした。


 「天水。この状況をどうしたらいいと思う。私としては一度、前列の隊員たちと合流したところなのだが」


 「まずいな。もう、か」


 その時、天水は別のことを考えていた。突然、沸いて出てきた白い霧についてである。霧の存在は、あれがこちらの存在を気にかけている証拠でもあるのだ。柊たちを混乱せない為にも、常にあれの存在をぼやかしてきたのだがそれも限界なのかもしない。


 柊と佐久間は考え込んで何も言わなくなってしまった天水にどう声をかけたものか、と迷っていた。


 ぐるるる。


 それは地面の奥底から響く、大地を揺るがすような獣の声だった。おそらくこの声の主は山の上にいる。先行していた隊員たちは、白い霧に包まれながらも何とか山頂の方を見ようとする。しかし、声の主を暴こうとした者たちは皆その場で立ちすくんでしまう。彼らは山の上から何か強大な者に見られてしまったのだ。


 その場にいた者たちは全て心臓を何かに鷲掴みされたような心境だった。あのような巨大な生物がこの世に存在するはずがない。いていいはずがないのだ。


 頭上には青い月が姿を現していた。中心の黒目を動かし、何かを探っている様子である。


 だがそれは巨大な生物の目だった。もしかするとそれの大きさは山よりも大きなものかもしれない。彼の正体を知る天水以外は皆、絶望した。


 今、柊たちを天から見定める者がいる。いにしえより言い伝えられてきた神域の守護者は実在したのだ。

妖怪ウォッチ?勿論、大好きですよ!

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